この映画は、ドイツでの興行収入3週連続トップで、これまでに360万人もの人々を動員した大ヒットになったとのこと。サッカーをしっかりと文化的な社会的存在として捉えるというベーシックな制作視点と、豊かな表現力(脚本力)からすれば当然の帰結だと思います。
当時の(西)ドイツ代表監督は、近代ドイツサッカーの父と呼ばれるゼップ・ヘルベルガー。長年ドイツ代表の監督を務めただけではなく、コーチ養成システムの生みの親でもあります。実際に会ったことはありませんが、ドイツサッカーの伝説的スーパーコーチ故ヘネス・ヴァイスヴァイラーや、日本サッカーの恩人デッドマール・クラーマー、読売サッカークラブ時代の私のパートナーだったルディー・グーテンドルフ等々、とにかくドイツサッカー史に残るコーチ連中は、全てヘルベルガーの「息子たち」なのです。
また選手たちにしても、私も実際に会ったことがあるフリッツ・ヴァルターやヘルムート・ラーン、マックス・モアロック、ハンス・シェーファー等々、とにかく懐かしい名前のオンパレード。わたしの当事者(参加)意識は最高潮にヒートアップしっぱなしでした。
とはいっても、私がもっとも深く感動したのは、サッカーを媒介にして親子がより深く分かり合うプロセスとか、ダークホースだった(西)ドイツの優勝を支えた監督ゼップ・ヘルベルガーの「ストロング・ハンド」でした。また、記者会見でのヘルベルガーの対応とか、予選リーグでハンガリーに「8-3」と敗れた夜に宿舎を抜け出して泥酔したヘルムート・ラーン(その後、決勝で2ゴールを挙げてヒーローになる!)を目撃したヘルベルガーが、ホテルの掃除のおばさんと(胸襟を開いて)素直に会話することで癒され、コーチング(心理マネージメント)のヒントをもらうシーン等々、伝説的な天才スーパーコーチの優れた仕事コンテンツがうまく表現されていることにも感動させられました。
サッカーのシーンでは、たしかに「ぎごちなさ」はあったけれど、それはそれで本格感はバッチリでしたよ。それに、W杯をコアにしたファミリードラマも素晴らしかった。そこでは、10年ぶりにロシアから復員し、心身ともにボロボロの父親と、サッカーを愛する思春期の息子が、サッカーを通じて大きな溝を埋めていく・・。人類史上最大パワーを秘めた「異文化接点」であるサッカーの面目躍如ってな具合です。
以前サッカー批評でドイツサッカーに関する文章(タイトル:ドイツサッカーの光と影)を発表したとき、そのなかで、この映画のコアになった1954年スイス大会について、こんなことを書きました。
・・世界サッカー地図におけるドイツ・ブランドの「イメージ価値」の底流にあるのは、ドイツサッカーが積み重ねてきた栄光の歴史・・その原点が、西ドイツがはじめて世界の頂点に立った1954年のスイス大会だった・・それも、マジックマジャールと呼ばれて世界中から恐れられていたスーパーチーム、ハンガリー代表に競り勝って手にした栄冠である・・
・・実は西ドイツは、予選リーグでもハンガリーと対戦していた・・そして「8-3」という大敗を喫していた・・ただそれは、知将ゼップ・ヘルベルガーによるクレバーな作戦だった・・予選リーグを一位で通過したら、決勝トーナメントで、ブラジル、ウルグアイという強豪と当たらなければならない・・予選リーグでハンガリーと闘った西ドイツ代表は、7人もの主力選手を温存してゲームに臨んだのである・・しかし決勝では、予選リーグの圧勝で心理的なスキが生じていただけではなく、準々決勝、準決勝で当たったブラジル、ウルグアイとの死闘で精力を使い果たしていたハンガリーを見事に下し、世界の頂点に立つ・・まさにその大会が、ドイツ神話の始まりになったのである・・
とにかく、湯浅に騙されたと思って「ベルンの奇蹟」をご覧アレ。絶対に損はしませんし、ハッピーな感覚に包まれること請け合いですよ。