その代わりといっては何ですが、ここでは、先日発売された雑誌「ナンバー」で発表した文章を掲載することにします。テーマは「ジーコジャパン」。途中のドイツ人コメントについては、最後の最後で、私の、ブラジル戦に関するホームページレポートで使った、マインツ05監督ユルゲン・クロップのコメントに差し替えられました。そのレポートは「こちら」。ということでナンバーの記事です。
============
「日本は本当に素晴らしいサッカーを展開したよ。その素早いコンビネーションプレーは観客を魅了したに違いない」
日本対ギリシャ戦の試合を熱心に「観察」していたホルガー・オジェックを、試合後の記者席でつかまえた。
「よく走り、スペースもうまく使っていた。日本サッカーの真骨頂だよな。まあ確かにシュート場面では、確信という心理的な課題を克服できていないことを露呈したけれどね」
浦和レッズの監督を務めた後、カナダ代表監督を経て、いまはFIFAの技術委員会メンバーとして活躍している彼は、日本の戦いぶりを冷静に評価しているようだった。
また、同じ日にハノーファーで行われたブラジル対メキシコを取材していたドイツの著名ジャーナリスト、グレゴール・デリックスもテレビ観戦の後、電話でコメントを寄せてくれた。彼は、元ドイツ通信(DPA)のサッカー担当デスクであり、現在は、新聞、雑誌、テレビなどでも活躍する、ドイツでは数少ないフリーランサーである。
「日本チームの技術レベルは非常に高いと思う。中田や中村、また柳沢など、ハイスピードでもしっかりとボールをコントロールできているのが素晴らしい。メキシコ戦では、先制ゴールの後、全体的に下がりすぎてしまったけれど、ギリシャ戦では、最後の最後まで気を抜かずに攻めつづけた。本当に魅力的な組織サッカーだった。オレはその試合を、ホルスト・ケッペル(元浦和レッズ監督、現メンヘングラッドバッハ監督)と一緒に観ていたんだけれど、日本が展開した素晴らしいサッカーにホルストは感慨深げだったな。他のドイツ人ジャーナリストたちも、メキシコ戦とは比べものにならないポジティブなイメチェンにビックリしていたよ。とにかく日本は、世界へ向けて素晴らしいアピールをしたということだ」。
日本代表に対する現地クロウト筋からの高い評価。つい3日前まではネガティブ論調のオンパレードだったことを思えば、同じ大会の出来事であることが信じられなくなる。私自身も、日本代表のサッカー内容が、ここまで劇的に高揚するとは予想もしなかった。
3日前のメキシコ戦後、古くからの友人エーリッヒ・ルーテメラーからは、厳しい言葉を投げかけられた。
「本当にガッカリさせられたぜ。運動量が足りないし、1対1の競り合いでも闘う姿勢が十分に感じられない。テクニックでは相手の方が上なのだから、もっと積極的に仕掛けていかなければ、ゲームを相手に掌握されてしまうのも当たり前だよ。高さへの対策も十分に取られていたとは考えにくいしな。予選を突破したことでモティベーションがダウンしている? ここは世界にアピールする場だぜ。それは言い訳にはならないな」
彼は、私も卒業したプロコーチ養成コースも含むドイツにおける全てのサッカーコーチ養成コースの総責任者だ。もちろんFIFAやUEFAでも、テクニカルコミティーの主任インストラクターを務めている。欧州サッカー界のオピニオンリーダーの一人でもあるエーリッヒの辛口コメントが、メキシコ戦後のサッカーエキスパート日本代表評としてはポピュラーなものだったことは否めない。
ではメキシコ戦とギリシャ戦で、いったい何が変わったのだろうか。そこにジーコジャパンの変化の胎動がみてとれるはずだ。
日本代表監督に就任してからのジーコは、W杯の地域予選を勝ち抜くために、当初掲げた理想サッカーへ向かうベクトルから、徐々に「現実路線」へと舵を切っていった。
その路線を言葉で表現するのは簡単ではないが、誤解を恐れずに要約すれば、守備ブロックをしっかりと組織し、その「バランス」をなるべく崩さないように安全にボールをキープしながら(落ち着いたボールポゼッション)、カウンターだけではなく、勝負所での急激なスピードアップをベースにしたコンビネーションやサイドチェンジなどで相手守備の薄い部分を突いていったり、セットプレーを最大限に活用することで確実に勝つということになるだろうか。そのプロセスでのジーコは、忍耐強く、勝負に徹するサッカーをストイックなまでに突き詰めた(そのひとつの完成形がアジアカップでの日本代表)。いくら批判されようと、予選を勝ち抜くためにもっとも効果的だと自らが信ずるサッカーを貫いた。そこで彼を支えた最大のモティベーションは、「その後」にあったと考える。
以前からジーコは、コンフェデレーションズカップまでには予選突破を決めたいと繰り返し言ってきた。私は、その発言をこう解釈していた。いまは極限まで結果を追求するサッカーに徹するけれど、予選を突破した暁には、優れた内容のサッカーで、これまで批判してきたヤツらを見返してやる…・・・。私は、ジーコの発言の背景に、そんな意志の高揚を感じていたのだ。これはジーコ本人も認めていることだ。
とはいっても、その軌道修正にある程度の時間がかかるのも道理。コンフェデレーションズカップ初戦では、相手となったメキシコが世界の強豪ということもあって、ゲーム内容がW杯最終予選でのサッカー内容を踏襲したものになるのは必然だった。例によっての、守備バランスを重視したゲームコントロール志向。もちろんそこでは、攻撃に割くエネルギーは限られたものになるわけだが、そのなかでも日本は、まさに狙い通りのカウンターから先制ゴールを奪うのである。しかしその後は、守備ブロックが無為に引きすぎたこともあり、結局「1-2」という逆転負けを喫してしまう。表面的には、メキシコに圧倒的にボールを支配されて順当に負けたという見え方だけれど、実質的なゲーム展開は、W杯最終予選でみせたように、日本代表がメキシコの攻撃をある程度うまくコントロールし続けたというポジティブなものだった。ただこの戦い方が、リスクチャレンジや局面での闘う姿勢など、相手守備を振り回すだけのダイナミズムに欠けるという評価方向へ向かいやすいのも確かで、クロウト筋の受けが悪いのもわからなくもない。
では、なぜわずか3日後のギリシャ戦で、彼らをうならせる戦いができたのか。その間の変化を語る上で、もっとも重要なキーファクターとなるのが、「バランス」である。
サッカーの場合、詰まるところ、すべてのディスカッションが、さまざまな試行錯誤の末にバランスというキーワードへと収斂されていくわけだが、ここでは、ゲームが流れている状況での互いのポジショニングバランスや人数バランスというディベートオブジェクトに限定することにしよう。
個人で局面を打開するチカラが十分ではないなど、チーム総合力としてまだ世界の二流グループから抜け出せていない日本サッカー。だから彼らにとっては、いかに効果的に組織ディフェンスを展開し、いかに実効ある組織的な仕掛けを繰り出していけるのかというのがもっとも重要なテーマになる。もちろん、攻守にわたって組織プレーを効果的に機能させるためには、常に数的に優位な状況を演出することが前提となる。
だからこそ、「バランスという発想」が決定的に重要な意味をもってくるのである。
先日、ある番組でジーコと対談する機会があった。そこでもっとも盛り上がったのが、他ならぬバランスに関するディベート。
「攻撃的なサッカーを志向する場合、バランスが崩れることが前提になると思う。前にスペースがあるのに押し上げていかないのでは、攻撃のダイナミズムを高揚させられるはずがない。だからこそ、バランスに関するディスカッションは、いかに素早くバランスを取り戻すのかというポイントに絞られる。私は、守備意識の活性化という意味も含め、豊富な運動量をベースにした積極的なバランス感覚こそが、現代サッカーに求められるもっとも重要な資質だと思うのだけれど」
そんな私の問いかけに対してジーコは、「いや、やはりバランスの維持が大事だ」と、あくまでも、バランスを崩さないことの方をプレーイメージの主体にする。組み立てプロセスでは出来る限りバランスを崩さず、最後の最後の瞬間に爆発するという仕掛けイメージ。もっとも決してジーコは、無為なバランス維持ばかりを優先しているわけではない(それはギリシャ戦のサッカー内容が如実に表していた)。バランスを保ちながら確実に展開することで、相手の守備ブロックの対処も単一的になり、最後の勝負の瞬間の急な変化に対応できなくなるーーいわばブラジル的な緩急のイメージである。リスクにチャレンジするのは、あくまで最後の瞬間なのである。
だがメキシコ戦の結果を受けて吹っ切れたジーコは、ギリシャ戦では、中盤での人数を増やすために4バックを選択し、より積極的に攻め上がる意志を前面に押し出したのだ。もちろん、自然とリスクチャレンジの頻度も上がる。だからこそ、攻撃での組織コンビネーションが冴えわたる。また、相手にボールを奪われた次の瞬間には、まさに全員が積極的にディフェンスに入ることで、守備ブロックのバランスも素早く整えられる。私との対談でも、最終予選を突破したら、4バックでより攻撃的なサッカーを目指すという趣旨のことを言っていたジーコだが、ギリシャ戦では、まさにその言葉通りのサッカーになったということだ。
4バックは、バランスを維持するのが難しい守備システムだ。3バックの場合、相手攻撃陣が最後に入ってくるセンターゾーンには、常に3人いるわけだが、4バックの場合は、2人ということになる。もちろん逆サイドのディフェンダーが「絞って」くるから、3人にはなるけれど、それでは逆サイドに大きなスペースが空いてしまう。また最前線に2人の敵トップが入ってきている状況で、相手の2列目、3列目が前線へ飛びだしてきたら、すぐにでも大ピンチに陥ってしまう。
だからこそ4バックでは、ミッドフィールダーたちの攻守にわたるバランス感覚を研ぎ澄ますことが重要になる。守備では、相手ボールホルダーに対するチェイス&チェックだけではなく、後方からの飛び出しを臨機応変にタイトマークしたり、時には最終ラインまで下がってカバーリングに回らなければならなかったり。ギリシャ戦では、福西と中田英寿のコンビが、素晴らしく効果的にそのタスクをこなしていた。また攻撃でも、中田英が、ゲームを組み立てるだけではなく、自ら最前線へ飛び出していったり、味方を、攻撃の最終ゾーンへ送り込んだりと、鬼神のごときリーダーシップを発揮した。
この試合での日本代表は、選手たちが全力で動きつづけることで、ダイナミックに守備ブロックのバランスを再生していたとするのが正しい評価だと思う。あくまでもバランスを崩さないというプレー姿勢が先行するのではなく、冒頭のホルガーのコメントにもあったように、常に攻守にわたってよく動きまわったからこその高質なバランス維持だったと思うのだ。それこそが正道。世界のクロウト筋も、そこを評価する。
バランスの維持を優先させたら必ずダイナミズムは減退する。逆にリスクチャレンジばかりが先行したら、取り返しのつかないところまでバランスが崩れてしまうだろう。
それらの微妙な兼ね合い。それこそがサッカーが内包する本物の醍醐味なのである。
日本代表は、今回のコンフェデレーションズカップにおいて、「世界」へ向けた本物のブレイクスルーのキッカケを掴んだのかもしれない。世界との「最後の僅差」は、着実に縮まりつつある。