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帰国後のドイツ報告・・その(5)・・ドイツ代表コーチ、ミヒャエル・スキッベとの話です・・(2002年8月21日、水曜日)

さて今回は、代表チームの戦術参謀との呼び声高いミヒャエル・スキッベと対談した内容、またザールブリュッケン(ドイツ)で行われたサッカーコーチ国際会議で、エアリッヒ・ルーテメラーがスカウティングについて講演した内容を紹介します。この二つの文章は、サッカーマガジンで発表したものです。

 ではまずミヒャエルから・・(ここに掲載した写真は、テーブルに座ってジックリと話した後、最後にあわただしく撮ったものです。立ち話をしているように見えますがネ・・)

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(7月31日に書き上げた、サッカーマガジンの原稿です・・誌面では言及されなかった部分も含まれています)

 「そんなふうに明確に役割分担を表現することはできないな。とにかく我々三人の共同作業が、うまく相乗効果を発揮したということだね」。

 「あなた(ミヒャエル・スキッベ)が、ドイツ代表の戦術的なブレインで、ルディー・フェラーは、どちらかといえば選手たちの心理マネージャーだと思われているが・・」。そんなボクの質問に、現ドイツ代表コーチのミヒャエル・スキッベが、落ち着いた調子で答えていた。彼が言う三人とは、ルディー・フェラー監督と二人のコーチ、ミヒャエル・スキッベとエアリッヒ・ルーテメラーのことだ。

 「確かにルディーは、優れた心理マネージャーだよ。ブンデスリーガだけではなく、ローマやマルセイユ等でも活躍したドイツを代表するストライカーだったから、多くの優れた監督とも深く接する機会があった。そのことも大きかったと思うよ。選手たちの心情をよく理解できているし、心理的なトリートメントにもウデを感じる。もちろん戦術的な理解も深いから、ボクたちの間での戦術に関する意志疎通はまったく問題ないね。まあ、戦術的なトレーニング計画はボクが担当しているから、傍目にはボクが戦術を担当しているように見えるかもしれないけれどね」。

 ドイツ代表の「チーム・シェフ」ルディー・フェラーは、プロコーチライセンスを持っていない。また監督としての経験もない。それに対し、代表コーチの二人は、ブンデスリーガ監督の経験がある。世界トップサッカーでプレーした経験と、たたき上げの現場コーチの経験が最高のハーモニーを奏でているということだろう。

 またエアリッヒ・ルーテメラーは、ドイツ代表の現場ノウハウを、次世代のプロコーチたちに直接的に伝承するという基本コンセプトのもとに、プロコーチ養成コースの責任者も兼ねている。そんなところにも、指導者養成の明確な方向性が見えてくる。

 「ところで、日本代表の監督に、ジーコが就任したんだけれど、どう思う?」。そんなボクの質問に対し、「ジーコも、ルディー・フェラーと同様に、世界トップのサッカーをよく知っている。もちろん監督の経験がないという不安はあるけれど、前回のフランス大会では、現場のサポートも経験したしな。もちろん優秀なコーチをブレインとして入れるんだろうし・・。でもまあ、どうなるかは、フタを開けてみなければ分からないね。うまくいくことを祈っているよ」と、ミヒャエル・スキッベ。

 質の高い共同作業をベースに大きな成果を挙げたドイツ代表の首脳トリオ。彼らは、これからの日本代表のマスターケースになるかもしれない。

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 昨年のW杯ヨーロッパ予選。ドイツは、イングランドに、ホームで「1-5」というスキャンダラスな大敗を喫し、残されたグループ最終戦も、格下のフィンランドに「0-0」で引き分けてしまう。ドイツが、屈辱ともいえる、ウクライナとのプレーオフに臨まなければならなくなったのだ。ただそんな無様な状況に覚醒した彼らは、心機一転ともいえる素晴らしいサッカーを展開し、一勝一分けで本大会への切符を手にする。

 しかしそこから、彼らにとって本当のイバラの道がはじまることになる。最終ラインの重鎮ノヴォトニーやヴェルンス、若手プレーヤーの筆頭であるダイスラーが怪我で戦列を離脱し、攻撃の創造性リーダーとして期待されたメーメット・ショルまでも、コンディション不良で代表を辞退するという危機的状況に陥ってしまったのだ。

 「それでも、メディアに対するルディーの態度は一貫していた。他にも、能力の高い選手たちがいるから心配していない・・ってね。そして選手たちと個別に話し合うことで、チームを一つにまとめていったんだよ」。もう一人のコーチ、エアリッヒ・ルーテメラーも、そんなスキッベの言葉を、異口同音に補足していた。「メディアの厳しい論調に対して、残された選手たちで頑張るしかないなんていうニュアンスの発言をしたら、選手たちがどう思うか分かるだろ。どうせオレたちはセカンドチョイスさ・・ってな具合だよ。だからこそ、ルディーの前向きな姿勢が重要な意味をもっていたんだ」。

 ドイツ国民の期待がどんどんとしぼんでいくなか、チームだけは、ユニットとして結束を固めていたのだ。「周りに注目されていなかった分、現場の仕事はやりやすかったな」。スキッベが言う。「とにかく我々は、もっとも重要な意味を持つW杯初戦へ向けて、最高の準備を整えたんだよ。そこでの一番のポイントは、厳しいシーズンを終えたばかりの選手たちのフォームを回復させること、そして戦術イメージの徹底だった。まず回復だけれど、そこではエアリッヒ(ルーテメラー)が優れたトレーニング計画を練ってくれた。もちろんアクティブな回復プロセスだよ。速さと、筋肉と神経系の優れた調和を達成するためのランニングプログラムや、技術的なファクターを多く取り入れたウォームアップとかね。それと平行して、ボクが、相手に対する詳細な分析に基づいた戦術トレーニングを実行していったというわけさ」。

 「初戦で当たるサウジアラビアについては、ボク自身が、実際にスカウティングに出掛けたし、完璧な戦術ビデオも作り上げたよ。だから選手たちはサウジの攻撃のツボをしっかりとイメージできたし、攻撃でも、守備の弱いところをうまく突いていけた。もちろん彼らが、ドイツに対して敬意を払いすぎていたという面は否定できないけれど、それも、自分たちがイメージするサッカーができないことで、サウジ選手たちが自信を失っていった結果だと思っている」。

 ミヒャエル・スキッベにとって、ゲーム中の采配でもっとも成功したのはカメルーン戦だったという。「前半40分にラメローが退場になってしまった。ハーフタイムでは、選手一人ひとりと、後半のやり方について、しっかりと確認したんだ。ヤンカーに代えて、左サイドのマルコ・ボーデを入れる。また最終ラインをフォーバックにする。そして、右サイドはフリングスとシュナイダーのコンビが、左サイドはツィーゲとマルコ・ボーデのコンビが、カメルーンのサイド攻撃を抑え込むってね。この戦術的な変更がツボにはまった。交代したボーデが、先制ゴールまで叩き出したんだからな」。後半のドイツは、一人足りないにもかかわらず、カメルーンの攻撃を効果的に抑えながら得点を重ねるという理想的なパターンで勝利をおさめた。たしかに見事な采配だった。

 「そこからは、ケースバイケースで、フラットスリーとフラットフォーを使い分けた。前半と後半で変更したこともあった。次のパラグアイ戦やアメリカ戦では、そんなシステム変更がうまく機能したと思うよ。まあ、アメリカ戦は大会で一番出来が悪かったけれどね。でも決勝ではスリーだったな。それも、マークの受けわたしは程々に、かなり早い段階でマンマークへ移行するように、選手たちのイメージを統一にしたんだ。まあ、あれほどの才能を揃えたブラジルが相手だから仕方ない。それが本当にうまく機能したんだよ。前半のピンチを、オリバー(カーン)の活躍もあって切り抜けたから、後半の20分くらいには、これは行けると思っていたんだけれどな・・」。

 決勝でブラジルに敗れたドイツ。たしかに、局面での「個の表現力」という意味では明らかな差があった。それでも、全体的(戦術的)な内容では互角以上のサッカーを展開した。コーナーキックの数で、ドイツの13本に対し、ブラジルが僅か3本だったという事実も、そのことを証明していた。

 「たしかにオレたちは、魅力には少し欠けていたかもしれないけれど、大会を通じて優れたサッカーを展開したことは確かな事実だ。また、優秀な若手タレントも着実に育っているし、その才能を開花させるための『場』の提供も充実してきている。ドイツサッカーは、近いうちに、以前の輝きを取り戻せると確信しているよ」。そう話すミヒャエルの表情には、確固たる自信がみなぎっていたものだ。(了)

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 この文章の中に、「フラット3とフラット4を使い分けた・・」というクダリがあります。そのことについて、彼と、より深い話をしました。また、その日の夜に行われた「VIPパーティー」でも、私の恩師であるゲロー・ビーザンツ氏ともディスカッションしました。その内容については、機会を改めてレポートできればと思っていますので・・。

 さて次は、エアリッヒの講演内容です。(下の、スクリーンを撮った写真がピンボケでスミマセン)

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(8月5日に書き上げた、サッカーマガジンの記事です)

 「ヤツらの典型的な攻撃パターンは、十分に分かっていたよ・・」。

 ワールドカップ後の7月末、ザールブリュッケンで、ドイツサッカーコーチ連盟主催の国際会議が開催された。ワールドカップでの生理学的な準備、今までは注目されていなかった怪我の間接要因、様々な戦術的な分析等々、興味深い講演がつづくなかで行われたパネルディスカッションでは、ボクもパネラーとして参加した。そして会議の最終日に、締めくくりとして、現ドイツ代表コーチで、プロコーチ養成コース責任者でもあるエアリッヒ・ルーテメラーが、ワールドカップでのスカウティングについて講演した。

 スカウティングとは、次の相手に対する戦術的な分析のことだ。ドイツ代表は、ゲーム視察による分析だけではなく、大会中のゲームを編集したビデオによるイメージトレーニングも積極的に取り入れている。ドイツのスポーツアナリュティック社のシュールツ氏が中心になってドイツで編集し、それを日本や韓国に滞在するドイツ代表へタイミング良く供給していくのだ。「たしかに限られた時間内での作業だから難しい面もあったけれど、システムを組み上げられたから何とかうまくこなすことができました」。立ち話をしたとき、シュールツ氏がそう語っていた。

 編集ビデオによる分析は四点。相手の守備のやり方、攻撃での組み立てと仕掛けの傾向、そしてゴールである。もちろん相手によっては、個人を分析することもある。分かりやすく20分程度にまとめるだけではなく、必要な場合は、CGなどで、相手の典型的な攻撃パターンを再現したりするのだ。

 「このビデオのお陰で、例えば、決勝トーナメント一回戦で当たるパラグアイ攻撃の典型的パターンを明確に把握できたんだ。オレたちスタッフの思うところをシュールツに伝え、彼が確認して、分かりやすく編集したり、コンピュータ図表などを作ってくれたというわけさ」。ルーテメラーの言葉には、徹底した準備に対する自信がみなぎっていた。

 パラグアイ攻撃の代表的パターンは、右サイドバックのアルセーが送り込むアーリークロスをカルゾーゾかサンタクルスがヘッドで落とし、それを別の選手が決めるというもの。フィニッシャーが、勝負ポイントを明確にイメージし、アーリークロスが蹴られたタイミングで既にスタートを切っていることは言うまでもない。パラグアイの攻撃では、その55%が右サイドに集中しているのだ。

 ツィーゲ、ハーマン、ラメローという守備ブロックの主力を欠いたドイツ代表だったが、この勝負マッチでは、完璧にパラグアイを抑え込んでしまう。選手たちのイメージが高質にシンクロした守備プレーは見応え十分だった。

 予想を超える活躍をみせたドイツ代表。その背景には、科学分野の全方位にわたる、徹底した「ロジック準備」の積み重ねがあった。このビデオに、その一端をかいま見た。(了)

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 次の対戦相手に関するスカウティング。

 エアリッヒの講演では、それが、どのようなポイントに絞られていたか・・というテーマが主体でした。でも私にとっては、それらのポイントが、チームミーティングにおいて、どのような「ニュアンス(トーン&マナー=心理的なアプローチ)」で、選手たちに話しかけられたのか・・というテーマの方が興味をそそられます。それによって、チームミーティングにおける実際の効果が決まってしまうといっても過言ではありませんからね。

 まあ、それについても、機会をあらためて彼らとディスカッションしてみようと思っています。

 ではまた・・。




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