「いや、それは認識不足だな。もうそんな時代じゃないよ。いまは、先生たちの意識も格段に改善されているし、全体を支配する雰囲気は、より自由闊達なものになっているんだよ。生徒たちにしたって、サッカー情報が氾濫していることで意識が格段に高くなっているしな。彼らを認めなければ、サッカーチームとしてまとまらないし、強くなりっこない。オレ自身は、学校の授業と、生徒たちの自由意志で活動するクラブでのマインドは、明確に分けているよ。要は、クラブではコーチという存在に徹するということだな。それが、チームがうまく機能する秘訣だと思っているよ。まあ・・とはいっても、特に若い先生のなかには、自分の立場から抜け出すことができない連中も多いけれどな・・」
----------------
さて、久しぶりの「The 対談」。今回のテーマは、高校サッカーです。
このテーマを、もっと掘り下げたいと思った背景は、正月の高校選手権。たしかにサッカークラブの下部組織としてのユースサッカーも発展してはいるけれど、絶対数では学校クラブの比ではない。またユースの大会でも、新人戦、関東大会などの各地方大会、インターハイ、そして高校選手権など、規模や注目度では、高校の総本山である高体連が主催するトーナメントが完全に凌駕しているから、ユース選手の育成という視点で、まだまだ高校サッカーが担うべきミッションの比重は大きいのです。だからこそ、高校サッカーにおける大会システムを改善することで、より多くの勝負ゲームを体感できる機会を提供しなければならないのです。何せいまの高校サッカーには、サドンデスの一発勝負トーナメント大会しかないですからね。これではあまりにも「機会」が限られすぎている。ユース選手の発展にとってもっとも重要なのは、自分主体で試行錯誤し、そこで生まれたアイデアに自主的にチャレンジしていく「場」なのです。
まあ、このテーマについてはいつも書いているとおりですから、過去の高校選手権ファイナルレポートを参照してください(2002年、2003年など)。
ということで、高校サッカーの事情を隅から隅まで熟知している方にコンタクトを取ったという次第。今回の対談パートナーは、神奈川県立湘南高校教諭の清水好郎さん。彼は、神奈川県の高校サッカー界では有名なコーチ(オピニオンリーダー)です。1952年生まれですから、私と同年齢の清水さん。そのキャリアは、大学を卒業して赴任した「藤沢西高校」からはじまります。そしてそこで、いきなり頭角を現してしまう。新人教師として赴任して4年目には、神奈川県の代表として関東大会に出場してしまうのですよ。その後はまさに登り竜。「藤沢西の清水」ということで全国的にも勇名を馳せたものです。もちろんそんな背景があるから優秀な選手たちも集まってくる。そして優秀なコーチと優れた選手たちが良いグループを形成する。そんな「環境の善循環」が回りつづけた藤沢西高校は、清水さんに率いられ、(清水さんが転任になった)11年前の1993年までの15年間にわたって、関東大会に5-6回、高校選手権の全国大会(正月大会)に2回と、神奈川県の高校サッカーでは抜群の存在感を発揮しつづけたというわけです。それも、私立ではなく公立(県立)の高校でありながら・・。
そして清水さんは、秦野南が丘高校を経て(そこでの在籍は4年間)現在は、私の母校でもある神奈川県立湘南高校で指導しているというわけです。神奈川県の国体(高校選抜)チームの監督としても活躍しました。
私は、藤沢西高校で活躍していた当時から清水さんと親交がありました。ベランメエだけれど魅力にあふれる言動・・そのなかにも繊細な感性と深いサッカー理論が息づいている・・。まあたまには意味不明の発言もありますが、突きつめていけば、しっかりと「深い次元での相互理解」には到達できる。もちろん彼の意見に「アグリー」かどうかは別のハナシですが、とにかく素晴らしいパーソナリティー(=優れた資質)を備えた優秀なサッカーコーチです。ということで、私にとって清水さんは、安心して、本当の意味でのプログレッシブ(進歩的・発展的)ディベート(ロジックベースの議論)を展開できる数少ないコーチ仲間なのですよ。
彼とのディベートは、数時間にわたって行われました。今回のテーマは、高校(学校)サッカーの「システム的な問題点・課題」ですが、そのテーマに沿ったハナシは、まあ10パーセントくらいでしたかネ。あとは、ひたすら戦術論。とことん戦術論。
例えば、「オレは、しっかりボールを止められて、しっかりと蹴れる選手を育てる・・」なんていう具合なのです。彼がいうボールを止めるという現象には、単なるテクニックコンテンツだけではなく、ルックアップや次のプレーのイメージ構築などなどの戦術コンテンツも詰め込まれていることは言うまでもありません。
このところ戦術ディベートにはご無沙汰だったから、私も大いなる刺激をもらいましたよ。でもここでは、テーマに沿ったハナシに絞って書くことにします。まあ機会を見て、彼と話し合ったエキサイティングな「現場タクティクス論」にも触れますので・・。
--------------------
さて清水さんとのディベートですが、それは、のっけから、冒頭で紹介した挑発的な質問で幕を開けました。でもまったく動ぜず、落ち着いた声で意見を述べる清水さん。こちらは意識的に挑発しているわけですが、もちろんそんなことはヤツも先刻ご承知だということです。そんな「頼もしい反応」を魅せる清水さんの表情の変化や声の抑揚などの「小さいけれどコーチングの本質的な実効部分」を感じながら、彼の優れたパーソナリティーを再認識していた湯浅なのです。そこでの清水さんは、冒頭で紹介した内容につづけて、こんな興味深いことも言っていました。
「たしかに教員のコーチしてのクオリティーはピンからキリだけれど、でもそのことはサッカークラブのコーチにも言えることだよな。一般的には、ダメだったらクビになるというプロの雰囲気があるサッカークラブの方が、イメージ的には本格感があるけれど、でも実際には、本当に能力の低いコーチも多いんだぜ。まあ、サッカークラブのコーチと教員コーチを安易に比較するのは危険だけれどな・・」。そこで言葉を切り、ちょっと考え込んだ清水さん。そして、より深いテーマにも入っていくのですよ。
「教員は聖人君子じゃない・・子供からつねに学んでいる・・いや、常にそんな姿勢で子供たちに接していなければ彼らもついてこないし、良いチームを作ることはできない・・若いときに子供たちに反抗されて、でも感情的にならずに彼らを説き伏せる努力を積み重ねる・・そんなプロセスが教員を「育てる」ということだ・・そのプロセスこそがもっとも重要で価値あるもなんだよ・・いまはそんなプロセスを経たレベルの高い教員コーチも多く育っている・・学校クラブは、教員の「学習機会」でもあるということさ・・成功した諸先輩の方々は、みんなそんな学習プロセスを経てきているんだ・・」。
また清水さんは、学校クラブのアドバンテージについて、こんな面白い視点のハナシもしてくれました。
「本場には、勉学とサッカーの両方をカバーしたサッカー学校があるじゃないか。要は、勉強からスポーツまでを一貫して育成していくことができるっていう施設のことだけれど(たしかに、フランスのクレール・フォンテーヌや、ドイツでも、サッカー協会や各主要サッカークラブが主催する寄宿学校システムが注目されている)、日本の学校も、それに近い存在だと思うんだよ。いや、部分的には日本の学校の方が優れているかもしれない・・」。清水さんの言葉に勢いが乗っていきます。このポイントに、清水さんのフィロソフィーの本質があるのかもしれない・・。
「オレは、子供たちをしっかりと観察しているつもりなんだ。サッカー的な能力から人間性やインテリジェンスまで、選手としてのクオリティーだけじゃなく、その社会性などもより正確に把握するためにね。何せ、朝から晩まで一緒にいるし、常に彼らと接していられるんだからな。そんなベースがあるからこそ、子供たちを、サッカー選手としてだけではなく、人間的にも引っ張っていけると思うんだよ。サッカーを通じた人間育成もやっているということかな。オレは、彼らが良き社会人としても発展して欲しいと思っているんだ。サッカークラブだったら、グラウンド上のことだけが主体になるのだろうけれど、学校クラブだったら、そこまで面倒を見られるという大きなアドバンテージがあるということだよ」。なるほど、なるほど・・。
「とはいってもさ、そこでも、教員の質によって大きな差が生じてくるんだろうな。そこら辺の微妙なテーマについては、また別の機会にディスカッションすることにしようか・・。ところで高校サッカーの大会システムだけれど、高体連が主催しているのは、すべてが一発勝負のトーナメントだよな。ということは、ユース選手たちが経験できる勝負マッチが限りなく少なくなってしまう。ユース選手たちにとって、勝負がかかった試合を多く経験することは決定的に大事なのに・・。それに、一発勝負のゲームしかないということは、チーム戦術も、ガチガチの規制ファクターが先行するものになってしまうよな。特に若い世代の選手たちは、戦術が前面に押し出される規制サッカーじゃなく、彼ら自身が考え、自主的にプレーできるような解放サッカーの機会を与えなければならないにもかかわらず・・。そこのところをどう考える??」
清水さんと話すと、どうしてもダイレクトで攻撃的な本音トークになってしまうのですよ。まあそれも、彼が、論理的に耐えられるだけではなく、しっかりとしたロジックで反応してくれるに違いないという確信があるからなんですがネ。長年の間に培われた「あうんの呼吸」ってなところです。
「たしかに、一発勝負だから、チーム戦術もそれに対応せざるをえなくなる。みんな勝ちたいからな。というよりも、勝つことで、子供たちがより多くの貴重な経験を積めるからと考えているっていうのが本当のところなんだけれどな。このことについては、全国大会で上位にランクされるような強豪高校の指導者も例外じゃないと思うよ。例によってのガチガチの規制サッカーだけれど、勝つことが選手たちにとって価値があると考えたということなんじゃないか? まあそのことは別にして、高校のレベルでは、良いサッカーで勝つのは容易じゃないということも確かな事実なんだよ。何せ、選手たちの能力レベルが追いついていないからな。技術的にも戦術的にも、また体力的にもな。だから、一発勝負ということもあって、選手たちの自由度も制限されるということさ・・」
「そこだよ・・」。ハナシが核心に入ってきたから、こちらの言葉にもリキが入る。「ユース選手たちのチカラがまだまだだからこそ、彼らには規制よりも解放が重要になってくるんだよ。それは世界の常識だよな。世界を見わたした場合、ユース年代で一発勝負のトーナメントしか大会がないなんていうのは日本だけだ。以前よく、ユースレベルでは日本選抜の方が外国のチームよりも強いけれど大人では逆転してしまうとか、ユースでは強いのだから、彼らが順調に伸びたらシニアサッカーも強くなるなんて言われたけれど、まさにトンチンカンな考え違いだよな。フットボールネーションじゃ、ユース年代に対するコーチングのメインターゲットは自主性や個性を伸ばすことだから、そのためにより解放されたサッカーを志向する。それに対して、ゲームに勝つことだけをターゲットにした戦術サッカーをする日本のユースが勝つ可能性が高いのは当たり前だよ。とにかく、この年代で培われた創造性とか自主的なプレー姿勢とかは、大人のサッカーになったときに決定的に大事なファクターになってくるから、そこで大きな差がついてしまうというわけだ。もっと言えば、ユース年代で規制サッカーばかりをやったら、大人になる頃にはもう全てが遅すぎるということになりかねない危険性だってあると思うんだよ。そこの事情は、以前から日本でもよく知られていたよな。だからこそ、リーグ戦とか、もっともっと多くの勝負マッチの機会を作らなければならないという議論が何10年も前からやられていたんだけれどな・・」
「そのとおり。その議論が、ようやく実を結びはじめようとしているんだ。神奈川県でも、やっと今年からリーグ戦がはじまる予定なんだよ。東京では既にリーグ戦がはじまっているけれど、神奈川県もようやく今年からリーグ戦に取り組むことになったということだ」
「それって、どこの主催なんだい? そのリーグは、何か大きな大会の予選になるのかい??」
「神奈川県サッカー協会だよ。たぶん将来的には、プリンスリーグ(高円宮杯)の予選という位置づけになるんだろうな」
「それに対して高体連が横やりを入れるなんてことはなかったのかい?」
「・・・サッカーの世界じゃ、もうそんなことはないよ・・・」
サッカー協会と高体連の関係についてはもっと突っ込んで話したかったのですが、時間も限られていたことで、そのテーマは次回にまわすことにしました。「まあ、そのリーグが高体連主催のインターハイや正月大会の予選になるなんてことは考えられないけれど、具体的に、どんなシステムやスケジュールで実施されるんだい??」
「基本的には、一部、二部、三部リーグという風にクラス分けされるんだよ。一部には二つのリーグがあって、二部には三つかな・・。そして三部へとつながっていく。一つのリーグに含まれる高校の数は八校で、一回戦だけで勝負を決めるということなるらしい。だからリーグでの勝負マッチの数は7試合ということなるよな。今年の7月にスタートする予定なんだけれど、細かなところについては、まだ未知数のところもある・・」
「それにしても大きな進歩だな。やっと日本のユースサッカーも、世界の常識が通用するようになったということか。清水さんは、リーグ戦に何を期待している?」
「もちろん勝負マッチが増えるのは願ってもないことだよ。リーグになれば、戦術的バリエーションを試す可能性が広がるし、選手たちも、よりアクティブに自分たちで考えるようになるだろうしな。とにかく、戦術のキャパシティーが広がるということも含めて、確実に選手たちの発展機会は拡大するはずだよ。とはいっても、その効果を評価するためには、まず実質的な内容を見極めなくちゃな。要は、一回戦のリーグで消化される7試合を全部勝つぞっていうチームがほとんどになるかもしれないということだよ。そうしたら、やっているサッカーにしても今と大差なくなってしまう。リーグでもトーナメント対応の戦術サッカーかい・・」
「そういうことがあるから、最初のハナシに戻るけれど、先生たちが、自分たちのエゴを満足させるために子供たちを利用しているっていう構図を問題にしなければならないんだよ。自己満足のために子供たちを利用しているって、オレには見えるのさ」
「いや、その見方に対しては100%アグリーというわけにはいかないな。先生たちのマジョリティーは、基本的には良いサッカーを目指しているはずだからな。もちろん選手たちを発展させるためにね。とはいっても、たしかにそうじゃない教員コーチも中にはいるかもしれないけれど・・。とにかく高校サッカーが理想的な姿になるまでには、まだまだ時間がかかるということだな。何せリーグ戦にしても、やっとはじまろうとしている段階だしな。才能のある選手たちの多くは、高校選手権まで勝ち抜ける可能性が大きな名門高校へ入ったり、Jリーグを目指してクラブへ参加したりするわけだけれど、そんな選手たちが順調に発展できるような、両者共通のユース育成システムが理想像だよな。まあ、オレたちのような(湘南高校のような進学校のこと!)限られた能力レベルの選手でチームを作らなければならない高校でも、リーグ戦の思想が浸透してくれば、より大きな存在感を発揮できるようにもなるだろうし、そのことでも、これからの発展プロセスに期待しているよ・・」
------------------
神奈川県では、高体連ではなく、神奈川県サッカー協会が主催するリーグ戦が、今年の7月からはじまるということです。そのことを聞いたとき、歴史的なターニングポイント(転換点)になるかもしれないと、いてもたってもいられなくなり、その背景をさぐるために清水さんにハナシを聞くことにした次第。
清水さんは、それ以外にも、神奈川の国体高校選抜チームで都並や中村俊輔をコーチしたときの裏話や、彼が育てた沢田謙太郎(レイソルやサンフレッチェで活躍し2003年に引退)のことを話してくれました。また、サッカークラブのユース育成の方向性に対する疑問点などについても議論しました(ボールを回すことは上手いけれど、戦術的な意図・意志のレベルでは高校の方が上・・またクラブの選手たちには一生懸命さが欠ける・・等々)。
そのなかでは、中村俊輔についてのハナシが面白かった。清水さんが国体チーム監督を務めているとき、当時高校二年生だった中村俊輔をゲームメイカーに据えたのですが、とにかく運動量が少ないことに対して・・いや、走らなくても自動的にボールが集まるはずだというイージーなプレー姿勢に対して憤った清水さんが、二日つづけて、オールコートでの「3対3」ツータッチゲームをやらせたとのこと。それもオフサイドあり。こうなっては全員が走り回らざるを得ない。
当時は私も神奈川県サッカー協会の技術指導委員でしたから、高校選抜チームの中村俊輔のことは覚えていますよ(ただ「3対3」トレーニングについては知りませんでしたが・・)。そして清水さん同様、私も当時から、中村俊輔の「上手さ」を危惧していました。高校選抜チームの監督だった清水さんとは、そのことについて深く話したことはなかったのですが、清水さんから当時のハナシを聞いて大いに納得した次第。中村俊輔にしても、ここにきて、「あのトレーニング」の意味・意義を、身にしみて反芻していたりして・・。
さて高校サッカーに導入されるリーグ戦。もちろん、それがはじまってからの状況の変化も、他の高校関係者やクラブ関係者の方々にもご登場願い、できるかぎり詳しくフォローするつもりです。ご期待アレ。
(了)