「あの刺激」とは、もちろん「先発メンバー全とっかえ」であり、そのメンバーで最後の韓国戦にも臨んで勝ち切ったことです。ジーコ自身も、「そこでは、もちろんライバル意識の高揚など、精神的な効果を期待した・・この試合で魅せてくれたガンバリには、そのことも少しは貢献していたはずだ・・」なんて胸を張っていました。
またジーコは、こんなことも言っていましたよ。「とにかく評価のスタートラインは選手たち個々の意識レベル・・これからワールドカップ本大会へ向けて、選手たちも入れ替わるはずだ・・長く代表チームに籍を置いていたから情がうつるというものではないし、そうであってはならない・・(選考基準は)あくまでも選手たちの質であり、心理・精神的な資質だ・・これからはニュートラルな立場で選手たちを選考する・・これからは、プロとしての非常さという側面が目立つことになるかもしれない・・等々」。素晴らしい。ちょっとしたイメチェンじゃありませんか。仲良しクラブの体質に陥ったら最後、確実にチームパフォーマンスは地に落ちる・・だからこそ、選手たちの意識を高揚させつづけることが大事・・というわけです。
そんなジーコのチームマネージメント姿勢の一端が、「全とっかえ事件」というカタチで現れた。そして選手たちは、これからは再びチームが揺動をはじめるという事実を、ものすごい刺激とともに体感した。いいじゃありませんか。やはり「変化こそ常態」「諸行無常」なんですよ。動きつづけるダイナミズムこそが組織を活性化させるというわけです。それに対して、自己保身と仲良しクラブ体質ベクトル上に乗った瞬間から、組織が腐りはじめる。ジーコは、個人事業主の集団をたばねるプロコーチとして、明確な意志表示をしはじめたということです。もちろん、ワールドカップ本大会において、世界にアピールするサッカーを体現するために・・。
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この試合での日本チーム(So Called 先発組!)は、本当に見違えるほど活発なサッカーを展開しました。もちろんクレバーで忠実、そしてダイナミックな中盤ディフェンスをベースにしてね。
たしかに「個のチカラ」では、イランの方が優れている部分も多い。だからこそ日本チームにとって、攻守にわたる組織プレーが重要な意味を持つ。日本のチームプレーは、見事という他ありませんでした。ボールを奪い返してからの素早く、鋭い仕掛け。誰もが、リスクへチャレンジする意志を前面に押し出していました。人とボールを、素早く、広く、そして限りなくタテ方向へ動かしつづける「パスベース」のリスクチャレンジ・・。
最初の何本かのチャンスメイクのシーンでは、イランのフォーバックが、本当にキリキリ舞いさせられていました。スッ、スッと、両サイドだけではなく、福西や遠藤も前線に顔を出す・・そして両サイドや二列目で「仕掛けの起点」を演出したかと思ったら、すぐに仕掛けの縦パスが飛ぶ・・それだけではなく、その仕掛けの縦パス(クロス)に合わせて、二人目、三人目も、決定的スペースへ走り抜けていく・・。そんなボールがないところでの活発な動きに、イラン守備ブロックは対応しきれず、ボールウォッチャーになって足が止まってしまっていました。まあ、爽快。
でもネ、やはりイランは決定打を持っているのですよ。まったくチャンスらしいチャンスを作り出せないのに、まさに唐突に絶対的チャンスを作り出してしまうのです。たとえば前半の(先制ゴールの後の)、放り込みクロスからのアリ・ダエイのヘディングシュート・・。あれは、完全に一点ものでした。そしてその直後の、こぼれ球からの、これまたアリ・ダエイのポスト直撃シュート。そんなシーンを観ながら、「そうそう・・これだよな・・足許パスを回しながら個のドリブル勝負で仕掛けてくるイラン・・だからうまくウラを突けないけれど、こんなタイミングのアーリークロスや中距離シュートで、寸詰まりのゲーム内容を打開してしまう。力ずく・・!? まあ、そういうことだけれど、ソレもまたサッカーだからネ。
そんなイランに対し、日本代表は、あまくまでもクレバーな組織プレーで対抗します。ゴールが決まって、イランが攻め上がってくるようになってからは、その勢いをしっかりと受け止め(前述した一発チャンスも作らせず!)、効果的なカウンターを繰り出していました。それにしても、イランの「攻め手」はアリ・ダエイしかいないのに、どうも周りが、彼を活かして仕掛けようというイメージが希薄・・。そのことを、イヴァンコビッチ監督に質問してみました。「アリ・ダエイしか攻め手がないにもかかわらず、イラン選手たちには、それをとことん活用するというイメージがうまく浸透していないと感じるのだが・・」。
答えは、「アリ・ダエイは、カップゲームがあったから十分な準備期間がなかった・・彼はもっとも重要なストライカー・・この試合でも、危険な選手ということを自ら証明した・・空中戦でも、足でもチャンスを作り出した・・前半のチャンスを決められなかったことは非常に残念・・」なんて、ちょっとはぐらかされてしまった。
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最後に、ジーコにこんな質問をしてみました。「コンフェデレーションズカップでは、ギリシャ戦、ブラジル戦で採用したフォーバックが素晴らしく機能した・・それは、一人を前へ上げるという基本発想・・また両サイドバックもしっかりとオーバーラップするという高度なものだった・・でも今回の東アジア選手権とこの試合ではまたまたスリーバックにしたわけだが、そのあたりの事情を解説して欲しい・・」。
ジーコの答えは真摯なものでしたよ。「あくまでもフォーバックが理想・・でも選手たちを観察する上で、スリーバックも併用する方向性を考えた・・国内ではスリーバックが主流だし・・それでも、流れのなかでフォーにしてもチームは問題なく対応できていた・・要するに、チームは、スリーとフォーをうまく併用できるようになっているということ・・だからこそ、相手の出方に応じた柔軟な対応ができる・・持ち駒のコンディションと選手のタイプなどによって使い分けられる・・たとえば、欧州組の場合はフォーに慣れているだろうし、国内組の場合は、スリーとか・・とにかく、勝負の試合でも、そのシステム変化に対して選手たちが十分に対応できるようになったことが大きい・・スリーにするかフォーにするかは、特に事前には決めない・・要は、どんなシステムでも、選手たちが自信をもってできるようになっているということ・・だからこそ、互いの信頼感も醸成されてきている・・等々」。
まあ、ヨーロッパ組がトップフォームで参加するようなケースでは、コンフェデレーションズカップのサッカーを再び堪能できるということなんだろうネ。もちろん「スリー」でも、この試合のように、事前のイメージ作りによって、サッカーを攻撃的なものにできます。それは問題ない。要は、ミッドフィールダーの「選手タイプとプレーイメージの組み合わせ」ということです。
とにかく、東アジア選手権からの流れのなかで(もちろんジーコの意志で!)、日本代表チームが「創造的な破壊プロセス」に入っていることを実感し、頼もしく思っていた湯浅なのです。ホント、楽しみになってきましたよ。たぶん10月のヨーロッパ遠征が、かなり重要なキーポイントになるはずです。そこで、ヨーロッパ組も含めた全員が揃うことを期待しようじゃありませんか。