湯浅健二の「J」ワンポイント


2011年Jリーグの各ラウンドレビュー


 

第33節(2011年11月26日、土曜日)

 

ギリギリの(心理)ドラマと「やり遂げた」充実感・・それは、プロ生活の大切な宝物・・(AVvsR, 1-2)

 

レビュー
 
 ゲーム開始3分。

 右サイドでボールをコントロールしたアビスパの成岡翔が、クロスを上げた。逆サイドのファーポストスペース。そこへ、まさにピタリのタイミングで走り込んでいた高橋泰が、そのままヘディングシュート!!

 このピンチシーン。入らない方がおかしいと思えるような、まさに数センチの誤差で命拾いしたレッズ・・ってな具合だった。とにかく、「これ」が入っていたら、本当に(レッズにとっては)大変なことになっていたに違いない。

 クロスを上げた成岡翔。そして逆サイドから走り込んでヘディングシュートをブチかました高橋泰。この二人ともフリーだった。それは、この一連の最終勝負が、ショートカウンターから繰り出されたからに他ならない。

 このショートカウンターのキッカケは、レッズ柏木陽介の(自陣内での)サイドチェンジ展開パスが、アビスパの田中祐昌にカットされたことだった。

 ショートカウンターのシチュエーションだからね、レッズ守備は、急激に「切り替えて」対処しなければならなくなったわけだよ。そんな、ボールを奪われたチームが、急激にアクション方向を切り替えて対処しなければならなくなってしまうことこそが、ショートカウンターの(攻撃側にとっての)機会であり、(守備側にとっての)危機なんだよね。

 柏木陽介のパスは、ほんのちょっと甘かった。また、アビスパ田中祐昌からのタテパスを受けた成岡翔へ寄せるレッズ永田充の(成岡が顔を上げて逆サイドに視線をはしらせ、クロスを上げるアクションに入った最後の瞬間での)対処も、ちょっと甘かった。

 そして、この「5秒間のドラマ」シーンでのもっとも重大なミスは、逆サイドで高橋泰をマークしなければならなかった平川忠亮が、一瞬(逆サイドの)ボールを見てしまったことで、自分の背後にいた高橋泰の全力スプリントスタートに付いていけなくなってしまったことでした。

 様々な、必然的&偶発的ファクターが重なり合って現出した決定的ピンチ(スミマセン・・アビスパにとっては決定的チャンス!!)。そこには、選手たちにとって、とても、とても深い「学習機会」が内包されていた・・と思うわけです。

 そしてこのピンチは、レッズにとって、とても重要な「覚醒の刺激」になったとも思う。誰もが、「タラレバ」であったとしても、そのピンチ現象にフリーズし、冷や汗をかいたわけだからね。

 そして、レッズのサッカーが、人とボールの「動き」の優れた量と質をベースに、高揚していく。

 相手のアビスパも、素晴らしく気合いの乗った闘う意志を魅せつづけている。そこでは、一人も「乗っていない」選手はいない。サスガに浅野哲也監督、前節の山形戦もそうだったけれど、意志の(究極の心理)スポーツであるサッカーの本質をしっかりと踏まえたチームマネージメントだ。

 そんなだから、両チームともに、一度ボールの動きが停滞したら、すぐに相手にボールを奪いかえされてしまうのも道理。もちろん、しっかりとしたボールの動きから、スペースで、ある程度フリーでパスを受けられたら、今度は、必殺のドリブル勝負を(勇気と責任感をもって)ブチかましていかなくてはならない。

 そんな、組織的な動きと、局面での、勇気と責任感にあふれたリスクチャレンジ(勝負ドリブル)のメリハリ(ハイレベルなバランス)という視点でも、レッズは、とても良いサッカーを展開したと思う。

 セルヒオにしても梅崎司にしても、はたまた原口元気にしても、守備でのチェイス&チェックや、攻撃でのボールがないところでの動き(汗かきのフリーランニング)など、まず自分たちが率先して組織サッカーの歯車になる(=ボールをシンプルに展開してスペースを突いていく!)という強い意識を前面に押し出している。

 だからこそ、スペースを攻略して個人勝負(勝負ドリブル)を繰り出していくチャンスとなったら、それまで溜めていた(我慢していた)闘う意志(欲望!?)を、存分に爆発させることができる。

 とにかくレッズは、開始3分の絶対的ピンチから、意志のパワーを何倍にも増幅させた(いや・・単に目を醒まさせられただけ!?)と思う。そして、何度も、何度も、チャンスを作り出してしまうのですよ。それも、「あの」セルヒオが、組織パスプレーと個人勝負プレーがハイレベルにバランスする優れた攻撃の中心になっている。

 ところが、その、攻撃を引っ張っていたセルヒオをアクシデントが襲うのです。

 タテパスに反応し、全力スプリントで相手GKへ詰めていったセルヒオが、GKと交錯しながらブッ飛び、痛みに顔を歪めている。伸ばし切った左脚モモウラの二頭筋が肉離れを起こした!? GKと接触した右足首の骨折とかは、ぶつかった直後に「スムーズに抜けた」から、ちょっと想像できないけれど・・

 とにかく、セルヒオの早い回復を願って止みません。

 そして、レッズを襲った苦境は、それだけじゃなかった。

 セルヒオのアクシデントがあった数分後には、ゲームのペースを奪い返しはじめたアビスパに先制ゴールまで叩き込まれてしまったのですよ。そしてゲーム展開が拮抗していく(レッズが、うまくペースをアップさせられない!)。

 要は、レッズの、攻守にわたる全体的なダイナミズム(自分主体の=自分から積極的に仕掛けていく=迫力アクションの量と質・・)が減退したということだろうね。もちろん、セルヒオのケガの交替と先制ゴールによって、アビスパの心理パワーが大きく増幅したという事実もある。

 田中達也は、いつものように闘いつづけているし、周りも、しっかりとプレーしようとしてはいるけれど、そのエネルギーが、うまく連動しなくなっているレッズ。そう・・単発アクションのすれ違い・・でも、そんなジリ貧の展開のなかから光明が・・

 これはちょっと厳しいな〜・・なんて思いはじめた前半のロスタイム。唐突にレッズの同点ゴールが決まるのです。アーリークロスに、ヘディングに飛び込んだ田中達也によって後ろへこぼれたボールが、柏木陽介の足許へ転がった。

 こぼれ球が柏木陽介の足許に転がったこと・・そして柏木のシュートが、相手に当たってコースが変わり、そのままアビスパゴールへ転がり込んでいったこと・・。それは、まさに、(幸運に恵まれたことも含め!)起死回生の同点ゴールでした。

 そんな、ドラマの起伏が大きかった前半に比べ、後半は、まさに「仕切り直し」といったゲームになりました。

 失うモノは何もなく、とにかく良い内容のサッカーする(そして結果ももぎ取る!)という強烈な意志をブチかますホームのアビスパ。抜群の集中力と物理エネルギーで押し上げていく。

 それに対するレッズ。とにかく「勝負にだけ」こだわるというサッカーに徹している。

 レッズは、どうしても勝ちたい。大前提の仮説は、ヴァンフォーレが2連勝することだからね。引き分けてしまったら、最終戦で当たる「あの」レイソルに勝たなければならないという状況に陥ってしまう。それだけは避けたい・・フ〜〜・・

 そんな重苦しい雰囲気のなか、アビスパが、一本、二本と、決定的チャンスを作り出すのですよ。レッズにとっては、鳥肌が立つようなフリーズピンチがつづく。それに対してレッズも仕掛けていくけれど、どうしても単発という印象は拭えない。フ〜〜・・

 でも、その「単発の仕掛け」が結果を呼び込むのだからサッカーは分からない(面白い!?)。

 柏木陽介からの一発のロングスルーパスが、アビスパ最終ラインを引き裂いたのです。ウラの決定的スペースへ走り込み、フリーでボールをコントロールして持ち込む梅崎司。

 リーグ終盤(ゼリコから堀孝史への移行タイミングで!?)に本物のブレイクスルーのベクトルに乗ったのは、疑いの余地なく、セルヒオ・エスクデロと梅崎司でした。

 これまで私は、この二人に厳しいコメントをブチかましつづけた。もちろんそれは、彼らの才能が惜しかったから。だからこそ、この二人が、このまま本物のブレイクスルーを果たしてくれたら、それほど嬉しいことはない。

 わたしは、相手に引っ張られてブッ倒される梅崎司をみながら、ガッツポーズをしていた。後半16分のことでした。そしてマルシオのPKがアビスパゴールの左隅へ吸い込まれていった。

 マルシオの落ち着いたPKは、ホントにすごかったネ〜。まさに強者ハンターの面目躍如・・。

 そしてそこからは、何度か、両チームが相手ゴールに迫るようなエキサイティングシーンもあったけれど、結局は、大きな波風が立つことなくタイムアップということになりました。

 それにしても、レッズが残留を決めるという結果に落ち着くまで、こんなギリギリのドラマがあったとはね。わたしは、結果だけは知っていたけれど(それをもとにレイソル対セレッソ戦のコラムを書いたけれど・・)、改めてビデオを見直してみて、握り拳にチカラがはいった。

 とにかく、いま、レッズ選手と堀孝史は、やり遂げた充実感でいっぱいでしょう。それは、確実に、プロ生活の大切な宝物になるはず。これからどうなるかなんて誰にも分からない。だからこそ、その瞬間(今)を精一杯に生きることが大切なんだよ。とにかく、本当によかった・・

===============

 重ねて、東北地方太平洋沖地震によって亡くなられた方々のご冥福を祈ると同時に、被災された方々に、心からのお見舞いを申し上げます。 この件については「このコラム」も参照して下さい。
 追伸:わたしは-"Football saves Japan"の宣言に賛同します(写真は、宇都宮徹壱さんの作品です)。

==============

 ところで、湯浅健二の新刊。三年ぶりに上梓した自信作です。いままで書いた戦術本の集大成ってな位置づけですかね。

 タイトルは『サッ カー戦術の仕組み』。出版は池田書店。この新刊については「こちら」をご参照ください。また、スポーツジャーナリストの二宮清純さんが、2010年5月26日付け日経新聞の夕刊 で、とても素敵な書評を載せてくれました。それは「こちら」です。また、日経の「五月の書評ランキング」でも第二位にランクされました。