元選手や、現場から「遠い」サッカー関係者の方々との対談。テーマは様々ですし、たまには対談中に、瞬間的に方向転換したりすることもあるでしょう。サッカーは「定型のないボールゲーム」ですからネ。とにかく何でもアリの対談レポートシリーズということになりそうです。
もう何度も書いているように、私は、一般的な質疑応答(公のインタビュー)以外、選手やコーチングスタッフなど「現役の現場」と必要以上にお近づきになることはありません。もちろんそれは、情緒的にニュートラルなレポートを書くため。要は、グラウンド上の現象だけをオブジェクト(客体・対象)に、体感と経験を積み重ねてきた自分自身の「感覚」に忠実に、「局面でのスーパープレー」と「攻守の目的達成にとっての実効プレー」の相克状態にも気を遣いながら、何ものにも「おもねる」ことのないフェアな評価をしたいということです。
一般的な質疑応答(公のインタビュー)にしても、現場で実際にどのようなコトが起きているのかなど、心理・精神的な部分も含む「日常の積み重ね(=実体)」は、決して外部に正確に伝わってくることはありません。例えば、監督と選手のディベート。そこで交わされる言葉のニュアンスから、表情やジェスチャーまでも含むディテールは、言葉を介した説明などでは、決して正確に把握(体感)することはできないのです。また、監督からの指示にしても、その内容に含まれるコノテーション(言外に含蓄される意味)まで正確に外部に伝えられるはずがない・・。
だからこそ私は、すべての「プロセス」が集約されるグラウンド上の現象だけをピックアップし、自分が思うところの(主観的な)背景ロジックを付け加えながら分析を深めるという作業に集中するのです。とはいってもそこに限界があることも確かな事実。だから、サッカーにつきものの様々な「不確実性要素」を解き明かしていくプロセスにおける一つの可能性(チャレンジ)として、今回の「対談」を企画したというわけです。
もちろん、そこでどのくらい分析を「深められる」のかについては、まだ確信を持てていません。話されるテーマによっても、また対談パートナーの様々な条件によっても、内容(成果)に大きな差異が出てくるでしょうからね。さて・・。
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記念すべき第一回目の対談ゲストは、名古屋グランパスや浦和レッズで活躍し、現在はテレビなどの解説者として活躍している浅野哲也さん。
テーマは、グランパスの監督だった「アルセーヌ・ベンゲル」です。カッコいいタイトルを付けるとしたら「アルセーヌ・ベンゲルのチームマネージメントを裸にする・・」なんていうことになりますかネ。まあ、肩肘(かたひじ)を張らずに、リラックスした雰囲気を基調に議論を深めていければ・・と対談をスタートした次第。
あっと・・。はじめる前にお断りしておかなければならないことがあります。それは、対談ゲストの方々は、完全に無報酬(ボランティア)だということです。「もちろんです。湯浅さんからカネを取ろうなんて思いませんよ・・」とは浅野さんの弁ですが、これからもその原則は変わりません。ということで、このレポートは、対談していただく方々にとっても確固たる「価値」があるものにしなければならない・・。もちろん私にとっても、読者の皆さんにとっても・・。リキが入るじゃありませんか。私は、こんなチャレンジが好きなんですよ。それこそが自分自身のアイデンティティーというわけです。
ところで浅野さんですが、私が対談を持ちかけたとき、「もう本当に古いハナシになるので、当時のことはかなり忘れているかもしれません・・あまり自信ないのですが・・」と、最初はちょいとおよび腰のところがありました。その瞬間でしたかね、私のコーチ魂(選手を励ましモティベーションアップするためのアクティブ&アグレッシブマインド?!)が鮮明に蘇った(活性化された)のは・・。
「大丈夫・・忘れていても、私とのコミュニケーションで必ず思い出すから・・とにかくまず私が簡単な質問をするところから入りますよネ・・そして次に、浅野さんの使った表現に対する突っ込んだ質問をしていく・・そんな対話を深める作業をくり返しているうちに、思考と記憶回路がうまくつながってくるものなんですよ・・そして当時のことが鮮明に見えはじめる・・そして、そこでの現象を表現する言葉も、慎重に選びはじめる・・そんなプロセスって、浅野さんにとってもすごく価値のあることだと思いますよ・・」なんてネ。いや、本当に自信があったのですよ。
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前置きはこれくらいにして本題に入ることにします。文章の形式ですが、彼との対話をベースに、分かりやすいストーリー仕立てします。もちろん浅野さんの発言も正確に再現しながら、テーマに関するディスカッションを深めていくというわけです。
とにかく今の段階では、その作業を、自分にとって(また対談相手にとっても!)楽しいものにするというのも主要テーマにするつもり。楽しくなければつづかないだろうし、文章だって活きてくるはずがないですからネ。また対談内容は、一挙にではなく、何度かに分けて掲載します。またこれから対談記事は、トピックス・トップページに新設した、新シリーズ「The 対談」・・のボタンでリンクしたコラム倉庫に収めます。それでは・・
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「さて・・じゃ、まずこの数字を見てもらいましょうか・・」。
浅野哲也さんに私のオフィスまで来ていただいて対談をはじめたのですが、まずは過去の数字を確認してもらうところから入りました。それは、1995年「Jリーグ・サントリーシリーズ」の前期と後期の成績。
読者の皆さんは覚えていますか? 当時の「J」は、14のクラブが、サントリーシリーズとニコスシリーズのそれぞれにおいて「ホーム&アウェー」を戦っていました。要は、サントリーシリーズ前後期それぞれ「13試合」ということで、サントリーシリーズ全体では「26試合」。ニコスシリーズも同じです。
その統計数字を浅野さんに見てもらったというわけです。それも、サントリーシリーズの前期の結果と後期の結果だけを比較した数字。普通はシリーズ全体の数字としてしか出てこないから、こんな分析をやったのは私だけかもしれません(当時わたしは、自分自身で公式記録のデジタル・データベースを作成し、自分なりのクロス集計分析をやっていましたからネ・・詳しくは当HPのデー分析コーナーを参照してください)。とにかく、その「数字」が面白すぎたのですよ。
前期の勝ち数ランキングでのグランパスは完全にボトム。得失点差では、グランパスが明確な最下位でした。
私は得失点差を「ゴール数/失点」またはその逆という「指数」であらわしています。ちなみにグランパスの「ゴール数/失点指数」は「0.49」で、まさにダントツの最下位でしたよ。そのときの指数トップは、サンフレッチェの「1.92」でした。
特に一試合平均「失点」がひどかった。それは「2.69失点」という体たらく。そのときのトップは、同じくサンフレッチェの「0.92」でした。
それが、サントリー後期は、ガラッと様相が変わります。(後期だけの)勝ち数ランキングのトップはヴェルディーに奪われたものの、グランパスは二位に大躍進を果たしたのです。それだけではなく、得失点差の指数と一試合平均失点で、堂々のトップに躍り出たのですよ。
数字の確認ですが、指数は「0.49」から「2.54」と、ほぼ5倍も良くなったのですよ。ものすごい改善幅なのですが、一試合平均失点の数が「2.69」から「1.00」に激減しただけではなく、ゴール数もほぼ倍増したことを考えれば、当然の結果でした。要は、1995年3月18日から5月3日までのサントリーシリーズ前期と、同年5月6日から入り、7月22日に終了したサントリー後期における「成績」が、まさに天国と地獄の落差があったということです。だからこそ「何故?」という疑問がわくというわけです。一体その背景には、何があったのか・・ベンゲルの「お仕事」で何が素晴らしかったのか・・。
「そうですよね・・最初は本当にうまくいかなかったですからね・・」。その数字を見ながら、浅野さんが落ち着いた声で当時を振り返っています。
もちろん私は突っ込みます。「いやいや、うまくいかなかった何てものじゃないでしょう・・サントリー前期でのグランパスの守備ブロックは、誰が見てもまさに壊滅状態じゃありませんか・・よくチームが崩壊しなかったモノだ・・」なんてネ。そんな挑発的な質問にも浅野さんはまったく動ぜず、「いや、たしかに負けてはいたのですが、やっているサッカーの質は高いという実感があったし、やっていて楽しかったから、とにかくこれから良くなっていくという確信があったんですよ。そんなこともあって、負けてはいたけれど、チームがガタガタすることはありませんでしたネ・・」と、あくまでも落ち着いた声で答えるのですよ。なるほど、たしかに浅野哲也は冷静なパーソナリティーだ・・ベンゲルが、中盤の底のキーマンに指名したのもうなづける・・なんてことを思ったものです。
私は、この浅野さんの発言コンテンツに、アルセーヌ・ベンゲルが為した成果エッセンスの重要な部分が隠されていると感じていた湯浅でした。結果にガタつくことなく、選手たち自身が、内容によって自分たちが発展していると体感し、確信レベルを深めることができるようなチームマネージメント・・もちろん、成績にガタついていたに違いないクラブ事務局を落ち着かせる作業も含めて・・。
そのためには、何が「良いサッカー」なのかというテーマを心底理解させることで、選手たちの確信レベルを高揚させなければなりませんからネ。浅野さんの言葉に、アルセーヌ・ベンゲルは、難しいチーム戦術を導入しながら、同時に、しっかりと選手たちのマインドもケアし、コントロールできていたと確信した次第。やはり彼は、優秀なチームマネージャーだ・・。
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さて、それでは、ベンゲルが、グランパスに導入した難しいチーム戦術の内容にはいりましょう。そう、フラット・フォー。もっと言えば、中盤ラインも含めた「4x4のボックスフォーメーション守備システム」なんて表現もできますかネ。四人の最終ラインと、四人の中盤ラインが「ボックス」を形づくり、そのボックスが、相手の「ボール」をプレーイメージの中心に置きながら一体となって前後左右に動きつづけ、最後の勝負の瞬間にブレイクして(ラインのポジショニングバランスを崩して)アタックを敢行する・・。
言葉で表現したら簡単なのですが、その「実際」を表現するのは難しい。またそれを効果的に実行するのは、もっと難しい・・。
「そうなんですよ。それは簡単なディフェンス戦術ではありませんでした。でも、一人ひとりが考えつづけなければうまく機能しないということもあって、それにトライすることは、逆に楽しくもありましたよね。守備であっても、ボクたちのアイデアを中心に、主体的にプレーできるんですから・・」。話しながら、浅野さんの目の輝きが増幅していったと感じたモノです。
「我々の守備のやり方では、とにかくまずボールが主体なんですよ・・」。要は、ボールをキープする相手の次のプレーの意図を読んだり、出来れば、ボールの動きを制限したりコントロールすることで次の勝負所をイメージできるようになるということでしょう。「そう・・そうですね・・」。わたしの確認の発言にうなづきながら浅野さんがつづけます。「でもそこでは、相手プレーヤー(ボールのないところでアクションする相手選手たち)の位置よりも、味方の位置が大事になります。自分たちの二列になったラインバランスをしっかりと維持するのです(要は、互いのポジショニングバランスを維持することがメインテーマになる!)。そして、自分のゾーンに入ってきた相手にパスが出た瞬間に・・というか、ドリブルもあるわけだから、ソイツがボールを持った状況になったとき(持ちそうになったとき)が勝負ということになります。そこに至るまでのプロセスで、互いの連動性とか、距離感とかが大事な要素になりますよネ。だからバランス感覚を磨くことが大事だと・・」。なるほど、なるほど・・。
「私は、1980年代に、ミランでの練習を何度も観察したことがあるのですが、そこでヤツらは、例によっての二列ラインのボックスフォーメーション練習を、30分とか1時間もつづけたりしていましたよ。要は、ボックスを崩さずに、ユニットとしての前後左右に移動する練習なんだけれど、まあフィリップ・トルシエのシャドートレーニングに似ているかな・・」。
そんな私の言葉に、浅野さんが鋭く反応します。「ボクたちもやりましたよ。とにかく互いの距離感とかポジショニングのバランス感覚が大事ですからね。だからユニットで動く練習を何度も繰り返しました。もちろんボールの動きを主体にしてね。そこでは、全体の動きを常にイメージできていることがテーマになります。またボールに近いヤツ・・つまりアタックする可能性の高いヤツが、味方のポジショニング(バランス)をしっかりとイメージできていることも大事だとか、とにかく多くのテーマをもってトレーニングを積んでいったモノです・・」。
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アルセーヌ・ベンゲルがグランパスに導入したフラットライン守備システム。それは、四人の最終ラインと四人の中盤ラインで構成する「ボックス・フォーメーション」とも表現できるものです。それが相手のボールの動きに応じて前後左右に「一体となって」移動しながら相手のボールの動きを制限したりコントロールする・・そしてボール奪取の勝負所を探りつづける・・。もちろん最後の瞬間は、ポジショニングバランスを「ブレイク」して最終勝負へ向かうわけですが、そのプロセスにおいて、一人でも、本当に一人でも集中を切らせたり、自身の確信レベルを高めることができなければ(それによってアクションが中途半端になってしまったら)、確実にシステム全体が破綻してしまう・・。
この「フラットライン守備システム」については、以前にまとめた長〜〜いコラムを参照してください。
たしかに難しいけれど、機能すれば、それほど効率的で効果的なディフェンス戦術はない・・でも機能させるまでのプロセスは、まさにイバラの道・・。何せ、それまで、守備は受け身だと捉え、指示待ち(=答えを求める=浅野さんの表現!)という姿勢でプレーしてきた選手たちに、基本的なやり方の徹底をベースに、今度は「自分たちで考えながら勝負所を探り、自分自身の判断でアタックを仕掛けてボールを奪い返せ・・」とアプローチし、実際に主体的にプレーさせるのですからね。要は、私がいつも言っているポジショニングバランス・オリエンテッドな守備のやり方であり、ボールホルダーへのチェイス&チェックアクション以外で「人を見る」のは、極端に言えばブレイクしたときだけ・・ということです。
そんな、フラット守備システムの導入が非常に難しいプロセスだという事実が、具体的な数字として如実に表現されていたのが、冒頭のサントリーシリーズ前後期の成績を比較した「雲泥の差」だというわけです。
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今回は、ここまでにします。次回からは、ボックス守備が機能しはじめるまでのチーム内でのプロセス(トレーニング内容や心理マネージメント等々)にもっと深く入りましょう。また、ボックス守備システムでの守備プロセスが、まさに「次の攻撃のイメージ描写」とイコールだとか、ピクシーとベンゲルの関係や、ベンゲルのチーム(心理)マネージメントについても、もっと切り込みましょう。お楽しみに・・。
(次回へつづく・・)