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W杯レビュー(6)・・絶対的な優勝候補の、早期の脱落について・・(2002年7月16日、火曜日)

いま成田空港のラウンジで、この原稿を書いています。これからヨーロッパ出張なのですが、まだ出発までは2時間もあります。台風が接近していることもあって、ちょっと早めに空港までは行っておこうと思った次第。・・なんて、ワールドカップ期間中の「ドジ」から学習した湯浅だったのです。

 さて今回のレビュー。ここでは、フランスとアルゼンチンという絶対的な優勝候補がグループリーグで敗退してしまった背景を、私なりに捉えた原稿をご紹介します。例によって、ワールドカップ期間中にプリントメディアで発表した文章です。

 まずは、グループリーグ第二節が終了した時点で、週刊プレイボーイで発表したコラムを・・(6月11日の時点で書き終えた原稿です)。

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 この原稿を書いているのは、グループの二回戦が終了した6月10日の深夜というタイミングです。いやはや、大変なことになっていますよ。先週は、予選A組のセネガルとドイツを中心に書いたわけですが、その後、絶対的な優勝候補であるフランスとアルゼンチンが、グループ最終節を残して予選リーグ落ちの危機にさらされてしまって。彼らにとって予選リーグの最終戦は、まさに「決勝トーナメント一回戦」。逆に、そんな追いつめられた状況が、彼ら本来の実力を存分に発揮させるに違いない・・なんて思っています。

 アルゼンチンは、ヴェーロンがチームの中心。その彼が、ジダン同様に、怪我で万全な状態ではありません。それでも初戦のナイジェリアとのゲームでは、そこそこのパフォーマンスは魅せてくれました。ただ、負けてしまったイングランドとの決戦では、何度か決定的チャンスを作り出したとはいえ、やはりベストパフォーマンスからはほど遠い状態。そこでは、オルテガのドリブルが、アルゼンチンの良さである組織パスプレーと単独勝負プレーのバランスに陰を落としていると感じます。彼のドリブルによって、周りの選手たちの足が止まり気味になってしまうと思うんですよ。そしてアルゼンチン得意の、流れるような仕掛けが停滞してしまう・・。それも、チームリーダーであるヴェーロンが本調子ではなく、攻撃全体のリズムをうまくコントロールできていないことが背景にあると思うのです。

 さて、最終戦に勝負を賭けざるを得なくなった次の優勝候補は、イタリアとポルトガル。

 イタリアのゲーム内容はいいですよ。でも、審判のミスジャッジもあって(ヴィエリの同点ゴールが取り消された!)、第二戦の、対クロアチアで痛い敗戦を喫してしまいます。

 クロアチアですが、初戦のメキシコ戦では、やはり・・というか、歳をとったという印象を強く受けました。そんな彼らが、イタリア戦では蘇ってしまいます。初戦に敗退したことで、やっと世代交代を決断できたということです。この試合では、プロシネツキ、シューケルといった「以前のスター」を外し、若手を多く起用しました。選手たちにとって、それほど大きな「刺激」はありません。そして、メキシコ戦とは見違えるようなダイナミックサッカーを展開したのです。イタリアは、第一戦の内容からの油断もあったに違いありません。メキシコ戦でクロアチアが展開したサッカーは、カッタるいの一言でしたからね。あれを観たら、誰でも「コイツ等なら軽いゼ・・」と思うはず。それが、第二戦では完全にイメチェンしてしまって・・。心理的に解放され、抜群のパフォーマンスアップを魅せたクロアチア。イタリアにとって不運だった・・なんていう見方ができるかも。サッカーが本物の心理ゲームだということの証明といったゲームでした。

 さてポルトガルですが、こちらも油断。第一戦のアメリカに「3-2」と足許をすくわれてしまいました。試合前は、「オレたちが、アメリカなんぞに負けるはずがない・・」ってな具合だったに違いありません。でもアメリカはいいチームですよ。美しくはありませんが、抜群の運動量と、シンプルでダイナミックな全員攻撃、全員守備というサッカーを展開するのです。

 ポルトガルは、次のポーランド戦では、守備を安定させるため、こちらも「スター」のルイコスタを先発から外すという大英断。たしかに彼は、守備ではあまり目立ちませんからネ。その彼が、「1-0」とリードした後半14分に登場します。そして攻守にわたり、気合いの入った「見てろよ!」という活躍。後半43分には、ポルトガル4点目となるゴールまで叩き込んでしまいます。まさにベンチ采配の勝利。オリベイラ監督に大拍手なのです。でも最終戦は厳しいゲームになるでしょう。何といっても相手は、地元の韓国代表ですからネ。

 優勝候補たちが苦しむグループリーグ。それは、世界的な情報化や、選手の移籍も含む国際化によって、各国の実力差が縮まってきたことの証でしょう。とはいっても、サッカー強国と、日本も含む中堅国との間には、まだまだ「僅差」が存在します。それを縮めていくのは大変な作業なんですよ。そこには、文化背景や社会体質なんかも含まれますからね。

 ということで、明日からはじまるグループリーグ最終戦では、フランスやアルゼンチン、はたまたポルトガルといった「追い込まれた強国」が、本来の実力を発揮して決勝トーナメントへ進出するに違いないと確信しているのです。この号が発売される頃には、既に決勝トーナメント一回戦が終了しています。もし私の予想がハズれていたら、そのときは笑ってやってください。では・・

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 そして、本当に「笑われてしまった」湯浅だったのですが、実際にフランスとアルゼンチンが敗退したとき、私は、心底落胆していました。私にとって一番の興味の対象は、何といっても「サッカー内容」でしたからネ。彼らの敗退に遭遇し、何か、「学習機会」を奪い取られたような気にさえなったモノです。

 それについては、東京中日新聞でも書きました。6月13日の夕刊に掲載された記事です。

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 「たしかにサッカーチームは生き物だよな・・」。

 世界中のエキスパートが認める優勝候補の双璧が、グループリーグで姿を消してしまった。昨日はフランス、そして今日はアルゼンチン・・。そんな結果を誰が予想しただろうか。試合後、アルゼンチンの試合を仙台まで観にいった友人のヨーロッパ人ジャーナリストに電話を入れた。そこで彼が、冒頭の言葉をつぶやくように言った。まさに、そういうことだ。サッカーチームは、本当に微妙なバランスのうえに成り立っている。プレーに対するイメージが、少しでも、ほんの少しでも噛み合わなくなったら、チームのパフォーマンスが凋落してしまうのだ。

 サッカーは、有機的なプレー連鎖の集合体だ。全てのプレーが、共通のイメージという蜘蛛の巣のような糸でつながっていなければならない。ただフランスもアルゼンチンも、蜘蛛の巣の重心を欠いた。ジダンとヴェーロン。たしかにピッチには立った。だが、ベストからはほど遠いコンディション。そして、糸の「張り」を操る強力なゲームメイカーがいなくなったチームは、互いのプレーが噛み合わずに彷徨をはじめる。個人プレーに奔っていく選手たち。ジダンとヴェーロンさえトップフォームだったら、エゴプレーはカゲを潜め、彼らを中心に、才能あふれる選手たちが高質な組織プレーを魅せたはずなのに。そう以前のように・・。

 局面的には、まだまだ潜在力の高さを感じさせていたフランスとアルゼンチン。彼らをもう見られないのは寂しい限りだが、まあそれも、「微妙な生き物」のことだから仕方ない。

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 最後に、「まとめ」的に、朝日新聞でも記事を書きました。これは、6月22日土曜日の「be」に掲載された記事です。

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 トレゼゲが、爆発ダッシュで最前線から下がってきた。同時に、その動きで空いた前線スペースへ、後方からヴィルトールが入り込んでいく。そのとき人々は、フランスの魅惑的なコンビネーションを予感したに違いない。

 ボールを持つのは、ジョルカエフ。フランス中盤の絶対的なリーダーであるジダンの代わりに、その重役を負かされた。しかしそこから、戻ってきたトレゼゲへパスが出ることはなかった。ジョルカエフは、切り返してボールをキープしつづけたのである。最終勝負のシーンを明確にイメージし、仕掛けの動きをスタートしたトレゼゲの顔に、落胆の表情が浮かんだ。それは、トレゼゲからの、決定的なダイレクトパスを期待し、「三人目」の動きを魅せたヴィルトールも同じ。

 ボクは、そのシーンに、フランスとアルゼンチンが抱える、才能集団であるからこその苦悩を見ていた。

 今大会で、絶対的な二強と見られていたフランスとアルゼンチンが、まさかの予選リーグ敗退を喫してしまった。「本当に驚いたよ。でも、今の彼らのサッカー内容ではな・・」。大会を視察にきている、友人のドイツ人プロコーチが話していた。

 フランスとアルゼンチンは、欧州のエキスパートたちから、今大会を制する最有力候補に挙げられていた。その根拠は、堅実な守備と、特に、組織プレーと個人プレーが美しくバランスする攻撃にある。あれ程の天賦の才に恵まれた強者たちが、組み立てでは、シンプルなパスプレーに徹する。もちろん、「個」のエスプリを誇示しながら。そして、相手の人数がたりない「守備の薄い部分」へ素早くボールを動かし、ドリブルや鋭いコンビネーションプレーなど、たぐいまれな才能で最終勝負を挑んでいく。世界中が、そのプレーに酔い、そして恐れた。

 だが、本大会の直前になって、そんな彼らのプレーリズムが大きく乱れてしまう。それは、ボールの動きを司る演出家ともいえる、中盤に君臨する絶対的なリーダーを失ってしまったからだ。フランスでは、言わずと知れたジダン。そしてアルゼンチンでは、ヴェーロン。ジダンは、大会直前のトレーニングマッチで負傷し、ヴェーロンは、リーグ戦での怪我が癒えず、ベストコンディションとはほど遠い状態だった。ジダンは、最初の二試合に欠場し、ヴェーロンは途中交代をくり返す。

 サッカーは、有機的なプレー連鎖の集合体である。全てのプレーが、共通のイメージという糸でつながっていなければならない。しかし大会に入って両チームともに、糸を操る演出家を欠いた。天才だが、決してエゴイスティックなプレーはせず、チームプレーに徹する。だからこそ、チームメイトたちからも絶対的に信頼され、彼らを中心に美しいリズムが奏でられる。その「不在」が、両国のサッカー内容に暗い陰を落としたのである。そして選手たちが、リズムを欠いた個人プレーに奔っていった。

 フランスのルメール監督。アルゼンチンのビエルサ監督。彼らは、そんな事態を想定していたことだろう。しかし結局は、彼らの「代替」を見出すことはできなかった。

 両監督の苦悩を想像するに難くない。才能に恵まれた選手たちを多く抱えているからこその悩み。そんな選手たちのチームプレーに対するマインドを、ハイレベルに安定させるのは難しい作業なのだ。一人でも、本当に一人でもエゴプレーをしたら、そのネガティブビールスが、すぐにチーム全体に伝染してしまう。それが、個人的なチカラでも味方から畏敬の念をもたれる中盤リーダーの重要性を如実に物語る。

 「組織と個」の微妙な均衡の上に立つ「生き物」とも表現できるサッカーチーム。結局、両監督ともに、一度崩れたバランスを立て直すことはできなかった。世界のサッカー界(現場)は、彼らの失敗が示唆するサッカーの本質的な部分から多くのことを学んだに違いない。

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 ということで、これからヨーロッパへ出発です。台風は、本当に微妙なタイミングで、私の飛行機が出発した後に関東地方へ接近するとのこと。本当にツイているじゃありませんか。昨日の段階では、「明日の出発はキャンセルになるかも・・」なんて、既にドイツに連絡していたんですよ。

 ドイツでは、代表チームのコーチングスタッフや協会関係者と話し合うだけではなく、ドイツ(プロ)サッカーコーチ連盟主催の国際会議にも出席してきます。たぶんそこには、トルコやブラジル、はたまたフランスやスペイン等々の知り合いたちも参加するはず。ワールドカップの話題で持ちきりになることでしょう。

 できれば、ルディー・フェラーやオリバー・カーンなどとの対談も実現させたいのですが(メディアは、私のHPだけではなく、新聞や雑誌など)、何といってもワールドカップ後のタイミングということで、まだ休養中かもしれません(友人たちに、連絡をとっておいてくれるよう要請はしてあるのですが・・)。とにかく現地にいってから具体的なスケジュールを詰めなければ・・。

 ということで、様々な「発見」を、順次、色々なメディアで発表するつもりです。ご期待アレ。では行ってきま〜〜す・・。




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