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準々決勝、最終日(アルゼンチン対オランダ、ドイツ対クロアチア)(1998年7月4日)

 パリからリヨンまでの、「TGV」での移動は快適そのものでした。移動した距離は、約460キロ。それを二時間で突っ走ってしまいます。揺れないし、シートも快適。

 それでも窓の外の景色は、緩やかな起伏が続く、典型的な老年期の地形が、ずっと二時間ですからね。チョット飽きてしまいました。パリを出て15分もしたらもうその景色になって、最後までまったく変化がありません。何度かウトウト・・。そして目を覚ましても、外の景色に変化なし。時計を見たら、何だ、もう30分も寝ていたのか、それなのに景色は・・。

 今、リヨン駅近くのキャフェで、テレビのある場所を探し、そこの正面に陣取ってキーを叩いています。コンピューターのバッテリーがなくなってきたので、近くのコンセントからチャッカリ電源をいただているのですが、やはり気になり、キャフェのオーナーに話しておくことにします。

 そのオーナー、「いいよ、いいよ・・もちろんいいよ」「アンタ日本人かい?」「そう」「オレ、四年前に日本にいったことがあるんだヨ」「へー、そうなんですか」「あんた、コンピューター叩いたりして、ジャーナリストかい?」「まあ、そんなところです」「日本はいいサッカーやったのに残念だったな」「まあ、いいサッカーかもしれないけれど、でもあれじゃまだ世界では勝てないよネ」「でも次のワールドカップは日本だろ!それまでにはもっと強くなっているさ」「だといいんだけれど」・・・。

 こちらは、テレビに写される両チームのラインアップに気をとられ、何となく受け応えが散漫。電源貸してもらっているのに・・ゴメンネ。

 私のテーブルの周りには、たくさんの人が集まっています。それこそ呉越同舟。ドイツのユニフォームに身を包んだジャーマンサポーター。クロアチア、スペイン(もう負けちゃいまいたがね)、ブラジル、もちろんフランス、中にはアルゼンチンのユニフォームを着ている人もいますし、オランダもいます。彼らは、何故ここにいるんだろうか・・???

 さて試合です。

 最初から両チームの特徴が明らかに出ている展開です。オランダは、大きく素早いパス回しから、最後は、ベルカンプ、クライファート、はたまた後方から押し上げるダビッツなどが(リスクチャレンジの)単独勝負を仕掛けたり、ダイレクトパスをつないだり、はたまたセンタリングやロングシュートにトライするなど変化に富んだ攻撃を組み立てます。

 対するアルゼンチンは、例によって、ドリブル、ショートパスからの「スルーパス」狙いというのが基本的な攻め方です。

 アルゼンチンの場合、ドリブルやショートパスをつなぐだけとはいっても、そこでのボールの動きが早く変化に富んでいるだけではなく、バティストゥータ、クラウディオ・ロペスなどが繰り広げるフリーランニング(パスを受ける動き)も爆発的で、マークの裏を突くレベルが高いものだから、頻繁にかなり危険な状況をつくり出してしまいます。まだそれに馴れきっていないオランダの最終守備ラインが、クルクルと翻弄されてしまう場面もしばしばです。

 ただ前半11分、オランダが先制ゴールを決めてしまいます。中盤からドリブルで持ち込んだロナルド・デブールから、ペナルティーエリアの左角にいたベルカンプへ浮き球のパス。ベルカンプはそのままヘディングで中央へ流します。そこに、ピッタシカンカンのタイミングで走り込んでいた(この、予測ベースのフリーランニングが秀逸)、クライファートが、右足で、アルゼンチンGK、ロアの身体の上をフワッと浮かしたシュート。素晴らしい、「ゴールへのパス」でした。

 キャフェの中が静まり返ってしまいます。手を挙げて喜んだのは数人といったところ。ここではオランダファンは完全にマイノリティーなのです。

 そして前半16分、今度はアルゼンチンのスルーパスが見事に決まり、クラウディオ・ロペスが、決定的なスペース(相手の最終守備ラインとGKとの間のスペース)でパスを受けます。前にはオランダGKのみ。そんな状況でもロペスは落ちついたもの。GKの揺動アクションにまったく動ぜず、最後はGKの股を抜く「コロコロ・シュート」。これも素晴らしい「ゴールへのパス」でした。

 世界では、こんな決定的な場面でゴールを確実に決められなければ、ゴールゲッターとして、参加条件さえ満たしていないということになってしまうのです。

 キャフェの中は、予想したとおり大騒ぎ。「アルヘンチナ!アルヘンチナ!」の大合唱です。とはいってもオランダファンと険悪な雰囲気になるのではなく、互いに和気あいあいと心からサッカーを楽しんでいる様子。これが、世界のサッカーファンの大勢です。フーリガンは、ごく少数ということなのですが、メディアが彼らの粗暴な行動ばかりを大々的に報道することが、サッカーファンに対するイメージダウンにつながっている?! もっと「文化接点」としてのサッカーも採り上げて欲しいものです。

 その後、試合は膠着状態に入ります。とはいっても、どちらかというとオランダのダイナミックで変化に富んだ攻めの方に一日の長がありそう。オランダが何度も決定的なチャンスをつくり出してしまうのです。確かにアルゼンチンの攻めも魅力的なのですが、オランダの方がより効果的、効率的に相手ゴールを脅かすことができる「ロジック」な攻めを展開しているといったところです。

 試合は、トーナメントの一発勝負ということで、両チームともに積極的に攻め合うなど、非常にエキサイティング。見ている観客たちも(いえ、キャフェの客でした・・その数100人といったところ)、数分ごとに「オー!!」という雄叫びをあげます。時には、アルゼンチンのチャンス、時には、同じくアルゼンチンのピンチです。

 後半はもう完全にオランダペース。アルゼンチンは、ハーフウェイラインを越えることもできません。これでは・・と思っていた18分、一瞬のスキを突き、ベーロンがドリブルで攻め上がります(例の、「タテのスペース」をつなぐドリブル)。そして右サイドで待つバティストゥータへパス。彼はそのまま単独勝負でシュート!「バカーン!」。オランダの左ポストが揺れます。そしてその1分後には、今度はオランダのクライファートのバーに当たるヘディングシュート。これまた「バカーン!」。これこそワールドカップの決勝トーナメント!! 

 それにしても、あれだけ押し込まれている状況から、勇気をもって押し上げ、最後のフィニッシュまでいってしまうアルゼンチンにも脱帽です。アルゼンチンは、心理的に落ち込んでいるわけでは全くありませんでした。物理的に押し込まれている状況での、ワンチャンスをしたたかに狙う「猛禽類」のスピリット。そこに、「精神力」などと表現するにはあまりにも単純すぎる、彼らの長い歴史を感じます。

 30分、シメオネに対するファールで、オランダのヌーマンが退場になってしまいます。キャフェの中は拍手喝采。ここからは、オランダは10人で戦わなければなりません。ドラマの予感・・。

 そして41分。今度は、押し込んでいたアルゼンチンのオルテガが、オランダGKへの暴力ということで退場です。これで再び同人数での戦いに戻ってしまいます。

 そんな喧噪のなか、勝負はあっけなくついてしまいます。オルテガが退場になった直後の44分。オランダ守備ラインからの超ロングパスを、タテにフリーランニングしていたベルカンプが、ボールを止める瞬間にアジャラ(だったとおもうのですが・・)をかわし、そのままシュートを決めてしまうのです。

 別にアルゼンチンが「エアーポケット」に入ったわけではありません。ベルカンプには、しっかりと二人もマークがついていたのですからね。

 アバウトではなく、意図のあるロングパスが、ピッタリのタイミングでスタートしたベルカンプに、ピタッと合い、最終的な局面で、ベルカンプの「才能」が発揮されたトラップ(ボールのストップ)でゴール!!

 昨日のフランス対イタリア同様、この試合もドラマチックな幕切れではありました。試合後になって、私の隣に座っていた紳士が、アルゼンチンからのツーリストだと分かりました。あまりにも英語がうまかったので、私はてっきりアメリカ人かと思っていたのですが・・。彼は苦笑いしながら、「じゃ、2002年にまたな・・」といって、ご夫婦で慰め合いながらキャフェを後にします。その後ろ姿にも、こんなギリギリの勝負を、世界の舞台で何度も繰り返してきた(その証人になってきた)彼らの歴史を感じた湯浅でした。

 さて、これからリヨンの競技場へ向かい、ドイツ対クロアチアのゲームを見ます(ベスト8の最終試合)。どちらに転んでも、歴史の証人になるつもりです。

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 あ〜〜あ、やっぱり今回のドイツにはポテンシャルが足りなかったんだな・・。

 いま、このコラムを、リヨン駅前にあるホテルのロビーで書いています。フロントのオニーサンが親切で、電車が出発する午前二時まで、そこで書いてていいヨ・・ということになったのです。

 それにしても気が重い。いくらドイツの敗戦についてはもう納得できているとはいえ、これから二時間も電車を待ち、そして二時間かけてパリまで戻る。感情的にはドイツが負けて本当にガッカリしているし、その上に・・。あ〜〜あ、気が重い。

 この試合、ドイツの立ち上がりは非常に好調でした。ゲームを支配しているし、何度か決定的なチャンスも迎えます。総合力では明らかにドイツの方が上なのです。ひとまず安心といったところ。

 私が座った席は、クロアチア応援団のまっただ中。彼らはまず座ろうとしません。そして大声で応援歌を歌い続けます。周りにはフランス人の観客もいるわけで、競技場の係員も必死で彼らを座らせようとします。それでも、スグに立ち上がってまた歌い出す始末。仕方がないから、こちらも大事な場面では立ち上がって観戦です。

 クロアチアにとって、この試合が非常に重要な意味があることは「準々決勝の見所」の記事に書きました。彼らのテンションは最高潮ですし、それを冷やすスベなど誰も持ち合わせていないということのようです。

 試合は、完璧で強い守備ラインをベースに、ドイツがコントロールし続けます。ただ何となく、いつものダイナミズムが感じられません。とにかくこのまま前半終了で、後半にパワーアップだな・・。などと考えていた矢先に、コトが起きてしまったのです。

 私にはよく見えませんでしたが、ヴェルンスが、シューケルを正面から引っかけてしまったようです。ギリギリでボールに触れるタイミングだったので、そんなに汚いファールというわけではありません。ただ、そのときのシューケルの倒れ方の大げさなこと。これは何か重大な結果を招くかもしれない・・そんな不安がよぎったそのとき、レフェリーが、ヴェルンスにレッドカードを突きつけたのです。

 前半終了間際の39分のことでした。顔を手で覆うヴェルンス。これからドイツは、10人で戦わなければなりません。それも現実。世界でのギリギリの勝負を知っている彼らにとっては、現実を受け入れるのはそう難しいことではないに違いない、と思っていたのですが・・。

 そこから、今度はクロアチアが大攻勢をかけてきます。それでも、何とかしのぐドイツ。ヴェルンスは、最終守備ラインに、なくてはならないストッパーだっただけに、その後の守備ラインの調整に苦労しています。ハマンが下がり、ハインリッヒが中央寄りにポジションをとったりなど、ポジションがすっきり固まりません。そしてその間隙を突いて、クロアチアの左サイドバック、ヤルニに先制点をたたき込まれてしまうのです。

 まず右から攻め込んだクロアチアが、シュートできる体勢にまで迫りました。ドイツの守備陣はそのサイドに集結しています。ただ彼らはシュートまでいかず、左サイドのヤルニにパスを回してしまうのです。一瞬ガッカリするクロアチアファン。ただそのヤルニが、まったくフリーだったこともあり、そのままシュートにトライしたのです。蹴られたボールは、見事にドイツゴール右スミへ。先制ゴ〜〜ル!

 この時点で私は、一つのことしか考えていませんでした。それは、逆境になればなるほどチカラを発揮するドイツ・・ということです。前半終了間際に一人退場になった。そしてロスタイムに入ってから失点してしまう。これほどの逆境はありませんからね。さてここからだ、そう思ったものです。

 私はそのとき、強いときのドイツのイメージを抱いていました。それは、チーム全体のパフォーマンスが二倍にも三倍にも膨れ上がってしまうイメージです。一人ひとりの運動量がまず二倍になり、それに伴ってチーム力も二倍、三倍にふくれあがる。そして相手を押し込み、心理的な悪魔のサイクルに陥れてしまう。そうなったときのドイツは、実際には10人でも、12人、13人でプレーしている錯覚を与えるほどのパワーを発揮するのです。

 ただ今回は、違っていました。後半からの彼らは、確かによりダイナミックに、そしてアクティブになり、10人ということを感じさせないサッカーは展開しました。それでも、そのパワーは、私が抱いていたイメージには遠く及ばないのです。それは、10人が、ギリギリの11人になった程度のパフォーマンスアップにしか過ぎませんでした。

 対するクロアチアは、驚くほど冷静に対処します。西ヨーロッパ諸国でのトッププロリーグで活躍する彼らは、十二分に、「勝負のアヤ」を学びとっていたようです。ドイツの大攻勢に動じないだけではなく、しっかりと攻守のバランスをとった上で、驚くほど冷静に、効果的で冷徹なカウンター攻撃を仕掛けてしまうのです。

 これはダメかも知れない・・。コーナーキックからのチャンス。フリーキックからのチャンスをモノにできないドイツ。逆に、決定的なカウンターチャンスが増えていくクロアチア。そんな試合展開に、鳥肌が立ち、心底ガッタリしながらそう思ったモノです。これは、ダメだな・・。

 そして、ブラオビッチ、シューケルがダメ押しゴールを決めて万事休す・・。

 残念ですが、成熟したクロアチアチームは、そう簡単に崩れるほど脆くなく、逆に、ドイツチームのポテンシャルも、峠を越えていたのでしょう。一つの時代(1990年のワールドチャンピオンが中心になった、現在のドイツ代表世代)の終焉を感じていました。

 私は、いくら年齢的に高いとはいえ、今回のドイツに対してもある程度の期待をもっていました。それは、ワールドカップ前の、ブラジルとのトレーニングマッチで見せた彼らの素晴らしいパフォーマンスのイメージが残っていたからです。

 確かに、開幕当初から、主力になるべきメラーの調子が最低、他の選手たちの調子も上がらない、ラインアップがコロコロ変わる、そして選手のポジションもクルクル変わる・・など、問題が山積みしていました。それでも、いつかは・・と期待していたのです。

 もっといえば、このクロアチア戦の前半が終了した時の逆境が、逆に、彼らが再生する強烈な刺激になるに違いないとまで思っていたのです。

 正直に、今回のドイツ代表に関して、私の読みが甘かったと認めざるを得ません。これからのドイツは、世代交代で苦労するだろうナ・・。サッカーでは、ドイツが第二の故郷でもある湯浅は、それを考えて、心が重くなってくるのです。

 ワールドカップ後に、ドイツのプロサッカーコーチ連盟の国際会議に参加します。そこでどのようなコトが話されるのか・・。

 建国の意気に燃えるクロアチアは、これで世界のベストフォーに入りました。次の準決勝では、地元のフランスと対戦します。世界がクロアチアに注目し、代表チームの勇士たちが為した成果を祝福していることでしょう。コングラッチュレーション・・クロアチア!

 さて、私の乗る列車の時間が近づいてきました。まだ気が重い湯浅ですが、明日は、またカルチェラタンにでもいき、気に入ったキャフェに座って残った原稿でも仕上げよう・・。では、次は、準決勝です。明日には、心落ちついたところで、準決勝の見所についてレポートします。では・・




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