My Biography
- My Biography(50)_B級ライセンスのコーチングスクール(その3)・・(USA発)・・(2015年6月1日、月曜日)
- ■パーソナリティーがぶつかり合う・・
実技トレーニングでの紅白マッチ。
「なんで、もっとシンプルにパスを出さないんだ!!」
「パスを出した後に止まっていたらダメだろ!・・すぐに次のスペースへ動くんだ!!」
クラウス・ロルゲン先生の大声が響きわたる。
相手は、私じゃなく、コーチングスクールに参加している、ある「元」有名選手。
彼は、とてもプライドが高い。そりゃそうだ。ドイツ代表にも名を連ねたことがあるし、自分のクラブじゃ、まさに王様だったのだから。
要は、守備への貢献は程ほどに、味方がボールを奪い返したら、それを要求し、自分が中心になって攻撃を組み立てるだけじゃなく、決定的な仕事までやろうとする。
それは、まさにネガティブな「エゴプレー」の典型例だった。
にもかかわらず、他のコーチングスクール参加者たちは、彼を「立てよう」とする。
プロサッカー界でとても有名な選手だったから、彼のご機嫌を取ることでコネクションを作ろうとする参加者も多かったということだ。
もちろん、そんなプレー態度を、ロルゲン先生が見過ごすはずがない。
それはそうだ。「見て見ぬふり」をしたら、彼の、コーチングスクールでのインストラクターとしての権威が地に落ちてしまうのだから。
■ところで、プロサッカー界と「つながる」ためのコネクション・・
ハナシは、チト脇道に逸れるけれど・・。
そう、プロサッカーの世界でも、やはり「コネ」が、とても重要になってくるというハナシ。
・・オレは、アイツを知っている・・私は、彼らと個人的な関係を築いている・・
・・それである。
まあ、そのことは、どの世界でも同じだろうけれど、実力が伯仲するプロサッカーの世界じゃ、コネの有無が、「コト」を始められるかどうかの基準になるのだ。
もちろん大前提は、その選手やプロコーチの能力ではある。
とはいっても、チカラが突出しているプレイヤーやプロコーチは別にして、「その他大勢」にとっては、プロの世界に入り込める(残れる)かどうかが「コネ」にかかっているという側面も否めないのである。
「そうなんだよ・・オレが知っている学生も、クラブとのコネクションを駆使して、ロートヴァイス・エッセン(当時はプロ2部リーグ)とプロ契約を結んだんだ・・もちろん大学は、一時休学さ・・」
前回コラムに登場した、コーチングスクールの理解を助けてくれていたユルゲンが、そんなハナシをはじめた。
「プロの世界じゃ、とにかくコネがとても大事なんだよ・・そりゃ、そうだ・・実力が同じ程度だったら、辞めさせるにしても、より条件の良い契約へ移行するにしても、何らかの関係がある選手を取る方がスムーズだし、安心だからな・・」
かく言う私も、ドイツで「培った」サッカーコネクションに大いに助けられた。プロの世界でも、ドイツ協会やFIFA(UEFA)に対しても、はたまた国際的な友人関係でも。
まあ、40年近く前のハナシだから、そのコネも既にほとんどが潰(つい)えてしまったけれど、当時は、私のマーケティングビジネスでも上手く活かせるほどの抜群の効用があった。
あっと・・。クラウス・ロルゲン先生のハナシだった。
■パーソナリティーがぶつかり合う・・つづき・・
元スター選手。
彼は最初、ロルゲン先生の注意を、無視していた。そう、聞こえないふり。
ゲームのなかでロルゲン先生の大声が響く。でも彼は知らんぷりというわけだ。
もちろん周りのコーチングスクール参加者が、そんな雰囲気のなかで緊張を強いられるのも道理。だから、ミスも起きる。
でも、その元スターは、そんな仲間のミスを詰(なじ)るんだよ。
「どうして、そんなところでミスするんだよ・・上手いコトなんてやろうとせずに、オレにパスを回していればいいんだよ・・」
そのとき、ロルゲン先生が「爆発」した。
スト〜〜ップ!!!!
その瞬間、グラウンド上が凍りついた。誰も、動こうとしない。その元スターを除いて。
ボールをもった彼は、あろうことか、近くの味方へパスを回したのだ。もちろん、パスを受けたヤツは、ボールを止めたままフリーズしている。
でも、その元スターは、その選手に対しても、「どうしてパスを戻さないんだよ!」と文句を言うのである。
そのタイミングで、ロルゲン先生が、その元スターへ近づいていった。
ゆっくりとした足取り。そして冷静な表情。でも誰もが、彼が放散する強烈なスピリチュアル・エネルギーを感じていた。
そのとき元スターは、やっと黙り込み、その場に立ち尽くしていた。もちろん、落ち着かない視線は、まったく定まらない。
ロルゲン先生は、落ち着いた声で元スターの名前を呼び、グラウンドの隅へ連れていった。二人だけの話し合いが始まる。グラウンド上では、誰も動かない。誰も、一言も発しない。
その緊張感は、まさに限界点を突き破っていた。
そして、数分が経ち、みんなの元へ戻ってきたロルゲン先生の号令で、何事もなかったかのように紅白マッチがつづくのである。
そのなかで、誰もが違和感をもっていた。
ゲームの流れは変わらない。ただ一人だけ。そう、その元スター選手だけは、それまでとはまったく違うプレーをし始めたのだ。
しっかりとディフェンスにも戻る。もちろんアリバイ守備などではなく、やる気が目に見える程のハードワークだ。また攻撃でも、ボールがないところでの動きの量と質が、大きくアップしただけではなく、プレー内容も、シンプルな組織アクションに徹するようになっていたのだ。
イレギュラーするボールを足で扱うサッカーは、とても不確実なボールゲームだ。次の瞬間に、何が起きるか分からない。だから私は、サッカーのことを、本物の「意志のスポーツ」と呼ぶ。
そう、その元スターは、攻守のハードワークに対して、格段にレベルアップした「意志」を魅せるようになったのだ。
その変貌ぶりに、周りも呼応し、ゲームの質が何倍にもアップしたと感じられた。そう、組織プレーのなかに効果的に個人勝負プレーが「組み込まれる」ハイレベルなサッカー。
そして全員が、サッカーをより深く「楽しめる」ようになり、掛け声も、より頻繁に、そしてクリエイティブなモノへと高度化していった。要は、一人ひとりが、より積極的にプレーしはじめたということだ。
■いったい何があったのか・・
ユルゲンが、他の(ロルゲン先生にとても近い!?)参加者から聞いたハナシとして、こんな説明をしてくれた。
・・ロルゲンさんは、その選手に対して、こんなふうにアプローチしたらしいんだよ・・
・・もちろんロルゲンさんは、その選手が、ロルゲンさんも含めた周りに自分の価値を認めさせることで御山の大将になろうとしていたことは先刻お見通しさ・・でも、そんな態度は、チームにとっては百害あって一利なしだろ・・
・・でもロルゲンさんは、グラウンドの隅で話しはじめたとき、まず彼に、コーチングスクールでの効果的な機会を与えてもらったって感謝したらしいんだよ・・興味深いよな・・
・・そこでの対話は、こんな風だったらしい・・
・・この実技セミナーでは、キミのような才能ある選手のエゴイスティックなプレー姿勢を、いかに、正しい方向へ導いていくのかというテーマも含まれているんだよ・・
・・キミは、いまの自分の態度が正しくないって、もちろん分かっているはずだ・・でも、どうしても自分の欲望に逆らえない・・
・・そのコトは、本当によく分かる・・実はオレも、若い頃チームのスターだったんだ・・そのことで、自分勝手なプレーに奔ったことがあるんだよ・・でもそれじゃ、結局は、チームのなかで孤立してしまうということに気付いたんだ・・
・・そう、いくら優れた才能に恵まれているとはいっても、誰も、そんな自分勝手なプレーに対して心からの敬意なんて払わない・・もちろんゲームのなかでは持ち上げるけれど、本音のところじゃ、嫌われていたんだよ・・
・・そんな経験があるからこそ、キミに相談したいんだ・・
・・この話し合いが終わってゲームに戻ったとき、もしキミのプレー内容が変わっていれば、オレの、コーチングスクール責任者としての面目が立つし、権威だってアップするだろ・・
・・またキミにとっても、そのことの意味は大きいと思うんだよ・・
・・何せ、こんな短い話し合いでプレー内容が大きく改善したわけだからな・・周りの参加者の、キミに対する感情は一変するだろうし、キミの大人の態度に対して敬意をいだくようにもなると思うんだ・・
・・いま、向こうでオレ達のことを待っている仲間の顔を見て見ろよ・・彼らは、ものすごく緊張しているだろ・・オレ達の話し合いがどうなるのかってね・・
・・もしかしたら彼らは、オレ達の話し合いが決裂し、キミが追い出されたり、何かしら、もっと悪い状況に陥るかもしれないって心配しているかもしれない・・だからサ・・
・・だから、驚かしてやろうじゃないか・・
・・キミは有名だし、その名前だけでも、彼らの驚きを、何倍にも増幅させられるはずだよ・・
・・誰もが、予想していなかったことが起きる・・それがサッカーだし、そんな驚きこそが、優れたチームマネージメントの隠された「コツ」でもなんだよ・・あっと、このことについちゃ、キミも、よく分かっているよね・・
- ・・ロルゲンさんは、そう言って、彼としっかりと握手をしたんだよ・・そのシーンは、オレたちも確認したよな・・
ユルゲンは、彼らに「なり切って」、そのグラウンド隅での2人の話し合いを再現してくれた。面白かった。
・・ということは、ロルゲン先生は、コーチングの何たるかを、その元選手のネガティブな態度をうまく利用して、オレたちに伝えようとしたっちゅうことだな・・
・・その元スターは、引退間近といことでクラブでの立場が弱くなっているだろうから、コーチングスクールでは、以前の気持ちよい環境を再現しようとしたんだろうね・・
そんな私の問いかけに、心理学を学ぶユルゲンが、ハナシをうまくまとめてくれる。
・・そうそう・・サッカークラブでのヒエラルキー(階層構造)の基本は、なんといってもプレーの質(能力)だよな・・でも・・
・・そう、実際には、人間的な相互信頼というか、互いに敬意をいだけるコトこそが、チーム全体の機能性をアップさせるために、もっとも重要なファクターだっていうことさ・・
・・もちろんコーチにしたって、人間的に信頼されなければ、良い仕事など出来るはずがない・・
・・ロルゲンさんは、そのコトについても、彼に、しっかりと理解させたと思うよ・・彼だって、これからコーチを目指すわけだからさ・・
そのB級コーチングスクールでは、ユルゲンに、本当に多くのシーンで助けられた。いま彼は、どこで、何をやっているんだろうか・・。
■素晴らしい学習機会だった・・
当時のB級コーチングスクールは、泊まり込みの2週間スケジュールだったと思う(もちろん週末は帰宅する)。
そして、コーチングスクールの最後二日間に組み込まれているテストにも無事合格し(ロルゲン先生は、私のドイツ語について、本当に気を遣ってくれた!)、晴れて「B級サッカーコーチ」という看板を背負えることになったというわけだ。
このコーチングスクールでは、何といっても、クラウス・ロルゲンという「ストロングハンド」と深く知り合えたことが、何事にも代えがたい成果だった。
私は、その後も、事あるごとに、ロルゲン先生に教えを請うた。
ここで改めて、敬愛を込め、2010年に他界されたロルゲン先生のご冥福をお祈りする。
- (私は、明日の月曜日に帰国の途につく・・ということで水曜日のレイソル対レッズ戦から復帰しま〜す)
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これまでの「My Biography」については、「こちら」を見てください。
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重ねて、東北地方太平洋沖地震によって亡くなられた方々のご冥福を祈ると同時に、被災された方々に、心からのお見舞いを申し上げます。 この件については「このコラム」も参照して下さい。
追伸:わたしは”Football saves Japan”の宣言に賛同します(写真は、宇都宮徹壱さんの作品です)。
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ところで、湯浅健二の新刊。三年ぶりに上梓した自信作です。いままで書いた戦術本の集大成ってな位置づけですかね。
タイトルは『サッ カー戦術の仕組み』。出版は池田書店。この新刊については「こちら」をご参照ください。また、スポーツジャーナリストの二宮清純さんが、2010年5月26日付け日経新聞の夕刊 で、とても素敵な書評を載せてくれました。それは「こちら」です。また、日経の「五月の書評ランキング」でも第二位にランクされました。
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