湯浅健二の「J」ワンポイント
- 2007年Jリーグの各ラウンドレビュー
- 第28節(2007年10月7日、日曜日)
- 素晴らしいサッカーを展開したトリニータと、勝負強さが発展しつづけるレッズ・・(レッズ対トリニータ、2-1)
- レビュー
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- 「良いゲームは出来たと思うし、我々にとって大きな自信になった・・」
トリニータ、シャムスカ監督のコメントです。確かにトリニータは、ハイレベルなサッカーを魅せてくれた。ということで質問をぶつけてみることにしました。「たしかにトリニータは、前節のガンバ戦も含め、素晴らしい内容のあるサッカーを展開している・・内容からすれば、現在の順位はまったく似つかわしくない・・とはいっても、内容に見合った結果を勝ち取れていないことも確かな事実・・それについて監督は、正確なパスなど、ペナルティーエリア内での最終勝負の内容に課題があると言った・・それ以外に、うまく勝ち切れない理由を探すとしたら、どんなモノがあるだろうか・・心理的な部分も含めて教えていただけないか・・」
「アナタが最後に言ったメンタル面についてだが、我々は、誰が相手でも、ホームでもアウェーでも、安定して(自信をもって)良いサッカーを展開できるようになっている・・全員でディフェンスし、ボールを奪い返してからはアグレッシブな攻撃を仕掛けていく・・いまのチームには、そんなサッカーのイメージがしっかりと浸透していると思う・・そのバックボーンであるメンタル面も充実してきているし・・」
「とはいっても、良いゲームをしただけでは勝てない・・(先ほど言ったパスも含め)小さなところで負けてしまう・・その小さなところを向上させていかなければ、安定して結果を残せない・・ただ全体的的なチーム力は着実に向上している・・とはいっても、ガンバ戦では、しっかりと守備ができた反面、攻撃に課題が残った・・ただし今日のレッズ戦では、キッチリとした守備をベースに、より良い攻撃を仕掛けられたと思う・・選手に対しては、このメンタル(プレーイメージ)でゲームに臨んでいけば、必ず結果がついてくると言いつづけている・・」
フムフム、まさに、そういうことです。ところでシャムスカ監督が用いたキーワード。小さなところ・・。
このテーマについては、これまでも繰り返しディスカッションしてきました。フィジカル、テクニカル、タクティカル(戦術面)、メンタル、そして「ツキ」。そんなサッカーの大枠のファクター(要素)では、日本サッカーは着実に実力をアップさせている。ただ、最終的な勝負シーンでの決定的ファクターとなるとハナシは別。シャムスカ監督は、(攻撃について)そのことを言っていた。シュートを打てるシーンでの落ち着きとか、ボールがないところでのアクションの量と質とか(これは湯浅のフレーズ)、冷静なパスを繰り出せたり、冷静にパスを受けられる能力とか・・。
また守備では、例えばこんなシーン。何分だったか・・メモするのを忘れていたけれど、レッズが先制ゴールを奪った10分後くらいのタイミングだったと思う。右サイドを攻め上がったトリニータが、そこから、センターの高松へ横パスを出したシーン。高松は、ほぼフリーでダイレクトシュートを打った。
決して打たせてはいけないシーンだったにもかかわらず、高松をマークしていた阿部勇樹が一瞬マークを外されてしまったのです。高松は、一瞬の(阿部へ向けて)寄る動きから、反転してスッと離れてシュートを打った。そのとき阿部は、2メートルも「置き去り」にされてしまった。
最終勝負シーンで相手にピッタリと密着マークする(自由にプレーさせない)ために、どのようなことをやらなければならないのかというテーマは、正確な読み・・身体を駆使した物理的なマーキング・・などなど人によって「工夫」のコンテンツは違うだろうけれど、とにかく誰でも、「目的」を効果的に達成するために、自分の得意なプロセスを発見しなければならないのですよ。とにかく阿部勇樹は、そのピンチを体感したことで、効果的な学習機会に恵まれた。優れたインテリジェンスと学習能力を持つ彼だからこそ、脅威と機会は表裏一体というわけです(彼だったら、常に脅威を機会へ転換できる!)。
ところで、日本代表。そこでもイビツァ・オシム監督は、トレーニングで、そんな「小さなこと」を、繰り返し、そしてしつこく指摘し、改善しています。難しい局面を打開していける可能性の示唆と、それによるプレーイメージの広がり・・。そんなベース(選択肢)が広がれば、主体的な判断と実行の可能性が大きく展開するということです。ちょっと難しい表現になってしまって、ご容赦。
とにかく、小さなコトを、一つひとつ丹念にクリアしていくこと(そのプロセス)は、ものすごく大事なことです。そう、世界との「最後の僅差」を効果的に縮めていくために・・。シャムスカ監督も、しっかりと、深〜く、広〜いコノテーション(言外に含蓄される意味)が散りばめられた「小さなコト」を明確に意識させるようなコーチングをしているに違いありません。インテリジェンスと学習能力も含め、素晴らしいプロコーチだと思いますよ。
さてレッズ。アリアリと疲れていることを感じました。そのこともあって、またトリニータが素晴らしいサッカーを展開してきたこともあって、かなり押し込まれる時間帯がつづいた。それでも最後はしっかりと勝ち切ってしまうのだから、まさに、勝負強いレッズとしか言いようがない。
ここでは、彼らの勝負強さのバックボーンを探りましょう。
ACLグループリーグ、アウェーでのシドニー戦、決勝トーナメントに入ってからの韓国チームとの二つのアウェーゲーム。本当に素晴らしい勝負強さ(闘う意志の強さ)を発揮しました。相手に押し込まれていても、決して悪魔のサイクルに落ち込むことなく、力強く押し返していくレッズ。それは、まさしく選手個々の意志の強さがベース。意志さえあれば、おのずと道が見えてくる・・。彼らの主体的な闘いを観ながら、そんな素敵な言葉を思い出していました。
その勝負強さのバックボーンは、言わずと知れたクリエイティブな(要は主体的な)守備意識。互いに使い、使われるメカニズムに対する深い理解をベースにした優れた守備意識。決してそれは、絶対に入らなければならない場面で(仕方なく!?)ディフェンスに就くとか、気の向いたときにチェイス&チェックに参加するとか、そんないい加減なものじゃありません。
例えば、長谷部誠。一つの攻撃の流れに参加して上がっていくという場面をイメージしてください。そんなタイミングで、味方が気抜けのキックでミスパスをしてしまう。そんな状況での彼は、例外なく、脇目も振らずに全力でディフェンスに就くのです。それも、ボールがないところで走り上がる相手を全力で追い掛けるという、本当の意味での「汗かきディフェンス」。
鈴木啓太については、もう言うまでもありません。クリエイティブな守備の起点の演出家。そんな最高の賛辞が彼にふさわしい。またポンテも、前述した「強い意志が必要な」汗かきディフェンスにも精を出す。「我々は、最前線からディフェンスがはじまるというコンセプトを徹底しているし、そのイメージは、どんどんと発展をつづけている・・」と、ホルガー・オジェック監督は言う。その言葉には、明確な実態があると感じます。
また攻撃だけれど、そこでも広がりが出てきていると感じます。もちろんレッズは、走りの量と質の高さに支えられた、人とボールがよく動く組織プレーをベースにしています。とはいっても、常にそんなダイナミックな攻撃を繰り出せるわけじゃない。
この試合のように、相手に押し込まれる場面もあるわけです。もちろん守備は強烈に強いから失点するような雰囲気が出てくるまでディフェンスブロックが崩されることは希だけれど(まあ、この試合では、トリニータが良かったから、かなり限界まで押し込まれたけれどネ・・)、それでも、押し込まれ、前戦の三人が孤立してしまうようなシーンも多いわけです(このところの連戦による疲れもあるしね)。
それでもレッズは、(頻度は高くないけれど)カウンターからチャンスを作り出してしまうのですよ。そう、個のチカラ。それに、強烈に危険なセットプレーもある。
要は、組織的に「動き」のあるダイナミックな守備と攻撃が素晴らしく機能するような時間帯もある反面、受け身で消極的な時間帯もあるわけです。でもレッズは、そんなネガティブなサイクルにはまった時でも、それ相応の危険な仕掛けを魅せてくれる。そう、抜群の「個の勝負」。それに、危険なセットプレーもある。それらの総体が、いまのレッズの勝負強さを形作っていると思うわけです。ちょっと舌っ足らず。
それを象徴していたのが、この試合でワシントンが挙げた、二つの「異なるタイプ」のゴール。先制ゴールは、永井のスペースクロスに飛び込んで合わせた「組織ゴール」。素晴らしい「スペース感覚」でした。そして二つめは、ポンテからの曲芸クロスを、ピタリと胸でトラップし、マークする相手を完璧に抑えるなかで放った、個の勝負プレーが結晶化されたボレーシュート。組織と個のバランス・・。
どんどん進化しつづけるレッズの勝負強さ。チーム内での「ライバル環境」の進展も含め、心理マネージャーとしてのホルガー・オジェック監督のウデを感じます。本当にホルガーは良い仕事をしている。そんな頼もしいレッズが、「J」だけではなく、アジアチャンピオンズリーグにおいても、どこまで存在感を発揮できるのか。期待が高まりつづけるじゃありませんか。
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しつこくて申し訳ありませんが、拙著『日本人はなぜシュートを打たないのか?(アスキー新書)』の告知もつづけさせてください。
基本的には、サッカー経験のない(それでもちょっとは興味のある)ビジネスマンの方々をターゲットにした、本当に久しぶりの(ちょっと自信の)書き下ろし。わたしが開発したキーワードの「まとめ直し」というコンセプトですが、書き進めながら、やはりサッカーほど、実生活を投影しているスポーツは他にはないと再認識していた次第。サッカーは21世紀社会のイメージリーダー・・。
いま三刷り(2万部)ですが、この本については「こちら」を参照してください。
蛇足ですが、これまでに読売新聞や日本経済新聞の(また様々な雑誌の)書評で取り上げられました。またNHKラジオでも、「著者に聞く」という番組に出演させてもらいました。その番組は、インターネットでも聞けます。そのアドレスは「こちら」です。
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