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(2002年3月末に掲載された週刊プレイボーイの記事から・・)
「日本代表はウクライナに勝ったんだろ。いや、大したもんだよ。ウクライナはいいチームだぜ。オレたちも苦労させられたよ。それにしても日本代表は強くなっているな。どの試合だったかは覚えてないけれど、最近のビデオを見たんだよ。技術的にもレベルは高いし、本当にスマートなサッカーをやっている・・」
大阪、長居でのウクライナ戦を観た次の日に、関西空港から一路ヨーロッパへ。私のビジネス関連でアメリカにちょっと立ち寄らなければならず、結局、地球を「2/3周」してドイツに到着したという次第。いつものとおり、フランクフルト空港でレンタカーをピックアップし、その足でブンデスリーガ(ドイツプロ一部リーグ)のシャルケ04対カイザースラウテルン戦を観るために250キロの道程をブッ飛ばし、そして試合後の夜に、私が宿泊しているケルンのホテルまで尋ねてきてくれた、現ドイツ代表コーチのエアリッヒ・ルーテメラーと旧交を温めたというわけです。フ〜〜ッ!
冒頭で紹介したのは、会った早々に、エアリッヒの口をついて出た言葉。W杯予選のプレーオフで闘った相手ですからね。実感がこもっていること。
「それで、どうなんだい、今回のドイツチームは・・」。そんな私の問いかけに、「オレたちは、あまり注目されていないだろ。それがいいんだよ。落ち着いてチーム作りができるからな。選手たちは、常に全力で闘わなければ勝てないという現実を心底理解したから、組織として忠実にプレーしようという姿勢で取り組んでいるよ。ドイツ代表にとっては、プレーオフまで戦うなんていうのは初めてのことだし、屈辱的な経験だったけれど、逆にそれがよかったということさ・・」。
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予選リーグでイングランドに喫した、スキャンダラスな「1-5」という大敗。また最終節での、格下のフィンランドに対する「0-0」という引き分け。それらが、自らの現状に対して素直に目を見開かせるという、この上なくポジティブな心理プロセスのキッカケになったのです。
フィンランドとの無様なゲーム内容など、ウクライナとの決戦に臨むドイツ代表には、容赦のない批判が渦巻きました。ドイツ大衆紙のビルド新聞などは、「ドイツ代表よ、オマエたちは、ワールドカップにいくには愚かすぎる!」なんていう大見出しを、一面にデカデカと踊らせたりして・・。その見出しが、一般生活者の心情に同調したようで、その日のビルド新聞はバカ売れだったとか。そんな厳しい雰囲気が、チームにとって大きなプレッシャーになったことはいうまでもありませんが、監督のルディー・フェラーは、プレー内容が悪いことを痛感しているのは選手たち自身だ・・と、まずメディアノイズを遠ざけることから心理トリートメントをはじめます。そして、選手たち一人ひとりと深く話しあうことで「現実」と向き合わせ、心理的なバランスを整えていったのです。
「ルディー(フェラー)は優秀な心理マネージャーだよ。ローマやマルセイユでも活躍したドイツを代表するストライカーだったから、国際経験も豊富だろ。それに、多くの優れた監督と深く接したことも大きかったよな。ギリギリの状態まで落ち込んだ選手たちの心情をよく理解できるだけじゃなく、いま何をすべきかについて明確な方向性も見えていたということさ」。
「でも、そんなルディーのウデの本領が発揮されたのは、プレーオフなんていう、鼻っ柱をへし折られる状況に陥ったからなんだよ。それまでは、結果的にはある程度うまく回っていたし、もしフィンランドに勝って一位通過になっていようものなら、あのまま、プレー内容の悪さに目を背けた状態で本大会へ行くことになっていたかもしれないからな。オレたちは、何とか改善しなければって思っていたんだよ。だからこそ逆に、現実を直視させるいい機会が訪れたと思ったんだ。ルディーは、ここぞとばかりに、いまの現実的なチカラや戦術について、選手たちととことん話し合ったというわけさ。もちろんオレやミヒャエル(スキッベ=もう一人の代表コーチ)も動きまわったけれど、とにかくルディーのリーダーシップは素晴らしかったぜ・・」。
脅威を、実効ある機会として見事に活用したフェラー、スキッベ、ルーテメラーの首脳トリオ。確かなウデの証明でした。
そして、現実と向き合うことでソリッドにまとまったドイツ代表は、ウクライナとの決戦を、一勝一分けで乗り切ることになります。それも、ショル、ダイスラーといった、創造性リーダーを欠いた状態で・・。
現実を直視したときのドイツは強いゾ!・・なんて、反面教師としても私を発展させてくれたドイツに対してだけは、どうしてもナイーブになってしまう湯浅なのです。
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なんて記事を書いたのですが、その後メーメット・ショルは、コンディションが十分ではないということで代表を辞退し、若手の創造性リーダー、セバスチャン・ダイスラーは、代表のフレンドリーマッチで大けがを負って戦線離脱、また最終守備ラインの絶対的な重鎮ノヴォトニーまで怪我で失ってしまいます。それ以外にも、ヴェルンスやハインリッヒまでも大会出場が無理なってしまいます。
これ以上ないという逆風のなか、ドイツ代表が本大会に臨むことになります。
次にご紹介する文章は、本大会のグループEをトップで通過した後に、サッカーマガジンで発表した文章です。
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(ワールドカップ本大会グループリーグ終了時点でサッカーマガジンに発表した文章・・)
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ドイツのツボ・・(タイトルです)
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そのとき、バラックが脱兎のごとく飛び出した。左サイドにできた大きなスペースへ向けて爆発ダッシュををスタートしたのだ。ドイツ対アイルランド、前半19分のことだ。
そこへ、ツィーゲから、測ったようなタテパスが出る。パスをコントロールしながら、最終勝負のイメージを描くように、アイルランドゴール前のゾーンへ視線を向けるバラック。そして、足首のスナップが効いた小さなスイングから放たれた正確なクロスボールが、アイルランドゴール前の決定的スペースへ糸を引いていった。それは、GKが出られないギリギリのコース。そして、飛び込んできたミロスラフ・クローゼにピタリと合う。そのとき、バラックとクローゼの勝負イメージは、完璧にシンクロしていたのだ。そしてクローゼのヘディングが炸裂し、先制ゴールが生まれた。
ドイツのツボとも呼べるクロス攻撃。グループ最終戦でも、カメルーンがその犠牲になった。マルコ・ボーデが挙げた先制ゴールの数分後、ドイツが、まったく同じ「カタチ」から追加ゴールを奪ったのだ。
ドリブルでカメルーン守備を引きつけるハーマン。そこからのパスを受けたバラックが、これまたスナップの効いたクロスボールを、カメルーンGKと最終ラインの間に広がる決定的スペースへ送り込んだのだ。そこへ走り込んだのは、またミロスラフ・クローゼ。ドカンッと地面にたたきつける素晴らしいヘディングシュートだった。
また終了間際には、右サイドのフリングスが、かなり低いポジションからアーリークロスを送り込む。正確に、カメルーンゴール前の決定的スペースをイメージして・・。そこへ抜け出していたのはバラック。フリーのヘディングシュートは、惜しくもゴールにはならなかったが、立てつづけに魅せたドイツの「ツボ」。やはり、「追い込まれた」ときのドイツは勝負強いな・・。
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ドイツ代表は満身創痍ともいえる状態で本大会へやってきた。
最初の頃、「結果だけ」は順調だった地域予選も、ホームで、イングランドに「1-5」という大敗を喫してから雲行きが怪しくなり、最後のフィンランド戦(ホーム)では、無様な内容の引き分けまで演じてしまう。そして、彼らにとっては屈辱ともいえる、予選プレーオフに臨まなければならなくなった。ただそこからのルディー・フェラー監督のマネージメントは素晴らしかった。現ドイツ代表コーチ、エアリッヒ・ルーテメラーは言う。
「ルディー(フェラー)はいい仕事をしたよ。もし、すんなりとグループ一位で通過していたら、あのまま、プレー内容の悪さに背を向けて本大会へ行くことになっていたかもしれないからな。オレたちは、何とか改善しなければって思っていたんだ。だからこそ逆に、現実を直視させるいい機会が訪れたと思ったんだ。ルディーは、ここぞとばかりに、いまの現実的なチカラや戦術について、選手たちととことん話し合ったというわけさ」。
そして彼らは吹っ切れた。確実な守備をベースに、クロスと中距離シュートを主体に攻める・・それである。それに対する確信を深めたのがウクライナとのプレーオフだったのは、怪我の功名というべきか。「そうなんだよ、オレたちは、ウクライナ戦で、完全にイメージを統一できたのさ・・」。ルーテメラーである。
ドイツ代表の創造性リーダー、ショル、ダイスラーは既に戦列を離れていた。そして最終ラインの重鎮、ノヴォトニーまでも怪我で失ってしまう。しかし、だからこそチーム内の「統一感」が高まった。攻めに変化をつける演出家はもういない。だからこそ彼らは、堅実な守備を基盤に、ターゲットを絞り込んだ攻撃を展開するという統一されたピクチャーで試合に臨めるようになったのだ。そうなったときのドイツは無類の強さを発揮する。まさに、脅威と機会は表裏一体である。
追い込まれたからこそ勝負強さを発揮するドイツ。さて、一発勝負の決勝トーナメントがはじまる。
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その後ドイツ代表は、パラグアイ(決勝トーナメント一回戦)、アメリカ(準々決勝)、そして韓国(準決勝)を連覇して決勝までコマを進めます。もちろん、オリバー・カーンを中心にした堅牢な守備をベースに、そこからの「ツボ攻撃」を確実に決めて・・。
次は、決勝の前と決勝後に、東京中日新聞で発表した文章です。最初が決勝のプレビューで、次がレビューということになります。
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(東京中日新聞、6月29日付けの夕刊・・)
さて、ワールドカップ七不思議の一つが消える。ドイツ対ブラジルの決勝戦が実現したのである。ボクなりの見所を探ってみた。
韓国との準決勝に、横綱相撲で勝利をおさめたドイツだったが、そこで、大黒柱ともいえるバラックが通算二枚目のイエローカードを受けてしまう。これで決勝には出場できない。それに対しブラジルには、準決勝のトルコ戦では出場停止だったロナウジーニョが復帰してくる。ブラジルに追い風!? いや、ボクはちょっと違う見方をしている。
準決勝でのブラジルが、組織プレーと個人プレーが絶妙にバランスした、今大会最高ともいえる攻撃を展開したのだ。誰もが認める天才、ロナウジーニョ。ただそのプレースタイルは、「個」に偏りがちだ。彼がボールを持てば、常にドリブルからの最終勝負がスタートするといっても過言ではない。だから、味方の足も止まり気味になり、バラバラに個人勝負を仕掛けていくようになってしまう。
それに対し、バラックを欠くドイツは、完全に吹っ切れ、まとまりのあるソリッドサッカーを展開することだろう。ブラジルの個人勝負にターゲットを絞ったクレバーな守備をベースに、数は少ないだろうが、ドイツのツボともいえるクロス攻撃を仕掛けていく。そうなったときの彼らは、無類の勝負強さを発揮する・・はずだ。
ドイツのことになると、どうしてもナイーブになってしまう筆者なのだが、とにかく、「天才集団」対「職人集団」とでも表現できそうな偶然と必然が交錯するドラマを、心から楽しむことにしよう。
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そして・・(東京中日新聞、7月1日付けの夕刊・・)
試合は、一昨日のプレビューで書いたとおり、「才能集団」対「職人集団」という、緊迫した展開になった。ロナウド、ロナウジーニョ、リバウド等の才能をベースに仕掛けてくるブラジル。それに対し、しっかりと守り、ピンポイントクロスや中距離シュートを駆使した「ツボ攻撃」を繰り出していくドイツ。
ドイツの選手たちには、ブラジル攻撃の「リズム」が明確に見えていた。だから、相手ボールホルダーへ安易なアタックを仕掛けずに攻撃を遅らせる。そして、攻撃の遅滞に乗じた協力プレスや、ボールのないところで動く選手へのハードにマークによって次々とボールを奪い返してしまう。
そんな、職人技の忠実ディフェンスを基盤に、徐々にドイツの攻撃にも、危険な雰囲気が漂うようになっていった。それでも最後は、ブラジルの才能が、職人たちの忠実プレーを振り切った。彼らは、問題が明確に見えているとはいえ、そのやり方にこだわりつづけ、そして優勝を勝ち取ったのだ。立派な勝利だった。
創造性を前面に押し出すチームが勝つのは、サッカーにとって良いことだ。ブラジルが、組織プレーという視点では大きな問題を抱えているにしても・・。
とにかく、素晴らしい内容が詰め込まれた決勝戦だった。そしてアジアで最初の、また21世紀最初のワールドカップが閉幕した。もちろんそれは「次」のはじまり。そう、組織プレーと個人プレーが高質なバランスを魅せる、美しく、強いサッカーという究極の目標を目指して・・。
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私は、来週、ヨーロッパへ出張します。ビジネス、サッカー関係者との会談、そしてサッカーコーチ国際会議への参加などが目的ですが、そこで何か発見があれば、またレポートすることにします。
さて、ワールドカップレビュー。次は、ブラジルについてですかネ・・。