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2006_ワールドカップ日記・・徐々に環境順応が前進しはじめている湯浅です・・(2006年5月21日、日曜日)

どうも皆さん・・。ドイツに到着して二日目を迎えました。時差ボケからの解放や気候への慣れなど、徐々に「環境順応」がポジティブに回りはじめています。

 内容が濃くならないこともあるだろうけれど、とにかくこれからは、できる限り頻繁に、様々なテーマを日記的に記録することにします。手始めとして、いま泊めてもらっている30年来の親友、ウリ・ノイシェーファーの自宅がある「シュレスビッヒ・ホルシュタイン州」を軽く紹介することにしました。それも、写真入りで・・。

 ウリ・ノイシェーファーは、以前にも紹介したことがあるけれど(右の写真は、自宅と彼のファミリー)、1974年(前回のドイツワールドカップの年)に、当時の東ドイツから脱出してきた逃亡者です(当時の西ドイツは、東ドイツも同じドイツ人であるという原則を維持していたから、東ドイツから逃げてきた人々のことを亡命者とは呼ばなかった)。

 ウリ・ノイシェーファーは、東ドイツから、知り合いが運転するメルセデスのトランクに隠れて西ドイツ(西ベルリン)へ逃げてきました。東ドイツ領内のほぼ中央に、独立した「孤島」のように存在していた当時の西ベルリン。西ドイツの人々が西ベルリンを訪れる場合、空路や鉄道を利用するか、許可されている三本のアウトバーンを通って自動車で移動するしかありませんでした。そんな状況で、ウリは、アウトバーンを使って西ベルリンへ向かう友人に途中(東ドイツ領内)でピックアップされ、そのまま西ベルリンへ入るチェックポイントでの厳しい検問をうまくすり抜けて西ベルリンへ入ることが出来たという次第。

 簡単に書いたけれど、この逃亡プロセスでは、逃げ出すことを決心するまでの経緯や、西ベルリンへ入る検問所での「神経戦」、はたまた「解放され」てから西ドイツのパスポートを交付されるまでの様々な出来事など、ものすごいハイテンションのドラマが繰り広げられました。以前、それについてドキュメンタリー的なノンフィクションを書きはじめたことがあったけれど、様々な事情で、結局オクラ入りになってしまった。他にも、3日間もかけて東ドイツとチェコとオーストリアにまたがる湖に身を潜めながら逃げたヤツとか、バルト海を泳いで逃亡した強者など、エキサイティングな逃亡ドラマ(素材)には事欠かなかったけれど・・。

 不思議なことに、いまでも私が付き合っている連中は、そのほとんどが「逃亡者」たちです。医者になったり、弁護士になったり、堅実なビジネスを展開したり・・。彼らは、逃亡によって失うものも多いという「現実」と対峙していたにもかかわらず、自らの意志で自由を選択しました。私が経験できない「種類」のリスクチャレンジを行動にうつした連中なのです。私は、その後に彼らが対峙しなければならなかった「真実」を深く体感しました。だからこそ、いまでも彼らに対して心からの敬意を払っています。

 あっと、またまた蛇足が長引いてしまった。さて、「その」ウリ・ノイシェーファーが住むシュレスビッヒ・ホルシュタイン州。オランダのフリースラント地方が原産地で、ドイツのホルシュタイン地方で改良された「ホルスタイン牛」で有名だから聞いたことがある方も多いに違いありません。州都はキールです。ドイツ国内のロケーションは、ワールドカップ開催都市の一つであるハンブルクよりも北に位置するドイツ最北の州であり、その北端にある小規模都市フレンスブルクは、デンマークと国境を接しています。そしてそのフレンスブルクに、整形外科医のウリ・ノイシェーファーが住んでいるというわけです。上の写真が、造船や「ノキア」などの産業がある港町フレンスブルクの外観です。

 シュレスビッヒ・ホルシュタイン州は、緩やかな丘がつづく老年期の地形。まさに、ドイツ人が「フラット・ランド」と呼ぶとおりの外観じゃありませんか。写真のように、まさに見渡す限りの畑と森という景色が延々とつづきます。

 今回の記事で紹介するのは、私がもっとも気に入っているバルト海につながる入り江の小さな町、エッケルン・フェルデ。まさに、ドイツのおとぎ話に出てくる港町・・ってな風情です。今でも漁業が細々と行われてはいるけれど、基本的には観光産業で町の経済は成り立っています。そこには、ミニチュアの「表参道」があり、一年中、癒しを求める観光客で人通りが絶えません(写真は、ちょうど開催されていたシュレスビッヒ・ホルシュタイン祭り・・だから表参道が人でいっぱい・・普段は、もっと落ち着いています)。以前わたしも、何度も何度も、その短い表参道を往復したものです。そこには、ドイツ人が思い描く、伝統的なバケーションイメージが詰め込まれているというわけです。とにかく、湯浅お勧めのメルヘンビレッジなのであります。

 またシュレスビッヒ・ホルシュタイン州は、縦横に入り組む「運河」や数多くの小型湖(沼や池)などでも有名。そんな水が豊富な景色が、独特のメルヘンチックな雰囲気を醸(かも)し出すっちゅうわけです。もちろんそれは「フラット・ランド」だからこそ。中には、北海とバルト海を結ぶ大規模な「人工運河」もあり、大型船舶も往来します。そして、そんな大型の運河を細かく結ぶのが、縦横に入り組んでいる狭い運河なのです。写真は、そんな小型運河の両岸を結ぶ連絡船。クルマは、片道300円です。この村は「ミスンデ」といって、有名な観光スポットでもあります。とにかくシュレスビッヒ・ホルシュタイン州には、様々な小規模観光スポットが至るところに点在しているのですよ。

 まさに「癒しの空間」シュレスビッヒ・ホルシュタイン州。一度は訪れてみる価値はありまっせ。

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 昨日ハンブルクに到着した後、モバイル環境とクルマをチェックし、その機能性をテストしながら、より確実なグレードアップを模索している最中の湯浅なのですが、とにかく今日は、まず環境順応が大事だと、リラクゼーションを主眼に置いた活動に時間を割くことにした次第。

 モバイル環境ですが、考えていた「ブロードバンド」の無線モデムでは、まだメイカーからドライバー(ソフトウェア)が用意されていませんでした。もちろん「それ」は、私のコンピュータが「アップル」だから(アップル対応はいつも後回し!)。サポートしてくれているハンブルクのパートナー会社の方曰く。「そうか・・残念ですね・・例によって、アップル・アンラックということですね・・とにかく、アップル用のドライバーが用意されるまでは、前のタイプで我慢してください・・」。ということで、まあ今のところは、以前の「ISDN」レベルの通信スピードで我慢しているという次第。

 でもクルマは、希望通りのタイプが手に入りました。長く借りますからね、やはりストレスが溜まらないモノじゃなきゃね。メルセデス「C」クラス・セダン・ディーゼル・・。サイズもちょうどいいし、軽いし、パワフルだし、燃費もいいし・・。もちろんナビゲーション・システム完備です。明日には、フレンスブルクからハンブルクへ行き、そこでのミーティングを済ませた後は(ドルトムントや、シャルケのゲルゼンキルヒェンがある)ルール工業地帯(≒ドイツでのサッカーのメッカ、ノルトライン・ヴェストファーレン州)まで下っていきます。そこで様々なサッカー関係者と情報交換したり、そこを起点に動き回って各国のテストマッチを観戦したり。とにかく、なるべくストレスを溜めないようにクリエイティブに動き回るつもりです。ではまた日記的にレポートしますので・・。

 



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