今回の「The 対談」パートナーは、現ドイツ代表コーチであり、ドイツにおける、プロコーチ養成コースも含むすべてのコーチ養成コース総責任者でもある、エーリッヒ・ルーテメラー。私のドイツ出張に合わせ、東京からアポを取り付けました。そして彼の方から、ホテルまで出向いてくれたという次第(だから対談場所は、W杯後に会ったときと同じ・・でも服装は違う?!・・いや、一昨年と今回の恰好は二人ともものすごく似ている・・この歳になったら趣味は変わらず?!・・アハハッ・・)。エーリッヒは有名人ですからネ。ホテルのなかが、ちょっとした騒ぎに。何せ、一昨年のW杯で準優勝したドイツ代表チームのヒーローの一人なんだから・・。
彼と以前おこなった対談についていは「このコラム」にまとめてありますからご参照ください。また、もう一人のドイツ代表コーチ、ミヒャエル・スキッベとのインタービュー内容や、W杯後に行われた、ドイツサッカーコーチ連盟主催の「国際会議」でエーリッヒが講演した興味深いコンテンツについては「こちらのコラム」を参照あれ。当時のコラムでは、彼の名前を「エアリッヒ・ルーテメラー」としていましたが、エーリッヒ・ルーテメラーの方が、よりドイツ語の発音に近いということで、今回からそう呼ぶことにした次第。ご理解アレ。
「そうだな・・W杯をテーマにするんだったら、こんな質問から入るのはどうだい?? 決勝にはもちろんオレもスタンドの記者席で観戦していたわけだけれど、そこで観客の9割以上がブラジルを応援していたのは確かなことだったよな。ドイツを応援していた観客は、まさにスタジアムのごく一部。エーリッヒはベンチに座っていたわけだけれど、この現象をどう感じていた?」
「まあ・・仕方ないっていうところかな。何せブラジルには名だたるスターが目白押しだし、ヤツらのサッカーには、プレーする喜びが溢れているからな。それに対してオレたちは、ショルやダイスラーといったクリエイティブなスター選手達をケガなどで失っていたから地味な選手ばかり。そして追い打ちをかけるように、ミヒャエル(バラック)も、決勝は出場停止になってしまった。まあオレたちの場合は、勝負強さを追求した戦術サッカーがあまりにも前面に押し出され過ぎるという側面もあるだろうな」。
「そこだよ。エーリッヒは、歴史のなかで、もっとも素晴らしかったドイツ代表チームはどれだったと思う? 伝統の勝負強さだけじゃなく、美しさも兼ね備えていた素晴らしいチームのことだけれどな・・」。そんな私の問いに対し、彼もまた、間髪を入れずにこう答えたものです。「それは、1972年のヨーロッパチャンピオンチームだよな・・」。
さて、今回の対談のメインテーマに近づいてきました。ドイツにおけるユース選手達の創造性の発掘と発展。本題に入る前に、読者の皆さんには、確認という意味合いも含め、以前に「サッカー批評」で発表した長〜〜い文章を参照していただければと思います。そこでは、「美しさと勝負強さのバランス」や「クリエイティビティー(創造性)」という視点で、戦後ドイツサッカーが抱える「光と影」を表現しました。
「オレも・・もちろん1972年のチームが最高だったと思うよ。それはオレに、ドイツへのサッカー留学を決心させたチームだったんだよ。ところでエーリッヒは、彼らの何が素晴らしかったと思っている?」
「ヤツらは、魅力的なサッカーを展開していながらも勝負強いというバランスのとれた両面性を備えていたんだ。まあ、ヤツらの素晴らしさの本質はそこにあるということだろう。ベッケンバウアーやハインケス、ネッツァーなど、素晴らしいテクニックを備えているし、その技術がチームとしてうまく機能していたからな。美しく、強いチームだったんだよ。あのチームが、その後のドイツサッカーの発展に対してどのくらい大きく貢献したのかについては、筆舌に尽くしがたいよな」。ナルホド、ナルホド。
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ここまで話を進めてきて、そろそろ本題に入ることにしました。テクニックレベルで後れをとっているドイツサッカー・・パワフルな勝負強さだけで、ファンタジーに欠けるドイツサッカー・・。もちろんドイツ人も、そのことは十分に意識しています。だからこそ、ドイツコーチ連盟主催の国際会議におけるメインテーマがここ数年変わっていないのですよ。ユース選手達の才能の発掘と、その発展の促進。
「ここのところ国際会議でのメインテーマは、才能の発掘とその発展ということで統一されているよな。それは、ドイツサッカー界が、自分たちの置かれている状況をしっかりと理解しているということなんだろうか・・」
「まさにそういうことだよ。オレたちも、以前のドイツサッカーの輝きを取り戻したいと思っているのさ。美しく、そして勝負強かったドイツの黄金期をな・・」
「それにしても、1970年代のベッケンバウアー、ネッツァー、オベラート、1980年代に入ってからのシュスターや1990年代にかけてのヘスラーとか、中盤でのクリエイティブ(創造性)リーダーに事欠かなかったのが、最近のメーメット・ショルを最後に、まったくタレントが出てこなくなってしまったよな。あっと・・ここで言っているのは、中盤での創造的なゲームメイカータイプのことだから、ミヒャエル・バラックは、ちょっと違うという前提だけれど・・」
「いや、その分類でいいと思うよ。たしかにミヒャエル(バラック)は、以前のゲームメイカータイプとは一線を画しているからな。他にも、テクニックだけだったら最高の選手達もいたけれど、中盤でのリーダー的な存在となるとな・・。ところで、ドイツが、テクニックに欠けたパワーサッカーだと言われていることだけれど、たしかに部分的に正しいところもあるけれど、そこには偏見も多く含まれていると思うよ。オレたちのサッカーでは、パワフルでダイナミックというのもキーファクター(要素)なんだよ。ドイツサッカーは、その部分を失ってはいけない。ただな・・、たしかに以前は、そのパワーとダイナミズムをうまくコントロールし、最大限の効果を発揮させられるだけの創造性も備わっていたということだ。当時のクリエイティブな選手達は、ドイツの特徴をあますことなくグラウンド上に表現させた優れた演出家だったということだな。そんな創造性リーダーが、ここのところ出てきていない。それは確かなことだよ」。
自らドイツが置かれている厳しい現状を反芻するかのように大きく息を吐きながら遠くへ視線をはしらせるエーリッヒ。そして、ゆっくりと言葉をつなぎます。「オレたちも、ここ数年、さまざまなことに活発にトライしつづけているんだよ。才能を発掘し、発展させるためにな。オマエも知っているように、ドイツ全国で300カ所にもおよぶサポート・ポイント(ドイツサッカー協会直轄の、選手の情報管理・トレーニングセンター)が整備されてきているし、各クラブや学校との連携サポート体制も整い初めている。いま、その成果が明確に見えはじめているんだよ。そこでは、技術的に優れた才能があるユース選手達も、存分に発展させられるだけのプログラムが組まれているんだ。とはいってもさ、もう一度くり返すけれど、ドイツのパワフルなダイナミズムを損なうことなく、それをベースに創造性を発展させていく・・いや、その特徴をより効果的に活かすために創造性を最大限活用していくのがドイツの基本的な考え方だということには変わりはないんだよ・・」。
フムフム・・。「もちろんオレも、いまエーリッヒが言った現状は知っているし、友人がそのサポート・ポイントで働いているから、これからの成果に対する期待がふくらんでいることも知っているつもりだよ。それでもさ・・、いくら才能を発掘しても、彼らを順調に発展させられなかったら元の木阿弥だよな。オレが言っているのは、まだまだドイツじゃ、オーバーコーチングの傾向が強いんじゃないかっていうことなんだけれど・・。どうもオレはまだ、ドイツ人は権威主義の傾向が強すぎるっていう印象を拭えないでいるんだよ・・」。ここは、ディベートを活性化するために刺激的な表現を使った方がいい。
「まあ、ドイツのコーチ連中が必要以上に権威主義かどうかは人それぞれだから言及しないけれど、オーバーコーチングという表現は、部分的には的を射ていると思うよ。どうもドイツじゃ、ロジックに教えすぎるという傾向が強すぎるのかもしれない・・」。うまくかわされてしまった。実のところ、ドイツサッカー界にはびこる四角四面の権威主義が問題の本質だという議論に入りたかったのですが、まあここはオーバーコーチングというテーマにとどまるのが正解かも・・。
「そこなんだよ、エーリッヒ。今回オレが話したいテーマの骨子は、そこにあるんだ。要は、ストリートサッカーが消え失せてしまったから、選手達が、コーチたちの指示をうまく消化できていないんじゃないかってネ・・。オレは日本で、ストリートサッカーの要素を、いかに効果的にレギュラートレーニングに導入していくのかという議論がなされるべきだ・・なんていう論を展開しているんだよ」。
その瞬間、エーリッヒの瞳がピカリッと輝いたモノです。「それだ!! そのポイントなんだよ、いまオレたちが突き詰めようとしているのは。ストリートサッカーが影を潜めてから、もうかなり長い年月が過ぎたように思う。そしてその影響が、ここにきて如実に感じられるようになっているというわけだ。だからオレたちも、ストリートサッカーの重要性を再認識し、そのポジティブな要素を、いかに普段のトレーニングに導入していくかを研究しているんだよ」。
ストリートサッカー。そこには深いコノテーション(言外に含蓄される意味)が含まれています。子供たちは、自らが楽しむために特別なルールを決めるなど、自分たちでゲームを組織し、考えながらプレーしなければなりません。クラブで教えられたことを「自分なり」に消化する作業。プロのプレーを真似たり、独特のフェイントを「自ら」工夫したり、はたまた狡猾さを身体で覚えたり。また自ら進んで守備にも入る。クリエイティビティーを育むために、それほど理想的なステージはないというわけです。そのストリートサッカーがドイツから消えてしまった・・。
「やはり、創造性という部分じゃ、ストリートサッカーが担っていたところがものすごく大きかったということなんだろう。だから我々は、ストリートサッカーの要素を普段のトレーニングへ導入することにチャレンジしなければならないと考えるようになったんだ」。
「子供達が主体になってミニゲームをやるとか、自主的にトレーニング内容を決めるとか、そんなことかい? 一番重要なことは、いかにそこでコーチの影響力を排除するのかということだと思うんだけれど・・」。そんな私の問いに対し、「そのとおりだ。ものすごい忍耐が必要になるけれど、とにかくそこでは、コーチは、できるかぎり空気になるようにとハナシ合っている。それこそコーチにとっての一大チャレンジだよな。教えることが仕事のコーチたちに、子供達が自主的にやることを見ているだけにしろって言うんだからな」。「でも逆に、それを徹底できたら、子供たちの創造性は格段に発展するだろうし、コーチ達にとっても、ものすごく有益な学習機会になるじゃないか」。「そうそう、そういうことだ。子供達への影響力をうまく薄めることができたコーチからは、そのことがユース選手達に与えるポジティブな影響が報告されているよ。選手達のなかでミニゲームの特別なルールが決められたり、レフェリーが選ばれたり、それぞれの役割が決められたりと、自主性が前面に押し出される。そうすれば、選手たち自身でディフェンスなんかもコントロールできるようになるよな。どうして戻って守備に就かないんだ・・なんて選手達同士が積極的に指示し合うようになったりもする。また、うまくいけば、選手たち自身がとことん楽しもうとするから、グラウンド全体が笑いに包まれることだってしょっちゅうらしい。そのプロセスを観察していたコーチの一人は、昔は、フランツ(ベッケンバウアー)やギュンター(ネッツァー)なんかも、こうして自分たちが主体になって創造性を発展させていったんだろうな・・なんてしみじみと語っていたよ。その言葉は印象的だったな・・」。
「それって素晴らしいチャレンジじゃないか。初耳だよ。エーリッヒ達が、そんなことにトライしているのを聞かされるのは。まあ具体的に質問しなかったこっちも悪かったんだけれど・・。とにかく、そのムーブメントがドイツ全国に広がったら素晴らしいことだよな・・」。
「そうなんだよ。でも今はまだ、そのトライはごく一部に限られている。オレが受け持つ範囲は、とにかくドイツコーチ界の頂点だけだからな。すそ野のコーチ連中が具体的に何をやっいるのかをすべて把握するのは難しい作業なんだよ。もちろん、このチャレンジがうまくいくようだったら、その方法論を全国レベルで浸透させていかなければならないけれどな。その作業は、以前よりは簡単だろう。何せ、情報網が素晴らしく整備されてきているからな。とにかく、ゴールデンエイジと呼ばれる、6-8歳から14歳までの子供達に、普段のトレーニングの場でストリートサッカーをやらせることの大きな効果と成果は、かなり具体的に確かめられつつあると思っているんだ」。
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その成果は、ここのところの若手ドイツ代表の台頭に現れているということなのでしょうか。「まあ、そういう部分もあるだろう。ヒンケルやラーム、クーラニーといったシュツットガルトの若手も、危機感を持ったドイツサッカー界によるさまざまな工夫によって育成されてきた選手たちだからな。まあ、たしかにまだまだ時間はかかるだろうけれど、いまドイツサッカーがチャレンジしていることは、確実に将来につながると思うよ。その確信があるからこそ、オレたちも大いなるモティベーションをもって日々チャレンジをつづけられるということさ」。
エーリッヒ・ルーテメラーには、何らかの具体的テーマがあるたびに時間を割いてもらっています。「ケンジがもってくるテーマは、いつも面白いから、オレにとってもいい考える機会になっているよ・・」なんて言ってくれますし、私からも、日本やアジアでいま何が進行しているかといった具体的な情報も流すから、まあ、ギブアンドテイクの関係は、ある程度は成り立っているのかも・・。
今シーズンは、ギド・ブッフヴァルトとゲルト・エンゲルスというドイツコンビが立ち上げる新生レッズという楽しみ(報告材料)もありますからネ。エーリッヒ自身も、彼らの成功を心から願っているようで、「定期的に報告してくれよな・・」なんて言っていました。
私は現場の意志決定者や選手たちとはお近づきにならないようにしていますから、エーリッヒからの「ギドとゲルトが良い仕事をすることを心から願っていると伝えて欲しい・・」というメッセージは、このコラムを読んだレッズ関係者の方にゆだねることにします。よろしくお願いします。
(了)