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2006_クラブW杯・・「こんな」クラブ・アメリカでも、相手がバルサとなったら、まったく違うサッカーを展開するんだろうな・・(チョンブクvsクラブ・アメリカ、0-1)・・(2006年12月11日、月曜日)

このゲームも、昨日のオークランド対アルアハリ戦と同じような「構図」でした。総合力で優るクラブ・アメリカの攻め込みを分厚い守備ブロックではね返し、最前線のブラジル人をコアにした危険な蜂の一刺しカウンターを仕掛けていくチョンブク・・。

 とはいっても、クラブ・アメリカにしてもチョンブクにしても、昨日の両チームよりは全体的なレベルは格上だったから、ゲームコンテンツには、少しはましな注目ポイントがありました。

 まず、総合力では明らかにチョンブクを上回るクラブ・アメリカ。昨日のアルアハリとは違い、しっかりと「ウラスペース」を突いていた。もちろんそれは、ボールがないところでのプレーの(仕掛けイメージの)量と質が優れていたからに他なりません。まあ、それも前半だけだったけれどね。そこでの、ショート・ショート・ロングというリズムから送り込まれる決定的スペースへの(ウラ突きの)ラストパスは秀逸だった。パスターゲットは、言わずと知れたクラウディオ・ロペス。まさに「ボールがないところでの勝負師」というにふさわしい存在感でした。

 とにかく、クラウディオのボールがないところでの決定的なパスレシーブの動き(決定的スペースへの爆発フリーランニング)は素晴らしかった。それこそが、本物の「パスを呼び込む動き」。それがあったからこそ、周りの味方も、ボールを動かしながら、しっかりと最終勝負をイメージしつづけられたというわけです。

 前半20分あたりの決定的シーン。クラブ・アメリカ10番のブランコから決定的スペースへ送り込まれたアーリークロスが、クラウディオの「呼び込む動き」にピタリと合ったシーンは鳥肌モノでした。そのシーンでのクラウディオは、チョンブク最終ラインの手前10メートルから超速ダッシュをスタートし、あっという間に、決定的スペースへ飛び出していましたよ。そこでのチョンブク最終ラインは、まさに「ザル」でした。それ以外でも、クラウディオのボールなしの動きがチャンスメイクのキッカケになったシーンは何度もありました。まさに、クラウディオ様々ってなところ。

 そんなシーンを見ながら、これはアメリカのゴールは時間の問題だな・・なんて思っていたものです。それが後半では・・。

 後半のチョンブクは、明確なチーム戦術イメージをもってグラウンドに戻ってきました。中盤から(特にサイドゾーンから)最終ラインにかけての守備組織をより強固にし、そこから必殺のカウンターを仕掛けていくというメリハリあるイメージ。そして、それが見事にツボにはまります。まったく裏を取れないクラブ・アメリカに対し、1本、2本と、カウンターから決定的なチャンスを作り出すチョンブク。あの流れは、まさにチョンブクの思うツボ。まさしくそれは、オークランド対アルアハリの前半の投影でした。

 そんなジリ貧の展開のなかで飛び出した、クラブ・アメリカのワンチャンスゴール。まあ、少ないチャンスをモノにするという視点では、本当に大したモノだと思ったものです。

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 昨日と今日の「予選マッチ」を観ながら思っていたことがあります。その一つが、アジアやアフリカには、全体的な(ボールがないところでの)動きの量と質が十分ではない(足許プレーしかイメージできていない!?)ボールプレイヤーが生き延びられる環境があるという視点。

 アジアやアフリカでは、個の能力は高いにもかかわらず、まだ組織的な戦術レベルで大きく後れを取っている。だから、良いサッカーが、勝負にこだわるガチガチの対処戦術(規制)サッカーに凌駕され潰されてしまうケースの方が多い。それに対してヨーロッパや南米では、サッカーの内容が、より高い「確率」で結果に反映される。

 相手の良さを潰すという後ろ向きタイプのサッカーが勝利しつづけるアジアやアフリカといったところかな。だから、ワンチャンスの具現者としての(外国人傭兵などの)ボールプレイヤーが重用され幅をきかす!?フムフム。

 ヨーロッパや南米じゃ、(もちろん例外はあるよ!)才能に恵まれた上手いヤツらが、汗かきのディフェンスにも精を出すし、ポールのないところでもしっかりと動きつづけるような組織プレーにも全力を尽くさざるを得ない環境が整っているということです。だから、個の才能レベルに見合うだけのチーム総合力を発揮できる。もちろんそれは、才能を単純に総計したチカラだけではなく、効果的な組織プレーによって、ベーシックな個のチカラが何倍にも膨れ上がる相乗効果のことですよ。

 まあヨーロッパや南米では、攻守にわたるハイレベルな組織(戦術)プレーに対する理解が浸透しているだけではなく、選手は常に、チーム内に厳しい競争にもさらされているからね。深く浸透した本物のサッカー文化という環境。それこそが人や組織を育てるということです。

 そして、試合を観ながら考えていたもう一つの視点が、第一戦では低級なサッカーしか展開できなかったアルアハリやクラブ・アメリカだけれど、準決勝でインテルナショナルやバルセロナと対峙したときには、全体的な(ボールなしの)動きの量と質が何倍にも膨れ上がるんだろうな・・ということ。

 何といっても、サッカーは本物の心理ゲームだからね。準決勝では、アルアハリとクラブ・アメリカが、オークランドとチョンブクのように、最高のモティベーションでギリギリまで闘うに違いないと確信しているのですよ。本当に興味をそそられる。さてどうなることやら・・。

 




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