The Core Column


The Core Column(39)_変化しつづける(連動)プレッシング守備・・アトレティコ・マドリーの場合・・(2014年5月27日、火曜日)

■連動プレスの原型は、オレンジ軍団・・

「そりゃ、無理だろ・・あんなハイプレスを90分間つづけるなんて危険すぎるよ・・」

そのとき、そんな本音の意見が口をついた。

もう、かなり昔のことになるけれど、友人のドイツ人コーチと国際会議で再会したとき、プレッシング守備について、活発なディスカッションを繰り広げたことがあった。

その友人が言う。

「オレのチームじゃ、90分間を通してフォアチェックをつづけることが、いまの成績のベースにあるんだよ・・」

その頃のドイツでは、(連動)プレッシング守備のことを、フォアチェックと呼んでいた。

蛇足だけれど・・

守備の目的は、もちろんボールを奪い返すこと。ゴールを守るというのは単なる結果にしか過ぎない。

そして、もう一つ。攻守が連続的に入れ替わるサッカーでは、守備は、次の攻撃のスタートライン(守備も攻撃の構成ファクター!)でもある。

ところで、そのドイツ人コーチ。彼は、当時、3部(セミプロ)チームの監督をしていたのだけれど、その年は、昇格まであと少しという上位の成績でシーズンを終えていた。

その彼が標榜していたのが、1974年ドイツW杯の決勝まで進出し、オレンジ軍団と呼ばれて恐れられた、オランダ代表のサッカーだった。

ヨハン・クライフを中心に、まさに「奇跡のエポックメイキング」を成し遂げたスーパー組織サッカー。

彼らは、前線からのプレッシング守備(連動プレス)を絶対的ベースに、全員攻撃、全員守備というトータルフットボールの原型を作りあげたのだ。

そのとき以来、1974年ドイツW杯のオレンジ軍団は、世界中のコーチの目標になった。

でも、私の友人の場合・・

たしかに目標は高ければ高いほどいい。でもそこには、現実を直視したリアリズムもあるんだ。

全員のイメージが高質にシンクロしなければ機能しない「連動プレス」。彼らは、常に「前から」、強烈なボール奪取勝負を仕掛けていったのだ。

でも、そんな攻撃的サッカーには、大きなリスクも同居していた。一度、そのプレッシングの環を「外され」たら、何人もの選手が置き去りにされてしまうというリスク。

だからこそ、冒頭のような(リアリズムを意識した!?)意見が口をついたというわけだ。

実際、その当時の彼のチームは、連動プレスを外されたことで、ウラに空いてしまったスペースを攻略されて失点するケースも多かったのだ。

それでも彼は、チャレンジャブルな「連動プレスサッカー」を追求しつづけた。

■その彼と久しぶりに再会し、「柔軟な連動プレス」について語りあった・・

「どうだい、チームの調子は?」

そのとき彼は、相変わらず3部リーグのチームを率いていた。

ちょっと脱線だけれど・・。

彼は、3部リーグのプロ監督だったけれど、しっかりと生計を成り立たせていた。そんなコトもまた、ドイツが確固たるフットボールネーションであることの証左というわけだ。

「うん・・徐々によくなっているよ・・ただ、目指すサッカーのイメージは、以前とは変わってきているけれどネ・・昔オマエと議論したことを覚えているけれど、そのときオレが主張したサッカーからすれば、目標イメージがかなり変わってきているということだな・・」

「そりゃ、そうだろうな〜・・」と、私。

「そうなんだよ・・オマエも分かっている通り、オフサイドルールが変更になったことで、以前のように、フィールドを極端にコンパクトにするようなプレッシング(守備)サッカーが、とても難しくなったからな・・」

そうなのだ。

2005年のルール改正で、(簡単に言ったら)プレーに関与しなければ、単にオフサイドの位置にいるというだけじゃファール(オフサイド)にならなくなったんだ。

だから、相手ボールホルダーの状況(しっかりマークされているか否か)によって、最終ラインを大きく上下にコントロールしなければならなくなった。要は、最終ラインを「常に」高くキープすることが難しくなったということだ。

そしてそのことで、全体がタテ方向に「伸び」、中盤スペースが広がった。

何せ、相手トップ選手を、最終ラインを上げてオフサイドの位置に「置き去り」することが難しくなったのだから。

「うん・・だから、フォアチェック(連動プレス)のやり方も、様々な状況の変化に、柔軟に対応していかざるを得なくなったっちゅうわけだ・・」と、彼。

いまでは、ゴールキックなどのリスタートは除き、以前のプレッシングサッカーのように、両チームの選手が「半径20〜30メートルのゾーンに入ってしまう・・」といった状況は、現れにくくなっているのだ。

そしてそのことで、私の友人が「柔軟な対応が必要・・」と表現したように、全体的に「下がり気味」になる守備ブロックの「ポジショニングバランス」をうまく調整しながら、いかに効果的な連動プレスを仕掛けていくのかが主要テーマになった。

ところで、ポジショニング・バランス。

それは、前後左右のポジショニングを(距離感を!?)柔軟に調整するということだ。まあ、現象的には、ゾーンディフェンスの発想。

そして勝負の瞬間。

相手ボールホルダー(次のパスレシーバー)へのチェイス&チェックを「スタートサイン」に、ポジショニングバランスを「ブレイク」して連動プレスをブチかましていくのである。

この「ブレイク」というテーマについては、守備のエッセンスについて書いた「以前のコラム」も参照していただきたい。

あっと・・。ここで、確認しておかなければならない「定義」があった。

それは、ここで言う「連動プレス」には、ボールホルダーを取り囲んでボールを奪い返してしまう集中プレスだけじゃなく、もちろん、インターセプトや、次のパスレシーバーがトラップする瞬間にブチかますボール奪取アタックも含まれているということだ。

それは、「プレスの環」をスマートに狭められたからこその「美しいボール奪取勝負」なのである。

■そして唐突に、アトレティコ・マドリーにご登場ねがうわけだ・・

2013-2014年シーズンのリーガエスパニョーラ最終節。

アルゼンチンの「レジェンド・ファイター」、ディエゴ・シメオネに率いられたアトレティコ・マドリーが、バルセロナのホームに乗り込んだ。

そして、バルセロナが勝てば、大逆転でリーグ優勝を決められるという、世界中が注目する「エキサイティングストーリー」がはじまった。

そこでは、誰もが、ホームのバルセロナが有利だろうと予想していた。そして、まさに、そのストーリーをなぞるかのように、バルサが先制ゴールをブチ込むのだ。

前半33分。アレクシス・サンチェスの右足一閃。

ただアトレティコ・マドリーが展開する「意志のサッカー」は、まったく勢いを失わない。そして後半開始早々の4分には、コーナーキックから、ディエゴ・ゴディンの強烈なヘディングで同点に追いつくのだ。

この同点ゴールで、ゲーム展開の「意味合い」が、逆転する。

まさに、めくるめく歓喜と、奈落の失望が交錯するサッカーの面目躍如。

そのまま同点でゲームを終わらせれば、今度は、アトレティコ・マドリーが、18年ぶり10度目のリーガ優勝を果たすことになるのだ。

もちろんバルサは、必死に押し上げていく。でも・・

そう、全盛期の「動きのリズム」が色褪(いろあ)せはじめた今のバルサには、アトレティコ・マドリーが仕掛けつづける「連動プレスの環」を打ち破っていくだけのチカラは残されていなかったのだ。

それにしても、バルサの「動きのリズム」。どうして、ここまで錆びついてしまったのだろう。

まあ、それについては、また別のコラムで取り上げるけれど、ここでは、人とボールの「動きのリズム」というテーマで書いた「以前のコラム」を、ご参照いただきたい。

■アトレティコが魅せつづけた、柔軟な(2種類の!)連動プレス・・

このリーガ最終戦でアトレティコが魅せつづけた、とてもクールで創造的、忠実でダイナミック、そして「柔軟な」連動プレスが、このコラムの主題だ。

彼らの「連動プレス」は、二つに分類される。

一つは、攻撃ゾーンでボールを失った瞬間からブチかましていくフルパワーの連動プレス。

そしてもう一つが、前線での「連動プレス」が外されてからの、(前述した)ポジショニングバランスを基盤にした、クールで柔軟な連動プレス。

■ショートカウンターをイメージして・・

アトレティコの「連動プレス」だけれど、その真骨頂は、何といっても、相手ゴール前ゾーンでボールを失ったときにこそ発揮される。

それがどんな状況であったとしても、間髪入れずに爆発的な「フルパワー連動プレス」をブチかましていくんだ。まさに、例外なく。

そのときの勢いは尋常じゃない。

ヤツらは、ボールを失ったとき・・、いや、ボールを失いそうになったときには既に、相手ボールホルダー(次のパスレシーバー)へ全力で詰めていくんだよ。

それは、相手が攻めに入り、前へ重心を移そうとしているときに、再びボールを奪い返すことほど「効果的なチャンスはない・・」ということを肝に銘じているからに他ならない。

そう、ショートカウンター。

またそこには、アトレティコが、いつも「ある程度」の人数で、連動プレスを仕掛けられているというポイントもある。

複数のプレイヤーが、同時に、相手ボールホルダー(次のパスレシーバー)へ爆発的な勢いで寄せていくんだよ。

■最前線での連動プレスに「人数を掛けられる」ことの秘密・・

アトレティコは、基本的に、素早く、直線的に(最短距離で!?)相手ゴールへ迫っていこうとする。

それは、カウンター場面でも、相手守備が整った状況でも、大きくは変わらない。

彼らの攻めは、ボールを奪い返した地点から、なるべく「寄り道せず」に相手ゴールへ迫るというイメージで完璧に統一されているのである。

そのこともあって、(組織的なポゼッションもイメージして!!)人数をかけて仕掛けていく というシーンは多くない。

にもかかわらず、ボールを失った直後からの爆発的な連動プレスでは、常に、ある程度の「人数」を掛けられているんだ。

データとして、アトレティコ・マドリーは、攻撃エリアでボールを(再び!)奪い返してしまうシーンが、とても多いのだそうだ。

そして必殺のショートカウンターを見舞う。そりゃ、相手にとっちゃ恐怖の瞬間だろう。

そのこともあって、何度も、彼らが前線でボールを失った状況を観察した。そして、思った。

・・アトレティコが攻め上がっていくとき、後方からも、常に十分なサポートが押し上げている・・また、逆サイドなど、仕掛けているゾーンから遠くにいる味 方も、ボールゾーンへ寄せてくる・・そして、(前線で)ボールを失った瞬間をイメージし、次の「連動プレス」に備えるんだ・・

・・もちろん彼らは、前線での「連動プレス」を外されたときのコト「も」イメージしながら押し上げていく・・まさに、リスクを恐れない、それでいてクールで創造的な「積極的バランシング」じゃないか・・

まさに、「意志のサッカー」を象徴するグラウンド上の現象。監督、ディエゴ・シメオネの、心理マネージメント「クオリティー」を感じるじゃないか。

■また、前線での「連動プレス」を外されても・・

リーガエスパニョーラ最終節、バルセロナ対アトレティコ・マドリー。

アトレティコがブチかましつづける、誰をも黙らせてしまうエネルギーに溢(あふ)れた最前線からの連動プレス。それは、豊富な運動量をバックボーンに、とても力強く、そしてスマートに機能しつづけていた。

でも相手は、少し錆びつき気味ではあったにしても、「あの」バルセロナなのだ。そう簡単に、最前線での連動プレスを決められる(高い位置でボールを奪い返せる)はずがない。

そして実際にバルサは、何度もアトレティコの「連動プレス」を外し、逆サイドやタテのスペースへボールを展開してしまうのだ。

でもそこから、アトレティコの「二つ目の真骨頂」が光り輝くんだよ。

彼らは、前線がボールを追い掛けるような「無理」はせず、とにかくまず組織的なポジショニングバランスを再構築し、そこから、冷静に、連動プレスの「環」を狭めていくのである。

そこで展開された、相手ボールの動きを効果的に「抑制」してしまうクレバーなポジショニングバランス。また、次の連動プレスを引き出す、相手ボールホルダーや次のパスレシーバーへの爆発的なチェイス&チェック(寄せ)。

それらの守備アクションが、有機的に連鎖しつづける。

またそこでは、前線プレイヤーたちが、バルサのボールホルダーの「背後」から回り込むように、ボールを「かすめ取って」しまうクレバーなボール奪取アクションも目に付いたっけ。

最前線でブチかます、爆発的なチェイス&チェック&連動プレスと、待ち(組織的なポジションバランス再構築)のプレー姿勢が、冷静なハーモニーを奏でるアトレティコの守備。

秀逸だった。

そこで表現されつづけた、状況に応じて効率的にエネルギー(労力)を分配させる「メリハリ」にこそ、彼らの、「忠実な創造性」が美しく表現されていた。

アルゼンチンの「レジェンド・ファイター」に対する敬意が増幅していくじゃないか。

■2013-2014年シーズンのチャンピオンズリーグ決勝・・

その、バルセロナとアトレティコ・マドリーによるリーガ最終節の一週間後。

アトレティコは、ポルトガル・リスボンのエスタディオ・ラ・ルスにおいて、同じマドリッドのライバル、レアル・マドリーと対峙した。

そしてそこでも、アトレティコ・マドリーが展開する「究極の勝負優先サッカー」が、世界サッカーの歴史に深く刻み込まれようとしていた。あと、残り、数10秒・・。

私は、そこまでアトレティコが魅せつづけた、究極の「意志のサッカー」に心を奪われ、感動していた。でも・・

ゲームの残り数10秒というところから繰り広げられたのは、まさに、神様のイタズラによる大逆転ドラマとしか表現しようのないモノだった。

最後は「息切れ」してしまった。でも私は、アトレティコが展開した、粘りの勝負サッカーに舌鼓を打っていた。

たしかに、サッカーにおける究極の目標は、「美しく勝つ」ことだろう。もちろん、「美しさ」のコノテーション(言外に含蓄される意味)については、無限の定義があるのだろうけれど・・。

でも逆に、「美しく勝つ」ことを標榜するサッカーばかりになってしまっても、面白くない。

そこに、アトレティコ・マドリー(=ディエゴ・シメオネ)のような、(アンチテーゼとしての!?)究極の勝負至上サッカー「も」なければ、様々なタイプのサッカーが激突する「ストーリー」に舌鼓を打つことが出来なくなってしまうじゃないか。

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「The Core Column」の全リストは、「こちら」です。

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 重ねて、東北地方太平洋沖地震によって亡くなられた方々のご冥福を祈ると同時に、被災された方々に、心からのお見舞いを申し上げます。 この件については「このコラム」も参照して下さい。

 追伸:わたしは”Football saves Japan”の宣言に賛同します(写真は、宇都宮徹壱さんの作品です)。

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 ところで、湯浅健二の新刊。三年ぶりに上梓した自信作です。いままで書いた戦術本の集大成ってな位置づけですかね。

 タイトルは『サッ カー戦術の仕組み』。出版は池田書店。この新刊については「こちら」をご参照ください。また、スポーツジャーナリストの二宮清純さんが、2010年5月26日付け日経新聞の夕刊 で、とても素敵な書評を載せてくれました。それは「こちら」です。また、日経の「五月の書評ランキング」でも第二位にランクされました。

 





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