The 対談


対談シリーズ(第六回目)・・今回は、高原直泰が所属するハンブルガーSV監督、トーマス・ドルとの対談です・・(2005年1月22日、土曜日)

さて、ハンブルガーSV監督トーマス・ドル(以下、トーマス)との対談です。この対談は、04-05シーズンの後期開直前の、2005年1月18日の火曜日に、ハンブルガーSVクラブの中にあるトーマス・ドルの事務所で行いました。

 「とにかくトーマスは能力のあるサッカーコーチだ・・タカ(高原直泰)に対する評価も高いし、彼と会っておくのはオマエにとっても価値があることだと思うよ・・」。先日のトップコーチングスクール関係者がそう言っていました。たしかトーマスは、一昨年にトップコーチングスクールを卒業したはず。そこでのトーマスの能力をしっかりと評価した上での勧めだったから、こちらの期待も高まっていたというわけです。トーマスも、私のインタビューの申し出も快く引き受けてくれましたしね。彼とは、日本から直接電話で話したのですが、とにかく評判どおりの快活・明瞭・頭脳明晰な話しぶり。そして実際に会ってみて、その印象に実が詰め込まれたというわけです。

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 まず最初に、トーマスの「これまで」を簡単に紹介しておきましょう。出身クラブは旧東ドイツのローシュトック。30試合ちかく東ドイツ代表でプレーし、統一ドイツになってからは、ハンブルガーSVやアイントラハト・フランクフルトなどでプレーしました(ハンブルクでの在籍期間がもっとも長い)。その間、イタリアのラツィオローマでもプレーし(1991年から1994年まで)、セリエAの監督が選ぶ優秀選手にも選出されるなど優れた活躍をみせました。また統一ドイツ代表でも18キャップという記録を残しています。基本的には、テクニックレベルの高い攻撃的ミッドフィールダーというタイプ。だから、優れたテクニックを持つ高原に対する評価が高いということなのかも・・。

 サッカーコーチとしては、2003年からハンブルガーSVのアマチュアチームを率いて常にリーグトップグループで優勝争いをするなど優れた手腕を発揮し(これについては、高原も絡むから後述)、トップメラー監督の解任を受けて、2004年10月17日にハンブルガーSVのトップチーム監督に就任したというわけです。彼が監督に就任した当時のハンブルガーSVについては、スポナビの連載でも書きましたので、「このコラム」を参照してください。

 そしてトップチームの監督に就任した後は、9試合で負けが二つだけという大躍進を魅せます(この二つの敗戦がホームゲームだったというのはご愛敬だったけれどネ・・そのことに触れたら、トーマスもアッハッハッて大笑いでした・・)。その間チームを、最下位から9位にまでランクをアップさせたというわけです。またサッカーの内容も、9試合で22ゴールを挙げるなど、魅力的な攻撃サッカーでファンからも大きく支持されています。それだけではなく、「いまの調子がどんどんと上向いているし、良いプレーが出来ていると思う・・」という自信のコメントを公にする高原も、7試合で先発でした。期待が高まるというものじゃありませんか。

 ハンブルク首脳陣も、成績だけではなく、トーマスの仕事コンテンツを高く評価したようで、就任後すぐに、彼との契約期間を2006年まで延長しました。やはりそこは本場のマネージメント。現場での仕事ぶりに対する「見る目」は確かなようです。意志決定者たちがそんな「確実な目」を持っているかどうかも、プロの組織体質を高みで安定させるという視点も含め、クラブ発展の根本的ファクターなのですよ。

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 さて、そんなトーマスに、色々な質問をぶつけてみました。まずは、「トーマス・ドルが監督に就任してから、成績だけではなくサッカーの内容も見違えるほど良くなったけれど、その一番の背景要因はどこにあると思う? ドイツのエキスパートたちは、トーマスのモティベーション能力を高く評価していたけれど・・」というキックオフの質問からスタートした次第。

 「選手たちをモティベートする能力が高いという評判については何とも言えないな。とにかく、コーチングスクールで学んだ内容や、これまで接してきたプロ監督から学んだことが大きかった。まあ、それを自分のものにするという能力については自信があるけれどネ。とにかく良いゲームができていることの一番の理由は、何といってもロジックベースの優れた準備が出来ているということだな。もちろんそれには、素晴らしいスタッフに恵まれているという背景もある。オレたちの共同作業は素晴らしくうまくいっているんだ」。

 低めの声は落ち着いているものの、話し方はあくまでもダイナミック。身振り手振りだけではなく、表情の変化にも説得力の放散を感じるってな具合です。本当に、なかなか良いなトーマスは。

 「それが、これまでの成功の背景にある・・?」。「まあ、心理的な背景を挙げるとしたら、オレが情熱的に仕事に取り組んでいることを選手たちが実感しているという側面もあるかな。その情熱については自信があるよ。選手たちは、オレのやる気を明確に感じていると思う。このやる気(元気)を選手たちに与えるということには自信があるけれど、それをモティベーション能力と呼ぶとしたら、まあ、その評価は嬉しいね。選手たちは、ミスを犯しても、それが前向きなものだったら許されると理解しているはずだし、そんなポジティブな雰囲気を維持することも大事だと思う。もちろんそのためには、年齢に関係なく、ビジネスパートナーとしてお互いに尊敬し会うことが絶対的なベースだけれどね」。

 ここでちょっと視点を変えて、先日のユルゲン・クリンズマン(現ドイツ代表監督)とのインタビュー内容を引用することにしました。「ところで、昨年の末にドイツ代表が来日したとき、ユルゲン・クリンズマンと話す機会があったんだけれど、そのときに彼が、ドイツサッカーのダイナミズムというテーマをうまく表現したんだ。それは、意志の強さとか集中力の高さ、また精神的なプレッシャーに強くハイテンポ・ハイプレッシャーのサッカーを展開できるなんていう表現だった。その点についてトーマスはどう考えている?」

 「攻撃的サッカーを展開するためには、大前提として、ディシプリン(規律の遵守)が重要になってくるよな。そのことは選手たちが一番よく知っている。誰かが攻め上がっていったら誰かが後ろに残るといったタテのポジションチェンジに対する鋭い感覚が大事な要素になったくるというわけだ。まあ、互いに穴を積極的に埋め合うことができるだけの戦術的な理解が大事だということだけれど、基本的なポジショニングバランスを保ちながら、チャンスにはどんどんと攻撃に参加する・・それでもタテヨコのポジショニングバランスが崩れないように全員が穴埋め作業をするという意識を浸透させることがオレたちの仕事というわけさ。ユルゲン・クリンズマンがドイツ代表でやろうとしているような、ボールがないところでの積極的で創造的なランニングを強調するダイナミックな組織プレーこそがドイツサッカーの強さの源泉だということだよな。ボールを奪われた次の瞬間には、全員が全力ディフェンスに入っていけるような積極的なプレーマインドとも表現できるかな。例えばタカ(高原の愛称)が前線でボールを失う・・。次の瞬間にはディフェンスに入り、最後の最後まで全力で相手を追いかけつづける・・。そんな流れだったら、瞬間的にタカが、自ゴール前のゾーンまでもどってディフェンスをやっているというシーンも出てくるというわけだよ。本当は、最前線に張りつづけていて欲しいけれど、まあ流れのなかでのディフェンス参加は、当然あるべきプレーだというわけさ」。

 「そんなドイツ的なダイナミズムが、トーマス・ドル体制になったハンブルクのテーマでもあるし、周りから、その考え方をベースにしっかりと理想型に向かっていると高く評価をされているわけだけれど・・?」。

 「とにかく、組織プレーのダイナミズムと個の勝負に対する強い意志を高い次元でバランスさせることが大事だと思っているんだ。そんなバランス感覚という視点じゃ、ユルゲン(クリンズマン)もオレたちも、同じイメージでチーム作りを進めているということができるかもしれないな・・」。

 そのトーマスの言葉を受けて、湯浅が語ります。「そんな積極的なダイナミックプレーこそが人々に希望を与えるし、それこそがドイツサッカーの強みだと思う。戦術的に制限されたコントロールサッカーだったら、人々が希望を見い出せるはずがないし、選手たちの発展の可能性も抑制されてしまうだけだよ。いまハンブルクには、そのような戦術から解放されたダイナミズムがあるし、しっかりと結果も残しているということだよな。ところで、リスクへチャレンジしていく積極プレー姿勢と、ポイントを稼ぐための堅実な戦術サッカーという二極のテーマについて、トーマスの発想では、どちらが先行しているのだろうか・・?」。

 「難しいテーマだよな・・。とにかく勝つことが大事なのは火を見るよりも明らかだよな。もちろん観客は、魅力的なサッカーも望んでいるけれど、逆に勝つことも望んでいるというわけさ。そのバランスはコーチにとっての永遠のテーマということかな。それでもこんなこともあったんだ。それは、ホームでシャルケ04に逆転で敗れたときのことだけれど、負けたにもかかわらず、ファンのほとんどは拍手をしてくれたし、満足して家路についたんだよ。オレたちは、素晴らしい攻撃サッカーでリードを奪い、その後も多くのチャンスを作り出した。とにかく内容のあるサッカーを展開していたんだ。でも結局、ヤツらにワンチャンスを二本も立てつづけに決められて負けてしまった。ものすごくガッカリしていたわけだけれど、観客は拍手を贈ってくれたんだよ。本当に元気づけられたね。やっぱり内容あるサッカーは評価されるんだ・・ってね。とはいってもサ、負けつづけたら元も子もないから、しっかりとバランスの取れた戦術的な準備も必要になってくる。できるかぎり積極的に仕掛けていくことをプライオリティーにするバランスサッカーっちゅうことかな。とにかく今のオレたちは、攻撃的で魅力的なサッカーができていると思う。オレがチームを引き受けてからの9ゲームで22ゴールも奪ったしね」。

 「そのシャルケ戦だけれど、良いサッカーを展開して何度も決定的チャンスを作りながら、結局は相手の偶発的なチャンスを決められて負けてしまったわけだよな。そんな、サッカーの宿命ともいえる理不尽な負けかけ方をした場合、どうしてもネガティブな心理が後を引くものだけれど・・?」

 「いやいや、そんなことはなかったな。翌日のトレーニングでは、とにかく次のローシュトック戦だけをターゲットに、全員の積極マインドを高揚させることに集中した。その切り換えが良かったんだ。次節のローシュトック戦では、アウェーにもかかわらず、最高のサッカーで最高の結果を出すことができたんだよ」。

 「さて最後に高原について聞きたいんだけれど・・」

 「やっとタカがテーマになったな。待ってましただよ。とにかくオレはタカを高く評価しているんだ。テクニックのレベルが高いだけじゃなく、90分間全力でプレーする姿勢とか、人間性も含めて素晴らしい選手だと思うよ。オレが彼と接したのは、去年の9月のことだった。その頃のタカは危機に立たされていたんだ。トップチームでポジション失っていたからな。だから、とにかく試合勘を維持しなければならないということで、当時オレが監督をしていたハンブルガーSVのアマチュアチームで一時的にゲームに出ることになったんだよ。でも、タカにもプライドがあるじゃないか。とにかくオレは、彼が投げやりになったり、歪んだ怒りを内にしてプレーすることだけは避けたかった。そのときのオレたちは、アウェーのビーレフェルト戦と、ホームのドルトムント(アマチュアチーム)戦がつづくという厳しいスケジュールだったしな。とにかくタカと話し合う必要があると思ったんだ」。

 そこで一度言葉を切ったトーマスは、当時を思い出すように満足げな笑みを浮かべていました。

 「でもオレはアマチュアチームの監督だろ。だからタカが本気でハナシを聞くかどうか半信半疑だった。でも、とにかく話さなければならないと思ったんだよ。タカは、真面目にこちらにハナシを聞いてくれたよ。そこでオレが言ったことは、かいつまんだらこんな感じだったかな・・アマチュアチームでプレーするタカにとって、モティベーションを最高レベルに上げるのが難しいのはよく分かる・・でもオレは、タカに、サッカーを積極的にプレーする喜びを思い出して欲しいと願っている・・確かにアマチュアサッカーだけれど、どんなレベルでも全力を尽くせば必ず何かしらのポジティブな発見があるはずだ・・そこで再び自信を取り戻し、それをトップチームへ持ち帰って欲しい・・」。

 「タカは、トレーニングでも最高のパフォーマンスを魅せてくれたよ。オレも、これは日本語で何ていうんだい?なんて質問したりして、とにかくよい雰囲気を維持することに務めたよ。タカも努力してくれた。セットプレーの練習のときなんか、日本語で大声で叫んだりしてね。それを周りのチームメイトたちが真似をする。とにかく良い雰囲気だった。そんなだったから、ビーレフェルト戦やドルトムント戦で彼が素晴らしいプレーを魅せてくれることは確信していた。実際、両方のゲームでゴールを決めただけじゃなく、全体的にもまさにMVPという素晴らしいプレーを披露してくれたしね。そしてその後に復帰したトップチームの試合では、ヘルタ・ベルリンを相手に2ゴールを挙げてチームの勝利に貢献したのさ。それは、オレ自身にとっても素晴らしい経験だった。だから、ヘルタ・ベルリンとのゲームを観戦した後、友人の日本人に手伝ってもらって、日本語でタカにファックスを送ったんだ。オレのチームでの全力プレーをありがとう・・そして、トップチームに復帰したベルリン戦での活躍、おめでとう・・ってネ」。

 トーマスは、高原を高く評価しています。もちろん彼も、高原が、ドリブル勝負やシュートなど、個のプレーで自信を失っていることは認知しているけれど、「でもそれは、プレーしつづけることで確実に解消していくさ・・」と意に介していない様子。

 もちろんサッカーは「生モノ」だから、これからどうなるかは誰にも分からないけれど、少なくともこの時点(2004-2005年シーズンの後期が開幕する直前のタイミング)では、チームも、高原も、ポジティブな状況にあるとすることができるでしょう。

 チームと高原直泰を危機から救い出したトーマス・ドル・・。彼は優秀なだけではなく、ツキにも恵まれているようだし、とにかく高原には、彼のポジティブなベクトルに相乗りして発展して欲しいと心から願っている湯浅なのです。とにかく、チャレンジをつづけるプロを観察することほど刺激的な学習機会はありません。とにかくとことん楽しむぞ!

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 昨日は、金曜日ナイターで行われた唯一のブンデスリーガ後期開幕ゲーム、ミュンヘン・オリンピックスタジアムでのバイエルン・ミュンヘン対ハンブルガーSVを観戦してきました。この試合のレポートはスポナビの連載(湯浅健二の質実剛健ブンデスリーガ)で掲載することにしますが、テーマは、ゴール数の「差」と実際のサッカー内容の「差」や、攻守にわたる勝負シーンに積極的に「入っていく」ための意志とか、そういったというところですかネ。

 前半のハンブルクの出来は、アウェーにもかかわらず非常に良かった・・でも一瞬のスキ(キーパーの飛び出しミス)で、セットプレーから先制ゴールを入れられてしまった・・後半の立ち上がり、ガンガン攻め上がるバイエルンに対して、ちょっと足が止まり気味になるハンブルク・・そして単純なワンツーで抜け出されただけではなく、回り込まれて後ろから足を出され、そのままシュートされたボールがコロコロとゴールに転がり込んで「2-0」のリードを奪われてしまう・・その後は、トーマス・ドルが言うように、たしかに攻守にわたって「一対一の勝負」に入っていかず・・トーマス・ドルは、後半の消極サッカーに対して、決して落胆などという表現は使わず、「驚いた」という表現を使っていました・・それも、メディアからの挑発的な質問に対しても・・ポジティブシンキングのトーマスの面目躍如といったところ・・。まあそんなところですかネ。今日(1月22日の土曜日)は、いま話題の「マインツ」を観戦しにいきます。プレスAD(ID)は、一昨日に電話をかけまくって取得できました。マインツについても、スポナビの「このコラム」を参照してください。ではまた・・。




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