その代わりといっては何ですが、ここでは、6月に発売された雑誌「サッカー批評」で発表した文章を掲載することにします(スペースの関係で削らざるを得なかった箇所も、ここでは挿入しますので・・)。テーマは「サイド攻撃」。では・・
============
そのとき、アンブロジーニが、左タッチライン際でフリーになっていたカラーゼへボールを展開した。まったくフリーでコントロールしルックアップするカラーゼ。左のサイドゾーンで仕掛けの起点ができた瞬間だ。それは、最終勝負のスタートサインでもあった。
今年のチャンピオンズリーグ準決勝、PSVアイントホーフェン対ACミラン第二戦ロスタイムのことだ。そこまで、ミラノでの第一戦を「0-2」と落としたホームのPSVが「2-0」というリードを奪っていた。このままいけば延長戦に突入する。その時点では誰もがそんな成り行きを予想していたのだが・・。
余裕をもってボールをキープするカラーゼ。同時にその周りでは、ボールがないところでのアクションがスタートしていた。パス&ムーブでペナルティーエリアへ入り込んでいくアンブロジーニ。後方からカラーゼを追い越して左コーナースペースへ抜け出すカカー。またペナルティーエリア手前の中央ゾーンにポジションをとっているシェフチェンコは、フィニッシャーになるべく最終勝負スポットへの飛び出しタイミングをはかっている。そして次の瞬間、攻守にわたる最終勝負アクションが唐突に佳境を迎えるのである。そこでは、最後にヘディングシュートを決めるアンブロジーニがまったくフリーになるまでのプロセスが興味深い。
カラーゼが、左コーナースペースへ抜け出したカカーへ鋭いタテパスを送り込む。まったくフリーでボールをコントロールするカカー。これでは、最初アンブロジーニをケアーしていたPSVの最終ライン選手がそのチェックに向かわざるを得なくなるのも道理。また、最終勝負ゾーンへ上がりつづけるアンブロジーニのマークをテイクオーバーすべく戻ってきたもう一人のPSVディフェンダーは、マークを意識しながらも、結局はカカーをチェックにいった味方ディフェンダーのカバーリングに入ってしまう。そしてもう一人、アンブロジーニをマークしようとしていた中央ゾーンのPSVディフェンダーもまた、最後の瞬間に爆発ダッシュをスタートしたシェフチェンコの動きに引き寄せられてしまうのである。これらの攻守にわたる複合的なせめぎ合いによって、結局アンブロジーニは、PSVゴール前でまったくフリーになってしまったというわけだ。
そのゴールの背景ファクターには、PSVディフェンダーたちの視線と意識を釘付けにしてしまうクレバーな「タメ」を演出したカカーの素晴らしい起点プレーもあったけれど、それ以上に、サイドから仕掛けられたときのマークの難しさがあった。相手がサイドから仕掛けてくる場合、ボールとマークすべき相手選手を「同時に一つの視野で捉えつづける」ことは不可能に近いのだ。だからこそ正確なマーキングは難しくなる。それもまた、サイド攻撃の有効性を証明するもっとも大きな根拠の一つなのである。
さてコトの顛末。最後の瞬間、カカーが放った、これ以上ないという正確なラストクロスが、待ち構えるアンブロジーニのアタマ目がけて美しい糸を引いていく。私は、ACミランをチャンピオンズリーグ決勝へ送り込んだアウェーゴールのシーンを見ながら、サイド攻撃が秘める実効レベルの高さを再認識していた。
--------------
サイドからの攻めがもっとも有効だ・・、そんなことがよく言われる。カウンターや一発ロングパスによる仕掛けを除いた組み立てベースの攻撃では、そのコンセプトはどんなチームにも当てはまるだろう。
すべてにスピードアップしている現代サッカーでは、中央ゾーンのディフェンス密度は限りなく高まっている。たしかに相手ゴールへ最短なのは中央ゾーンを直線的に攻め上がるルートだけれど、ダイレクトにセンターを割っていく仕掛けが困難を極めるのは火を見るよりも明らかだ。だからこそサイドを有効に活用する「広い攻め」によって相手守備ブロックを分散させるという具体的なイメージ目標をもつことが重要になってくる。相手守備ブロックを横方向へも引っ張ることでディフェンスが薄いゾーンを作り出し、そこをタイミング良く突いていくというイメージ。攻撃においてもっとも重要なキーワードは、広さと変化なのだ。
相手がサイドを変えながら仕掛けてくるような広い攻めを展開してきた場合、守備ブロックもサイドを抑えるために開かなければならず、守備の重要なコンセプトである「集中状態」を演出するのが難しくなる。相手ボールホルダー(次のパスレシーバー)を取り囲んでボールを奪い返してしまう集中プレスを仕掛けていくためのターゲットの絞り込みが難しくなるのだ。だから攻撃側に、比較的容易に「仕掛けの起点」を作り出されてしまう。
また最終勝負シーンでも守備側は困難と直面することになる。サイドからのクロスボールやラストパスへの正確な対処は簡単ではない。冒頭で紹介したACミランのゴールシーンでも触れたように、ボールの位置とマークすべき相手との「角度」が限りなく大きくなるために、ディフェンダーにとって、その両方を同時に視野に捉えることが困難になるのだ。相手が中央ゾーンをタテに仕掛けてくる場合は、ボールとマークする相手を同時に視野に入れるのは比較的容易だが、サイドからの攻めに対応するときは、どうしても頻繁に首を振りながらボールの挙動とマーク相手を確認せざるを得なくなるというわけだ。もちろんディフェンダーは、無理な体勢でポジショニングを調整しつづけなければならないわけだが、それが原因で、最終勝負スポットに間に合わなくなるというケースも多い。サイドからの攻めに対処するディフェンスの難易度は高いのである。
組み立てを基調にした攻撃で何らかのフィニッシュに至ったものの7割以上がサイド攻撃ベースだということが言われる。ここでいうサイド攻撃とは、タッチラインゾーンから仕掛けていく全ての攻めのタイプを含む。一度サイドで攻撃の起点(ある程度フリーのボールホルダー)を作り出してから中へ切れ込んでいったり、直接クロスを送り込んだり、はたまたサイドチェンジパスで相手守備を振り回したり・・。
中盤での素早く広いボールの動きをベースに、相手に追い込まれるのではなく、余裕をもってサイドで起点を演出する・・。そしてそこから様々なタイプの最終勝負へチャレンジしていく・・。そんなイメージがサイド攻撃の基本になるのである。
さてサイドからの最終勝負。選手の能力タイプによっては中央ゾーンへ切れ込んでいくケースも多くなるわけだが、やはりもっとも実効ある最終勝負はラストクロスということになるだろう。とりわけ、ペナルティーエリアの角ゾーンからのクロスが有効だ。キック技術の向上によって、ゴールライン際まで持ち込むことはそんなに重要ではなくなった。インサイドに限りなく近いインフロントでカーブをかけるなど、ラストクロスは、手前のゾーンからでも十分に「ピンポイント」を狙えるまでに進歩しているのだ。レアル・マドリーのデイヴィッド・ベッカムが、ペナルティーエリア角ゾーンから繰り出すクロスボールは、まさに必殺のピンポイント・ラストパス。もしかしたら彼は、アーリークロスの概念を塗り替えた張本人かもしれない。
次にクロスの狙い目だが、それは千差万別。例えばセンターフォワードに強烈にヘディングの強い選手がいればコトは簡単だ。アバウトでも、ゴールキーパーが簡単に飛び出せない高めのクロスを放り込めばいいし、周りの味方は、そこからのヘディングラストパスや競り合いのこぼれ球をイメージして次のアクションを起こせばいい。単純だが、もっとも効果が大きい「狙い目」の一つだ。
また、ゴール中央ゾーンで相手マークと間合いが空いている味方がいれば、鋭いピンポイントを合わせるのも常套手段。サイドからの強いラストパスというイメージである。それが冒頭で紹介したゴールシーンだ。シンプル・イズ・ベスト。とはいっても、ディフェンダーのヘディング能力が大きく進化していることを考えれば、やはり明確なイメージをベースに、人とボールの動きをリンクさせるような「動き」のなかでのラストクロス勝負がもっとも可能性の高いフィニッシュということになるだろう。クロスを送り込む者と、最終勝負ゾーンで激しくアクションを起こすパスレシーバー(フィニッシャー)のイメージが高い次元で一致するピンポイント勝負という「発想」である。
最終勝負ゾーンだが、センターエリアは当然として、ニアポストやファーポストエリアも、チーム内のイメージ作りさえしっかりとしていれば大きな武器になる。
例えばニアポスト狙いならば、そこで空いたスペースへ飛び込んでくる味方にピンポイントで合わせるという最終勝負が基本になる。またそこでは、最初からそこに相手ディフェンダーがいた方がうまくいくというアイデアもある。その相手をうまく逆利用できるからだ。そのディフェンダー(またはGK)へ向けて真っすぐ迫っていくような鋭いクロスを送り込むのである。その瞬間、彼の意識はボールに引きつけられ、思考とアクションが停止してしまうだろう。そして最後の瞬間、眼前を「カゲ」がよぎってボールが消える。フットボールネーションでは、「相手の眼前スペースを狙え!」と表現されるニアポスト勝負である。
2001-2002年スペインリーグ、レアル・マドリー対バレンシア戦での決勝ゴールシーン。右サイドで「タメ」ているフィーゴと、ゴール前で待ち構えるラウールの最終勝負イメージが完璧にシンクロした。次の瞬間、フィーゴが、ペナルティーエリアの角ゾーンから、ニアポストにいるバレンシア選手目がけて鋭いクロスを送り込んだ。一直線にバレンシア選手へ向かっていくボール。ただ最初にボールに触ったのはラウールだった。最後の瞬間、ラウールが背後からスッとそのディフェンダーの眼前スペースへ飛び出したのだ。そして、交錯プレーでこぼれたボールを、その最終勝負イメージを正確にトレースし全力で寄せていたモリエンテスが見事にゴール左隅へ突き刺した。それは、相手の瞬間的な意識の空白を突いた、目の覚めるような決勝ゴールだった。
また、ファーポストゾーンも実効ある狙い目だ。ニアポストゾーンに意識を集中させられたディフェンダーたちの虚を突き、空いたファーポストゾーンへ送り込まれる「一山」越えたピンポイントクロス等々、最終勝負オプションのアイデアは無限だ。
--------------
2002年ワールドカップ後の7月末、ドイツのザールブリュッケンで、ドイツサッカーコーチ連盟が主催する国際会議が開催された。二日目に行われたパネルディスカッションでは、私もパネラーとして壇上に立ち、1200人を超えるプロの猛者コーチ連中の前で話をした。なかなか面白いディベートだった。それ以外にも、W杯本大会での生理学的な準備、これまであまり注目されていなかった怪我の間接要因、戦術的な分析等々、興味深い講演がつづくなかで、最終勝負を仕掛けていくゾーンの微妙な変化というテーマには特に心を動かされた。
それによれば、クロス攻撃からの(直接または半直接)ゴールの割合は、1990年大会が20.9%。その後は減少傾向にあったが(1994年=14.2%、1998年=12.9%)、2002大会でのそれは28.6%にまで跳ね上がったという。まあそれには、クロス攻撃を最大の武器とするドイツ代表が決勝まで駒を進めたという背景もあるだろう。それに対し、サイド攻撃全般に関して、こんなデータも呈示された。サイドからの仕掛けを基調にしたゴールの数は、1994年大会が「38.9%」、1998年大会は「45.0%」で、2002年大会は「55.9%」と、継続的に上昇する傾向にあるというのだ。それは非常に興味深い分析だった。
クロス攻撃からの直接(半直接)ゴールの割合が大きく揺れ動いているのは、多分に、その大会で活躍したチームの攻撃タイプに拠るからだろう。それに対し、サイドから仕掛けていく傾向の継続的な高まりには、前述したようなロジカルなバックボーンがあるというわけだ。
また講演では、前述したペナルティーエリアの「角ゾーン」をめぐる攻防が熾烈になっているという指摘もあった。そのゾーンで、いかに効果的に「最終勝負の起点」を演出するかが、攻撃での重要なテーマになっているということだ。それは、ベッカムに象徴されるクロス技術の進化の証明ともいえる。
------------
サイドからの仕掛けが内包する高いポテンシャルについては、もう議論の余地はないだろう。とはいってもそれは、あくまでも潜在的な可能性にしか過ぎない。その実効性レベルは、サイドからの仕掛けに対するイメージをチーム内でどのくらいシェアできているのかにかかっているのだ。
その好例は、2002年ワールドカップで決勝へ進出したドイツ代表。彼らは満身創痍で本大会へやってきた。創造性リーダーとして活躍が期待されたショルとダイスラーだけではなく、最終ラインの重鎮ノヴォトニーまでもケガで失ってしまったのだ。しかし、だからこそ彼らは吹っ切れ、チーム内の統一感が極限まで高まった。「攻めに変化をつけられるテクニシャンは限られてしまった・・こうなったら、極限の集中力で守り、ターゲットイメージを絞り込んだシンプルなサイド攻撃を仕掛けていくしかない・・」。危機感が高まったからこそ、ゲームピクチャーが強固に統一された。そうなったときのドイツは無類の勝負強さを発揮する。その大会でのクロス成功数でドイツがトップ。また個人でも、フリングスとシュナイダーが、クロス成功数でトップと二位につけた。まさに脅威と機会は表裏一体。
W杯本大会予選リーグのアイルランド戦やカメルーン戦で挙げたゴールは、彼らの勝負強さを強烈に印象づけた。まず対アイルランド前半19分に、ミロスラフ・クローゼのヘディングシュートが炸裂した先制ゴールシーン。左サイドの大きなスペースへ脱兎のごとく飛び出していくミヒャエル・バラック。ツィーゲからのタテパスをピタリとコントロールし、素早いタイミングで鋭いクロスを送り込む。そしてそこには、クローゼが正確なタイミングで飛び込んでいたというわけだ。そのとき二人の最終勝負イメージは完璧にシンクロしていた。対カメルーン後半34分に挙げた二点目も、まったく同じカタチだった。サイドでボールを持ったミヒャエル・バラックが、スナップの効いたクロスボールをカメルーンGKと最終ラインの間に広がる決定的スペースへ送り込んだのだ。そこへ走り込んだのは、言わずと知れたミロスラフ・クローゼ。ドカンッ!と地面にたたきつける素晴らしいヘディングシュートだった。2002W杯では、ドイツのツボとも呼べるクロス攻撃がこれ以上ないほどの存在感を発揮したのである。
そのときドイツが魅せつづけたサイドからの仕掛けは、チーム全体の「合意」が先行して出来上がったものだった。逆に言えば「それしかない・・」という究極の合意だったとも言える。それに対し、個人の優れた才能が主導でチームの意志が統一され、その結果としてサイド攻撃で存在感を発揮しているチームもある。その場合は、どちらかといえば、個人の優れた能力がチームの確信レベルを高揚させたケースと言えるかもしれない。「ヤツの才能をうまく活用すれば、サイドから効果的に仕掛けていける!」。
左サイドのドリブラーとして恐れられているマンUのライアン・ギグスとか、オーバーラップの仕掛け人として超人的なプレーを魅せるレアル・マドリーのロベルト・カルロスとか、世界の例は枚挙にいとまがないわけだが、もちろん「J」にも、個人の秀でた能力によってサイド攻撃イメージが確立したチームがある。
例えば、FC東京の攻撃で特に目立つ右サイドからの仕掛け。その攻撃イメージをリードしているのが石川直宏と加地亮のコンビだ。チームは、彼らに絶大な信頼を寄せ、そのサイドにボールを集めるのである。この二人は、常にタテのポジションチェンジを意識している。そのことは、赤色が重なる領域が多いというデータにも明瞭に現れているわけだが、それが今シーズンのデータからは、二人が織りなすタテのポジションチェンジが減少傾向にあることも読みとれる。それは、とりもなおさず攻撃にとって重要な意味を持つ変化の減退を意味する。それも、FC東京が不振にあえいでいることの一因ではないか。
東京ヴェルディでは、相馬崇人が存在感を発揮するようになってから、ゴリ押しの中央突破が減り、左サイドからの仕掛けが目立つようになった。その変化傾向はデータから明確に読みとれるし、彼が入ったことでサイドを起点にしたゴールの割合も高まった。また今シーズンの相馬が、より高い位置でプレーする傾向にあることも認められる。それまでのヴェルディは、中央ゾーンからの仕掛けにこだわり過ぎるという実効性の低い攻撃をくり返していたわけだが、相馬という才能がチームに与える期待によって、仕掛けエリアがよりバランスの取れたものになってきていると分析できるのだ。
そして最後の例は、横浜マリノスの両サイドを支配するドゥトラと田中隼磨である。彼らの存在感は衆目の一致するところだが、そのバックボーンは、データからも読みとれるように、とりもなおさず、この二人に対するチーム全体の信頼の高さである。だからこそ、組み立てにおけるボールの動きの目標ゾーンなど、チームの仕掛けイメージに統一感が出る。だからこそ、サイドからの仕掛けの実効レベルがより高くなる。
----------------------
様々なポジティブファクターが満載されたサイド攻撃。まさに急がば回れである。とはいっても「そればかり」では、相手ディフェンスに計画的に潰されてしまう。攻撃のもっとも重要なコンセプトは「変化」なのだ。サイド攻撃に、カウンターや中央突破、一発ロングパスなどを織り交ぜることによってはじめて仕掛けの実効レベルを高揚させられる。やはり、すべてのファクターが収斂された究極のキーワードは「バランス」なのである。