スタジアムだけではなく、自宅でテレビ観戦した人も、例外なく(心の中で)「面白い!!」「エキサイティングゲームだナ!!」を連発していたことでしょう。私には、(フリューゲルス問題、読売新聞撤退などがあったから?!)選手たちが「やっぱり自分たちの市場価値は、人々が面白いと思ってくれるようなエキサイティングプレーをすることでしか高めることはできない・・」とまで意識していたように思えてなりません。
「コアの価値」ではなく、テレビのタレントよろしく、砂上の楼閣である「周辺価値」に振り回されることが、長い目で見れば、いかに自分たちプロ選手にとってマイナスになるか・・。それではいつまでたっても、プロサッカーという商品を提供する「J」が、マーケティング用語でいう「ファッションやファッド」の域を出ることはできないし、まして大衆文化にまで深化することなど望むべくもないのです。
この試合に出場した選手たちは、そんなことまで意識して全力プレーに徹していた・・。私にはそう思えてなりません。うれしい限りです。
どんな世界でも、結局は「大衆文化的な価値」までも包含する「ホンモノ」しか残らない・・。それは歴史が証明しているのです。
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試合はエキサイティングそのもの。それは、両チームともに、「ノーガードの打ち合い」などという低レベルなものではなく、しっかとりした中盤と最終ラインの守備、また素早い攻守の切り替えなど、ロジックで堅実、そしてダイナミックなサッカーを展開していたにも関わらず、多くの決定的なチャンスを作り出したからです。
ただ「この試合での」総合的なチームパフォーマンスではアントラーズの方が明らかに上でした。それは、彼らが中盤を制したからに他なりません(このことについては「Yahoo Sports 2002 Club 」や「マイクロソフト・スポーツ」の私のコラムを参照してください)
この試合での、両チームのシュート数は、アントラーズの「20本」に対し、ジュビロは「7本」。それは、どちらのチームがゲームを制していたかを如実に物語る数字だとすることができます。
とはいっても、決定的なゴールチャンスでは、本当は互角だったのかもしれません。それほどジュビロの一本、一発のシュートは危険そのもの・・という印象を、強烈に脳裏に焼き付けられてしまいまった湯浅だったのですが・・。
この試合でのジュビロは、最終守備ラインをギリギリまで押し上げ、中盤のゾーンを狭くする(コンパクトにする)ことをベースに、強烈なプレスをかけ続けるという守備戦術で試合に臨みました。そのことで、「読みベース」という比較的難しい守備戦術でも、選手たちのポジションバランスが崩れないように「次のターゲット」を絞り込めるというわけです(プレスを外された後のカバーリングが比較的やりやすい)。
そしてそれが、前半に限れば本当にうまく機能します。ただ集中が切れてきた後半に入り、選手たちの「ボールを奪い返すターゲットの絞り込み」が、だんだんとうまくかみ合わなくなってきてしまいます。そして同点ゴール・・。
このジュビロのアクティブな守備戦術は、先日のカシマでのリーグ戦(1-0でアントラーズに軍配)からの反省だったに違いありません。中盤での「選手のポジションバランス」を重視する「受け渡しマーク」を敷くジュビロの場合、中盤での、相手が使えるスペースを狭くしてしまうことは(もちろん最前線へ簡単にボールを供給させないために・・)、彼らの守備システムにおける生命線ですからネ。
ジュビロは、相手にボールを奪われた瞬間に、中山一人をトップに残し、二列目の奥まで参加する、中盤でのスーパーアクティブ守備を展開しました。ただ徐々に、プレスで(つまりジュビロ選手が集中した場所で)ボールを奪えなかった後の対応に「遅れ」が目立つようになり、アントラーズに、素早く「広い」展開を許すようになってきます。
ここらあたりから(前半も中盤を過ぎた時間帯から)、徐々に、中盤での忠実で確実な守備を展開するアントラーズにペースを握られはじめます。「これじゃ、先日のリーグ戦の二の舞だナ・・」。そんなことを感じていたモノです。ただ実際のゲーム展開は、私のイメージとは違ったものでした。
たしかにアントラーズに中盤を制され、押し込まれはじめたジュビロですが、たまに繰り出すカウンター攻撃が、ものすごく危険なのです。それは、リーグ戦では見られなかったものです。その演出者は、もちろん「あの」ドゥンガ。
前半19分の、古賀から中山にわたったチャンス。前半26分の、これまた右サイドの古賀(奥だったかも)から、最後は左サイドにいた中山へわたり、惜しいオーバーヘッドシュートにつながった攻撃。後半6分の、最後は、藤田のバー直撃のロビングシュートにつながった左サイド攻撃。後半19分の、ドゥンガから奥へとわたり、二対二の状況を作り出してしまった攻撃。後半24分の、これまたドゥンガ演出のスーパーアタック。
そんな危険なカウンター攻撃には、常に何らかのカタチでドゥンガが絡んでいたのです。素晴らしい・・。
対するアントラーズですが、中盤を制した組立から、オーソドックスな攻めを繰り出します。組立ではビスマルク、カウンターではジョルジーニョというのが演出者です。そして同点ゴール。
それを演出したのはジョルジーニョ。皮肉なことに、それはジュビロが押し返したスキを突いたカウンター攻撃でした。中盤をドリブルで上がるジョルジーニョ。そこから、右サイドに開いた(フリーランニングした)柳沢の「前のスペース」へ、強さ、コース、質ともにパーフェクトなパスが送り込まれます。
それが完璧なパスだといったのは、柳沢が、トラップすることに気を遣わず、すぐにジュビロゴール前の状況を観察することができるくらい「受け手に優しい」パスだったからです。ですから、瞬間的に中央にいた長谷川と柳沢の「次の」展開に関するイメージが、これまた完璧に「シンクロ(調和)」するのも道理といったところ。
爆発的なダッシュを、ニアポスト側へ仕掛ける長谷川。柳沢が送り込んだセンタリングは、その長谷川のアタマにピッタリと合います。ヘディングシュート。同点ゴ〜〜〜ル!!
この試合での柳沢ですが、本当に「世界」を感じさせるプレーを展開しました。
まず、ボールがないところでの動きに磨きがかかりました。いくら才能があるとはいっても、ボールに多く触らなければ、その才能とても錆び付いてしまいますからネ。そして、相手のハードマークをものともしない「異様な落ち着き」のボールコントロール。またシンプルなパスと、勝負のリスキーパス、はたまた勝負ドリブルを効果的に使い分けてしまうメリハリの効いたプレー。頼もしいじゃありませんか・・。
この、ジョルジーニョ、柳沢、そして長谷川が演出した同点ゴールは、内容からいっても順当。そしてその後は、両チームともにダイナミックな攻め合いを展開します。
そんな展開は延長戦に入っても変わりません。中盤を制して攻め込むアントラーズ。それをしっかりと受け止め、時折ものすごく危険なカウンターを仕掛けるジュビロ。
そんなギリギリの勝負を決めたのが、アントラーズのコーナーキックだったわけですが、そこまでの緊張感溢れるゲーム内容に、「日本でも、このレベルのサッカーがもっと頻繁に見られるようになる・・」、「そして、サッカーが大衆文化として根付いていく・・」、そのことを確信したものです。
王手をかけたアントラーズ。次のカシマでの第二戦ですが、悪戯好きのサッカーの神様は、次にはどんな「必然と偶然が織りなすドラマ」のシナリオを練っているのでしょう。サッカーは、人のイマジネーションでは計り知れないことが起こるものですからネ。さて・・