The 対談


対談シリーズ(第二回)・・記念すべきファーストゲストの浅野哲也さんと、アルセーヌ・ベンゲルのチームマネージメントを探る(その二)・・(2003年11月18日、火曜日)

「いま、イビチャ・オシム監督のジェフが、走るサッカーっていうイメージで目立っているじゃないですか、それって、まさに我々のときも同じだったと思うんですよ。ボクたちも、攻守にわたってしっかりと走ることで調子を上げていったと思うんです・・」。彼は、1995年シーズン、サントリー前期とサントリー後期の「雲泥の差」の秘密を、そんな風に語っていました。

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 さて浅野哲也さんとの対談「ナンバー2」です。

 実は、前回のコラムをアップした後、再び彼と話し合いの機会をもちました(この写真は、一回目の対談の際に撮ったものです)。最初の対談で、ある程度のコンテンツは拾い上げたつもりだったのですが、まあ会って話し合うことは、お互いの学習機会(相互刺激!)にもなるのだからと、予備的なスケジュールを組んでいたというわけです。それが大正解。第一回目のコラムを書きながら「これは、もう少し突っ込んだコンテンツが必要だな・・」なんて思いはじめていましたからね。

 要は、アルセーヌ・ベンゲルのチームマネージメントに関する、より詳細な「形容詞・形容句」が必要だと感じていたということです。とはいっても、初回のコラムで書いたように、言葉を介した「理解チャレンジ」ですからね・・、限界はミエミエ。それでも私は、浅野さんとのマンツーマン・コミュニケーションをくり返せば(こちらの質問を徐々に深めていけば)ある程度は「実体」に迫れるのではないかと実感していたのです。

 それこそ、細部の意味を突き詰めていくという哲学的なプロセス。(愛する)神は細部に宿りたもう・・。浅野さんとの対談には、彼の姿勢・態度や思考クオリティーなども含め、それが可能だと確信させられる「確固たる何か」が内包されていました。

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 彼とのセカンドミーティングの冒頭で、こんな質問をぶつけてみました。「浅野さんはベンゲルが(そのやり方が)好きでしたか? 彼をコーチとして評価していましたか?」。シンプルな質問ですが、その簡単な言葉が、浅野さんから何を引き出すのかに興味がありました。もちろん使った言葉がシンプルだったから、逆に答える方は難しかったに違いありませんでしたが・・。

 「そうですネ・・まあ好きですよ。でも基本的にはプロ同士のつきあいですから・・。あっそうか、私は、彼のことは、コーチというよりも教育者として見ていたのかもしれません。我々が知らなかったことを教えてくれましたからね。また、答えや指示を待ったり期待するという日本人選手たちの受け身の姿勢を徐々に改善し、自分から考えてプレーするようにも導いていきましたからね。だから教育者かな・・」。フムフム・・。

 「ところで浅野さん、1995年サントリーシリーズの前期と後期での大きな違いなんですが(第一回目の対談コラムを参照!)、前回のミーティングのときは、数字の内容が悪くても、チームとして良いサッカーをやっているという意識があったからあまり動揺はなかったと言っていましたよね、それでもネ・・、あれだけ点数を取られまくって負けつづけたら、それはクラブ首脳や現場は動揺していただろうし、何とかしなければと考えていたんじゃありませんか??」

 「そうですね。だからベンゲルは、5月にフランス合宿を張ったのだと思いますよ。とにかくそれは、ものすごく大きな効果があった合宿でした。パリの近く、ベルサイユでのハードトレーニングの日々でしたよ」。

 1995年サントリーシリーズ前期で散々の結果しか残せなかったグランパスは、セカンドステージがはじまった最初の3試合を消化した時点で入った1ヶ月の中断期間中に(そのシーズンでは、ファーストステージが終了した数日後にセカンドステージがつづけてスタートした!)、フランス合宿を張りました。浅野さんによれば、その合宿でチームが大きく脱皮したというのです。さて・・。

 「そうなんですよ。とにかく厳しいトレーニングでした。そこでのベンゲルは、戦術というよりも、むしろ体力と基本テクニックに重点を置いていましたね。サントリー前期では、アタマではイメージできているのですが、どうも身体がついていかない。だから様子見になって足が止まってしまうとう状況が頻発しちゃうんですよ。今考えれば、それじゃボックス守備がうまく機能しないのも当たり前だったんですね。また攻撃への飛び出しにも勢いが乗らなかったし、パスを受ける動きにしても量や質が低級。また攻守の切り換えも遅かったですしネ。だからサントリーの前期では、まったくといっていいほど、イメージと現実が一致しなかったのです。まあ、アタマだけはたくさん回転していたから、オレたちが目指しているのはハイレベルなサッカーだ・・なんて、自己満足に浸っていたのかもしれませんがね。まあ、甘かったんでしょうね。そんな自分たちの甘えが、ベルサイユでのハードな合宿で、かなり改善されたと思うのですよ。有無を言わさずやらされましたからネ。文句を言う暇もなかった・・。それで我々は、あれだけ走り込んだということもあって、かなり自信がついた・・」。

 よく、ウォームアップで「デッドポイント」を超えろ・・ということが言われます。試合前のウォームアップで、息が上がってブッ倒れるくらいハードに走り込んでおけば、実際の試合になったときには、羽が生えたみたいに足が軽くなるし、呼吸も楽になる・・。

 グランパス選手たちは、その合宿で、自分たち自身が考える(感じている)限界に対する「感覚を深めた(発展させた)」のでしょう。もちろんそのプロセスは、選手と監督との戦いでもあります。選手たちは、自分たちで限界を設定してしまう(安易に妥協してしまう)モノですからネ。

 「違いますか浅野さん??」。そんな私の問いに対し、「まさに、そういうことだったと思いますよ。ベンゲルは、彼が目指しているサッカーを実現するためには、とにかく今の運動量ではまったくダメだと思っていたんですよ。また選手たちが安易に妥協してしまうという部分も不満だったに違いありません。いま湯浅さんは、限界を深めるという表現をされましたが、まさにそういうことだったんですよネ。またそこはフランスですから、甘えられる環境にないということも大きかったですよ。日本だったら、トレーニングが終われば、友人や家族とか、グチを聞いてくれる人もいますからネ。そこで、またまた厳しい雰囲気から解放され過ぎてしまう・・。でもあの時は、とにかく逃げ場がない・・だから有無を言わせず・・っていう厳しい雰囲気になる・・。自分自身に妥協する余地がまったくない環境・・っちゅうことですネ。選手たちは、とにかく一途に、監督から与えられる課題と取り組まなければならなかったし、我々も一生懸命にやったんですよ。まあ選手たちの心のなかには、サントリー前期で負けつづけていたという負い目もあったわけですが・・」。フムフム・・。

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 そこまで話したところで、浅野さんの口から冒頭の発言が出てきたというわけです。運動量の多い「走るサッカー」。アルセーヌ・ベンゲルにとっても、良いサッカーの絶対的なベースは「質の高い運動量」ということか・・。

 このテーマについては、拙著「サッカー監督という仕事(新潮社刊)」でも書きました。その書き出しは・・。

 「こんなに点を取られたのはいつのことかって? 分からないな。ずいぶん昔のことだろう。ちょっと簡単に点を取られ過ぎた。タイ代表が自信を持つのはいいことだけれど、『おれたちは世界一。明日からはランニングしなくてもいい』なんて思わないでもらいたいね・・(1999年5月25日付け読売新聞)」。バンコクで行われた親善試合。イングランド、プレミアリーグの強豪アーセナルが、タイ代表に3-4で敗れた後の記者会見で、アーセナル監督のベンゲル(元名古屋グランパス監督)がそう話したということだ。もちろん彼のコメントが正確に通訳されたかどうかは定かではないにしても、ハナシの骨子に間違いはないだろう。フ〜ム、含蓄がある・・。(ボクもそうだが・・)彼のコーチ人生も、選手たちに走ることの重要さを理解、納得させ、(チームにとっての)献身的なダイナミズムを発揮させるための苦心の連続だったに違いない・・。

 そんな書き出しではじまったこの章のコンテンツ骨子はこんな感じでした・・。サッカーは走りの量と質が重要なファクターとなるボールゲーム・・もちろん無為に走り続けろなどといっているのではない・・意図をもった『能動アクション』を継続するという姿勢(心の準備)が重要・・ただ選手たちは、その原則は分かっているものの、ともすると(もちろん選手個々のフォームや気候条件、チーム状態によってどうしようもない場合はあるが)積極的、意図的に動く姿勢・態度の大事さを忘れ、楽な方へと逃避しがちになることが多い(サントリー前期のグランパスのように?!)・・だからこそ、結果的にムダになったとしても、意図をもった能動的・積極的アクションを繰り返し、積み重ねるという姿勢が、次のステップへ進むためにもっとも重要なポイントになる・・等々。まあ、この文章は大変長いものになってしまったから、興味のある方は拙著を・・なんてネ・・あははっ。

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 「とにかくベルサイユ合宿では走らされました。そのことで、走ることが普通になったなんて思っているんですよ。もちろん効果的に走るためには、しっかり考えつづけなければいけないじゃないですか。だから、その面でもチーム全体が伸びたと感じていました。サントリー前期では、相手のプレーを予測するとか、次の具体的なプレーイメージはアタマに浮なんでくるのですが、それを実際のプレーに置き換えることがまだまだだったと思うんです。でもベルサイユ合宿以降は、走ることに対して自信ができてきたこともあって、アタマに描くイメージを、実際にプレーできるようになったんですよ。我々のサッカーが一段レベルアップしたということなんですが、それがサントリー後期での好成績につながったということなんでしょうね」。ベルサイユ合宿のことを思い出しながら語る浅野さんの言葉には、そこで体感したことが強烈なだったからこその実感がこもっていると感じたモノです。

 このテーマについても、どこかのメディアで次のような骨子のコラムを発表したことがあります。テーマは、運動量の拡大と、描写されるプレーイメージの実行度のアップとの相互補完的な関係・・。

 走るということは、考えることとほぼ同義である・・攻守の目的を達成するための具体的なイメージが描写されていない「ボールがないところでの走り」ほど意味のないアクションはない・・要は、ジョギング程度のペースで移動したり、全力ダッシュで勝負所へ寄るアクションにしても、自分自身が描写した具体的な達成イメージがその背景にあるはずだ・・いや、なければならない・・等々。

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 守備では・・、素早い攻守の切り換えからのボールホルダー(=次のパスレシーバー)への忠実でダイナミックなチェイス&チェックを「連鎖イメージの起点」に、素早い攻守の切り換えから長い距離を(?!)戻り、守備ブロックでの互いのポジショニングバランスを取るだけではなく、忠実なポジショニングプレーで、次の勝負所における「ブレイク」を狙いつづける・・。そんなイメージ連鎖が基盤になれば、次にアソコのスペースが勝負所になると、何十メートルもの全力ダッシュで急行したり、置き去りなった味方のカバーリングのために全力で戻ったりするようなダイナミック守備アクションも自然と出てくるというわけです。もちろん、自分自身で仕事を探しつづける(考えつづける)プレー姿勢の結果としてネ・・。

 グランパスの場合は、運動量の量と質の向上によって、ボックス・ポジショニングバランスを中心に、ボール絡み、ボールがないところでの守備プレーもより忠実に効果的になるなど、「ボックス守備システムの機能性」が格段に向上したということです。

 フラットライン守備システム(ボックスシステム)の機能コンテンツについては、(しつこいですけれど・・)以前にアップした長〜〜いコラムを参照してください。

 もちろん、そんな守備パフォーマンスの向上は、確実に、攻撃へもポジティブに反映されます。逆にいえば、サントリー前期でのグランパスは、守備の組織が安定していなかったから、攻撃もままならなかった・・と言えるわけです。その守備が「ダイナミックに安定」したグランパス。次の攻撃の実効レベルが高揚するのも自然の成り行きでした。彼らは、「次の楽しい攻撃」をアタマに描きながら、最高の集中力を求められる難しいボックス守備をうまく機能させられるようになったのです。何せ、サントリー前期での一試合平均ゴール数が「1.31点」にしか過ぎなかったのが(14チーム中11位!)、サントリー後期には「2.54点」というところまで(14チーム中の2位・・でも実質的には、一位のベルマーレと同率トップ!)信じられない大躍進を遂げたのですからネ。

 グランパスの攻め方。それは、まさに「爆発」と表現できるものでした。「そうですネ。我々も、そんなイメージでしたね。互いのポジショニングバランスを取って、組織的にラインをコントロールするわけですが、そのなかで、常にアタックのタイミングを狙っていましたよネ。そして勝負所となったら、瞬間的にブレイクして協力アタックを仕掛けるんですよ。決まったときは、まさに快感でしたよ。そしてちゃんすのあるヤツらが放射状に攻め上がっていくんです。その迫力には自信がありましたネ。もちろんその中心にいたのがピクシーというわけです・・」。そんな成功体験を話すときの浅野さんの目が輝くのも当然か・・。

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 ちょっと長くなりました。ここからはまた次回ということにします。次で完結しようと思うのですが、そこでは、ベンゲルから「オマエは上がるな・・」と言われたり、何度か先発を外された浅野さんの自身のこと、ピクシーのこと、ベンゲルの心理マネージメントのウデ、オフサイドトラップとラインコントロールのこと、そしてこのシリーズの核心ともいえる、難しいフラットライン守備システム(ボックスシステム)の導入プロセスにおけるベンゲルの戦術&心理マネージメントコンテンツ(結局は、選手たち自身での、自分主体の調整マインドの活性化が骨子だった?!)、またそれ以外の様々な「小さな出来事」等々をまとめたいと思っていますので・・。

 (次回へつづく・・)




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