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「歴史の証人」になってきました・・日本vsイラン(3−2)・・(1997年11月18日)

今回の私は、ジョホール・バール競技場の記者席でしゃべり続けていました。また、たまには叫び声だって出てきます。周りの記者の方々・・、ウルサくてごめんなさい。

「井原〜〜!ビビるな〜〜!」。これは、井原のミスで同点にされた後に叫んだ内容です。「良いぞ、良いぞ、このままの調子だったら絶対に同点にすることができる」。ダエイのスーパーヘッドで逆転された後、一分ごとに、独り言のようにしゃべっていたそうです(私の隣には、ラジオ文化放送のスタッフの方たちが座っていましたから、私の言葉は、逐一録音されていたのです)。「岡野〜〜!キーパーの脇の下へころがせ〜〜!!」。岡野が、GKと一対一になった場面です。また、「何、ビビッてやがるんだ〜〜!!」。これは、岡野の二度目の「一対一」のチャンスで、中田に横パスを出し、結局相手にクリアされてしまった瞬間に口をついて出た言葉です。そして・・

「中田〜〜!打て〜〜!!」

思わず、大声で叫んでいました。何度も決定的なチャンスをつぶし続け、結局突入してしまった延長戦。その後半の、残りわずかという時間帯でした。中田がドリブルで切り込み、フリーになったのです。シュート!ゴール右サイドに飛んだボールは、相手ゴールキーパーにはじかれてしまいましたが、そこには、延長になって交代出場した浦和レッズの「野人」、岡野が、「針の穴をとおす」ようなチャンスを狙って走り込んでいました。その「フリーランニング」こそ、野人の証明です。彼をフィールドに送り出した岡田監督の「インスティンクト(嗅覚)に拍手(もちろん、『オガ』にもそれなりの根拠があっての交代だったのでしょうが・・)。

とにかくこれで、「ドラマ」は完結しました。「悲劇」ではなく、「感動のドラマ」として・・・。私は、そこでの全日本の勇士たちの「精神的な成長」を注目し続けていました。これまでに何度も使ってきた、「ホンモノの個人事業主」という表現。彼らは、最後の最後で、自分たちの立場に目覚めたのです。そこでは誰も助けてくれません。彼らは、基本的には「自分たち自身」のためにサッカーをやるのです。

この試合、岡田監督は、ロペスではなく、好調を維持している中山を先発で使ってきました。コンビを組むのはカズ。カズにとっては「正念場」の試合です。ここである程度の成果を出すことができなければ、彼の「スーパーストライカー伝説」にもカゲリが出てきてしまうに違いありません。それでも、スポーツですから年齢とともに衰えるのはアタリマエ。特に彼ほどのスター選手の場合は、引き際も肝心・・ということも視野に入れておくことが必要です。

また戦術ですが、それも、韓日戦、カザフスタン戦とまったく変わりません。「ウイニングチーム・ネバーチェンジ」という原則そのままというわけです。あの「ダエイ」、「アジジ」に対しても、最終守備ラインは「ラインフォー」で、基本的には「受けわたし・マンマーク」で臨みました。中盤は、山口(彼は基本的には、上がらない)と名波の「ダブルボランチ」は変わらず、その前で、中田、北沢が攻守にわたってスーパーなアクティビティーを見せます。ただし、この試合に限っては、イランが「スリートップ」で試合に臨んできたために、両サイドバック、特に相馬の「オーバーラップ」は、ある程度制限されてしまいました。それでも、そこは「一皮も二皮もむけた」全日本、チャンスとなったら、「後ろ髪を引かれる」ことなく、思い切りのよいオーバーラップです。もちろんそれが、山口、名波のクレバーな「カバーリング」が支えられていることは言うまでもありません。

立ち上がりの日本チームは、少し堅くなっていたようです。それは、イランからボールを奪い返した後の「展開パス」が何度もミスパスになり、「自ら」ピンチを招いてしまっていたからです。自軍ゴールに近い場所での「不用意」なショートパスや横パス。最初は北沢、そして中田、山口、名良橋、それに「パスの名人」、名波までがそんな「安易なミスパス」です。そのミスパスが危険なのは、「ヨシ、ここからダ」と、日本チームが「前に重心が移動している状態」でボールを奪い返されてしまうからです。そしてそこには、「あの」スーパーストライカー、ダエイ、スーパードリブラー、アジジ、またそれ以外の能力の高いイラン選手たちも「ここがチャンス!」と、超速ダッシュで攻め上がってくるのです。そんな、自らのミスで、何度ピンチを招いたことか・・。それでも、そこからが「それまでの」日本チームと違うところ。そんなミスで、ビビるのではなく、その後も「何ごともなかったかのように」どんどんと積極的なプレーを展開するのです。たのもしい限りではありませんか。

前半は、互いにゆずらず、ハイテンションの中での試合が続きます。そして前半39分。ドリブルで突っかける中田に引き寄せられたイラン守備陣のスキを突き、中山が「決定的なスペース(GKと最終守備ラインの間のスペース)」へ走り抜け、そこに「ギリギリ」のタイミングで、中田からスルーパスが出ます。ゴールキーパーと一対一になった中山。迷わずシュート。ボールは、素晴らしいタイミングで飛び出した相手ゴールキーパーの、身体の脇をくぐり抜けてゴールへと吸い込まれていきました。理想的な時間帯での得点です。そして前半は、そのままのリードで終わります。ゲームとしては理想的な展開ですが、そこは「基本的な攻撃ポテンシャルが世界レベル」のイラン。このままでは終わるはずがありません。とにかく日本にとっては、前半とまったく同じ闘い方で二点目を奪うこと、が後半の具体的な目標になりました。

さて、「ドーハの経験」を生かさなけばならない後半が始まりました。そこでのメンバー交代はありません。

ただ始まってすぐに、井原のミスから、アジジに同点ゴールを許してしまいます。そして13分、またまた日本チームのイージーミスから、今度は、ダエイに豪快なヘディングシュートを決められてしまいます。これで「逆転」!

もちろんサッカーでは、こんな状況は日常茶飯事。わたしは、日本チームの「その後の積極性」にだけ注目し、ゲームを見ていました。それは、本当に「細かなプレー」に現れてきます。インターセプトを狙う「猛禽類の目」。ボールのないところでの、相手の裏スペースを狙う「積極的なフリーランニング」などなど。悪くはありませんが、何かまだモノ足りないと感じていました。そんな時の、カズ、中山の交代。特にカズ、怪我以外で彼が交代させられたのは今回が初めてです。「岡田監督は勝負に出た」。(後で聞いた話ですが)チームの中心選手たちもそう感じていたと聞きます。わたしはその時、チームの中で「何かが」大きく変わるに違いない、そう確信しました。それがポジティブなものなのか、ネガティブなものなのか・・。その時点ではまだ分かりません。ただ、その交代から一分もかからないうちに、「日本チームが生き返った」と感じたのです。そして、「チーム全員が納得した上で」、「カズの時代を終わらせた」ということも・・・。

その後は、もう解説の必要もないくらいの日本の「スーパーアクティブ・サッカー」です。それには背景がありました。もちろん、「選手交代」、特に「カズ」の交代という外的な刺激で、日本選手たちがモティベートされ、「一人の例外なく」素晴らしく積極的なサッカーを展開したことも一つなのですが、もう一つ、イランのコンディションが、急激にダウンしてしまったことにも触れなければなりません。

サッカーには、確固たる生理学的な理論があります。その中の一つに、気候的に大きく変化する場合、アクリマティゼーション(気候順応)のために、少なくとも6-7日間が必要というものがあります。また、もしその時間がない場合には、「試合当日」に移動し、すぐに試合に臨むしかないというのが、生理学的に証明されている「気候順応」に関する常識なのです。ただ、イランが到着したのは、試合の三日前。つまり、一番「気候変化での疲労感」が出てくる二日目、三日目が試合当日ということになります。そのことを聞いたとき、すぐに、それはイランの罠に違いないと考えていました。マレーシアと気候条件が同じ場所で既に何日間もトレーニングを積んでいたに違いないと思っていたのです。ただ実際にはそんなことはありませんでした。「これだったら、ヤツらは、確実に後半はバテてくるに違いない・・」、そう確信し、まさにその通りになったのです。

そして後半30分。中田からの「ピンポイント・センタリング」が、交代した城のアタマにピタリと合います。同点ゴーーール!

確かに、イランの「コンディション作りのミス」があったとはいえ、逆転されたあと、まったく「悪魔のサイクル」に入ることなく、ここまで「自力で」盛り返した日本チーム。確かに、岡田監督の決断もありましたが、「これはホンモノ以外のなにものでもない」、彼らは、本当に「ホンモノの個人事業主」になった、そう感じました。

その後、城の、バーに当てるヘディングシュートなど、チャンスはありましたが、決まらずに、結局は延長戦に突入します。そこで登場したのが、レッズの「野人」、岡野。この、岡野の投入には、わたしも大賛成でした。とにかく、彼が出てくることで、極度の緊張感の中という「疲れる試合」において、一番必要な心理的要素の一つである「活気と勇気」が強化されるに違いないと思ったからです。そして案の定、すぐに岡野が魅せます。縦パスからのドリブルで、決定的なシュートチャンスまでいってしまったのです。結局は相手ゴールキーパーの素晴らしいタイミングの飛び出しで防がれしまいましたが、素晴らしい「活気のある」決定的なチャンスでした。それを外した岡野は、明らかに練習不足。その状態では、思いきり蹴るのではなく、ゴールキーパーの「脇の下」を狙うのは常識です。それを、思いきりゴールキーパーの「腹」めがけて蹴ってしまうなんて・・。そのことが、そのすぐ後に再度おとずれた一対一のチャンスにおいても「心理的にネガティブ」に作用します。完全にゴールキーパーと一対一なのに、左サイドの中田へ「消極的」な横パスを出してしまったのです。そのパスは、相手ディフェンダーにクリアされてしまいます。サッカーは「心理ゲーム」。それを地でいった、岡野の「自分自身で作り出してしまった心理的プレッシャー」でした。

ただ最後には、そんな岡野の積極的な姿勢が実を結びます。それが「ワールドカップ・ゴール」となった岡野の「ゴールデン・ゴール」です。またも「演出」したのは中田。彼は、ドリブルでイラン守備陣を切り裂き、冒頭で述べたシュートです。素晴らしい。とにかくこの試合は、中田が「日本のエースに成長したこと」を万人に証明した試合だったとすることができるでしょう。日本のすべての得点に絡んだだけではなく、中盤での攻守にわたる大活躍。チームメートの彼に対する信頼(彼らは例外なく、中盤のセントラル・ステーションである中田をまず探します)はレベルを超えたモノです。今後の彼には、「本当の意味での世界」を目指してほしいモノです。

この試合では、すでに述べた「カズの交代という、岡田監督による強烈でポジティブな刺激」、「イランのコンディショニングの失敗」、「まるでホームゲームのような雰囲気」ということだけではなく、「世界一流のレフェリーが主審をつとめた」ということも非常に重要な要素でした。日本は基本的には非常にフェアなチーム。ですから、レフェリーがしっかりしていることも、死活問題につながるのです。

たとえば、東京で行われた「日韓戦」。そこで笛を吹いたのは中東のレフェリーでした。彼は、バックチャージをほとんど取りません。イラつく日本選手たち。それも、日本が負けた原因の一つだったことは論を待ちません。

この試合では、「勝負を決めてしまう」ほとんどすべての要素で、日本に追い風が吹きました。実際に観戦された方々、またテレビ観戦された方々は、イランの強さを目の当たりにしたはずです。ダエイ、アジジなど、個人能力の高さ、安定してきた守備など、たまに繰り出すカウンターは強烈で危険そのものでした(カウンター一発で生み出された、延長でのダエイのシュートなど)。また、日本にとっては、もう一人のスーパーマン、「バゲリ」が出場停止になったことも幸運でした。最後の最後で、「アン・ロジック(ツキにかかわる要素)」をも味方にしてしまった岡田ジャパン。大したものです。

ともあれ、日本サッカーは、非常に重要な「一つのステップ」を踏み出しました。今回のワールドカップ本大会出場が、日本サッカーの将来にとって「価値ある」一歩になることを願って止みません。その意味は、この成果が、広い領域で発展的に活用されなければならないということです。決して、狭い範囲で「抱え込まれ、浪費」されてしまってはならないのです。日本代表チームは、確かに、今回のワールドカップ予選をとおして、精神的・心理的に大きな進歩を見せました(それは、他の日本人プロ選手にとっても大いなる刺激になったはずです)。ただ、「技術的・戦術的な部分」では、世界との「差」は、まだ依然として大きなまま。サッカーに関わるすべての人々は、そのことを忘れてはならないのです。日本のサッカーが、本当の意味で「世界の仲間入りを果たす」ために・・。

お知らせ:今回の三位決定戦に関するコラムを、MSN(マイクロソフト・ネットワーク)でも発表します(掲載は、18日、火曜日の予定)。是非ご一読あれ・・(一週間前にも同ネットでコラムを発表しています・・タイトル:「サッカーW杯予選:全日本はなぜ勝てたのか--11月11日」・・)




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