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決勝トーナメント四日目(ベスト16:クロアチア対ルーマニア、イングランド対アルゼンチン)(1998年7月1日)

 この日(6月30日)の早朝、モンペリエからボルドーへ飛行機で移動しました。この区間は、エアー・フランスが飛んでいないため、ローカル航空会社のプロペラ機でのフライトです。

 ボルドーの空港に到着したのは朝の9時。気温は、ちょうど20度といったところでしょうか。昨日のモンペリエの暑さはどこへやら、今度は、上着が必要なくらいの涼しさです。これじゃ体調を崩しかねませんよね。

 でも私の感覚では、それがヨーロッパの6月、7月の典型的な気候です。昨日のモンペリエの一帯は、ヨーロッパの中でも雨が少なく、特別な気候なのだとホテルの人が言っていました。それって本当? まあ地中海沿岸の町の気候は、そんなものなのかもしれません。私は、北ヨーロッパの気候には馴染んでいるのですが、地中海となると・・(ドイツでの留学時代は貧乏学生、今のビジネスでは北ヨーロッパばかり・・)チョット足が遠のくのです。

 さてボルドーです。試合開始が午後4時30分ということなので、まず町の中心街へ行き、遅い朝食をとりました。例によって、クロワッサンにバゲット、それに今日はハムとチーズを注文し、豪華なブレックファストです。たまにはしっかりと栄養を補給しないと・・。そんなことをしているうちに、徐々に人が出始め、お昼を過ぎる頃になると、町の中心街はクロアチアの応援団が完全に占拠してしまいます。

 クロアチアの応援歌を大声で合唱しながら、縦横無尽に歩行者天国の繁華街を練り歩く彼ら。私は、三軒目のカフェに腰を下ろし、その行列を見たり、町ゆく人々やカフェに腰掛ける他の客の反応を見ていました。

 そのほとんどが好意的な反応です。確かに、大柄のクロアチア人の大声での合唱や行進は迫力満点ですし、ビール片手の行進には危険な雰囲気もありますが、それでも近くに座るクロアチア応援団に声をかけたり、にこやかに話すなど、眉をひそめる人は例外といった案配です。

 私も、隣に座るクロアチアのグループ話しかけられました。「アンタ、日本人?」。「そうだよ。アンタたちに負けた日本人だヨ。」と、こちらはウインクして見せます。「それでも今日は、日本に勝ったクロアチアを応援するからね・・」と、チョットごますり。その後は、すっかり意気投合してコーヒーで乾杯です。

 そこで興味深いハナシになりました。それは、内戦があったために、クロアチアに次の世代が育っていない・・ということです。確かに現在のクロアチア代表は才能の宝庫ですが、その次の世代には、まだあまり目立った存在はいません。シューケル、ボクシッチ、プロシネツキ、アサノビッチ、ヤルニ、ビリッチ、そしてボバンなどのスターは、軒並み30歳前後です。

 「彼らは才能集団だけれど、キャリアが終わったらクロアチアは苦労するに違いない。だから、今回のワールドカップでは頑張ってもらいたいんだけれどね・・」。クロアチアのユニフォームに身を包んだ初老の紳士が、溜息をつきながらそういっていたのが印象的でした。

 試合は、建国に意気に燃えるクロアチアが、スマートでクレバーな試合展開を見せて、これも才能集団のルーマニアにキッチリと勝利しました(1-0)。

 この試合はあまり見所がなかったので、簡単にまとめます。クロアチアの勝因は、組織プレーで、「金髪集団」(こうすればの、見分けがつき難いとでも思っていたのでしょうか)、ルーマニアを上回っていたことです。

 ルーマニアのプレーは、ハジに代表されるように、ボールを一度止め、こねくり回します。相手が焦って安易に当たりにきたら、(簡単に外せるので)チャンスになりますが、そこは同様の才能集団、クロアチアです。簡単には当たりに行かず、「次にボールが動くところ」にターゲットを絞ってアタックし、ルーマニアの意図の逆を突くように、簡単にボールを奪い返してしまいます。そして、すぐに「才能ベース」のカウンター攻撃です。それがまた効果的。とにかく、素早くダイレクトでパスを回し、最後は、決定的なスペースへ走り込んでいるシューケルやブラオビッチに、パスがスパッと通るのです。

 確かにルーマニアの方がボールをキープしている時間は長かったのですが、それはどちらかというと「持たされていた」とすることもできそうです。そしてボールの動きが停滞したところで、ボバン、アサノビッチなどが「次のパス」を狙い撃ちしてしまうのです。そしてすぐに素早いカウンター。

 そんな素早く効果的なボールの動きが、結局は相手のファールを誘い、PKを奪ってしまいます。

 その場面はこうです。右サイドでプレーされ、素早く左サイドのアサノビッチにパスが回ります。そのまま、完璧なポジションにいなかったマークの相手を簡単に外し、さあシュート体勢というところで相手に抑えられてしまったのです。そして、キッチリとPKを決めるシューケル。

 試合は、同じような流れが最後まで続きタイムアップ。個人プレーと組織プレーがうまくバランスしたクロアチアが、個人プレーにはしりすぎるルーマニアを「スマートでクレバーに」破ったといった試合でした。

 試合後、すぐにモンペリエの空港に急ぎました。次のイングランド対アルゼンチン戦をテレビで観戦するためなのですが、ただ空港でスタックしてしまいます。

 まず1900時の飛行機には、まだ出発まで10分もあるというのに、「もうダメ!」と足止め。そして次の2000時の飛行機は、納得のいく説明もなしに30分も遅延です。機内アナウンスはフランス語だけ。冗談じゃない。何やってんだヨ。少なくとも英語で、遅れている理由をちゃんと説明すべきじゃないか!

 フライトアテンダントに聞いても、「あと数分で出発です・・」などとまるで相手にしてくれない。結局、まだ空いている席を埋めるために遅れていたことが判明します。その遅れてきたヤツらは、我々に一言もなく、当然といった顔で席につきます。となりのフランス人乗客が、クビをふりながら、「ホントに・・」と嘆いています。

 我々を、自分たちの都合で30分も待たせるなんて・・。これも、顧客志向ではないことの証拠。お客さんを大事にしなければ結局自分たちが痛い目に合うんだゾ・・。

 ということで、結局ホテルに帰っていては間に合わない湯浅は、到着したパリ、オルリー空港に据え付けられた大画面テレビでその試合を観戦することにした次第。そしてそれが大正解だったのです。

 とにかくこの試合は、今大会での、これまでのベストゲーム。世界のトップ同士がぶつかり合った、最高にエキサイティングなゲームでした。決勝トーナメント一回戦で当たるのにはもったいないカード?!

 なんで、サンエチエンヌに行かなかったのだろう・・。チケットを予約する段階でボルドーを選んでしまったので仕方ない。でも・・

 この試合についてのコラムは、明日の朝にでも書こうかなと思っていたのですが、とにかく興奮が冷めてしまう前に書いてしまおうということで筆をとった次第(キーボードに向かったのです)。今は、深夜の1時を回っています。

 この試合についての解説なんて必要ないように思いますが、とにかく全体的な印象だけでもまとめます。

 まずイングランド。その守備の強さは感動ものです。また攻撃も、しっかりと長短織りまぜたパスをつなぎ、最後のチャンスメークも、スルーパスあり、ドリブル勝負あり(特に、若武者オーウェンの突破は特筆もの)、はたまた「例の」ダイナミックなセンタリングありと多彩。以前の放り込み一辺倒サッカー(とにかく中盤からでもバンバンとゴール前に、「アバウト」なボールを放り込むようなサッカー)から大幅にイメージチェンジした彼らは、その意味でも、新たに「世界デビュー」を飾ったとすることができそうです。

 対するアルゼンチン。こちらも、マラドーナ以降の新しい世代が順調に育ち、魅惑的なサッカーを展開します。そのベースは、最終守備ラインと中盤の、しっかりとした守備です。アジャラ、シメオネ、アルメイダ、ベーロンなどが堅実な守備を展開します。そしてもちろん攻撃には、バティストゥータとクラウディオ・ロペスを頂点に、二列目で自由に動き回ってチャンスメークする、オルテガという才能が揃っています。

 ただアルゼンチンの攻撃は、ショートパスベースの中央突破にこだわり過ぎです。彼らが狙っているのは、決定的なラストスルーパスだけ。それは、センタリングを上げても、イングランドの守備陣が、あまりにもヘディングが強すぎるからということなのでしょうが、それにしても・・。それが、アルゼンチンの伝統的な攻め方といえないこともありませんが・・。

 イングランドのベッカムが、後半早々に退場になり、アルゼンチンが試合を支配し続けている時間帯には、その傾向がより強くなっていきます。

 イングランド守備陣は、そんなアルゼンチンの攻撃スタイルに合わせるように中央に人数をかけ、素早いショートパスにも、ほとんど組織が崩れません。「ボールがないところでの守備」が忠実なだけではなく、次のパスを予測したクリエイティブなディフェンスも健在なのです。特に最後の時間帯、そして延長戦での守備は感動ものでした。それだけではなく、完全に押し込まれているとはいえ、10人でもまだ、しっかりとリスクチャレンジの攻撃を仕掛けようとするのです。

 あれだけ押し込まれていても決して「心理的な悪魔のサイクル」には落ち込んだり消極的になったりせず、最後までアクティブなサッカーを展開する。それこそ「世界」の証明といったところでした。イングランドの選手たちは、しっかりと耐えていれば、ワンチャンスのカウンター攻撃やセットプレーなど、いつか必ずチャンスが巡ってくる・・。そのことを、心の底から信じて積極的なプレーを続けていたのです。世界の頂点を極めようとする歴戦の勇者たちの戦う姿勢を見た思いでした。

 この試合は、フィジカル、サイコロジカルなど、いろいろな意味で「限界」の闘いでしたが、それでも、最後まで集中を切らさずに戦い続ける両チーム。アルゼンチンは、強烈に攻めながらも、守備のバランスを崩さないところもサスガでした。

 そしてPK戦。イングランド最後のキッカー、バッティーのシュートがアルゼンチンGK、ロアに止められて試合終了。エキサイティング、そしてドラマチックな結末ではありました。

 試合が終了した後のイングランドの選手、監督、コーチたち。確かに落胆はしていますが、その表情からは全力を出しきった満足感さえも感じられました。

 これから始まる準々決勝以降の闘いでは、サンエチエンヌの競技場で繰り広げられたこのような素晴らしいサッカー、そしてドラマを何度も体感できるはずです。期待しましょう。




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