トピックス


2006_ワールドカップ日記・・ワールドカップ開幕直前の、長〜い「四方山(よもやま)話」・・(2006年6月7日、水曜日)

「アララッ、パンクだ・・」。今朝、出掛けるときにクルマを点検していたら、左側のリアタイヤの空気が少し減っていることに気づきました。今のタイヤは、こんな変な空気の抜け方はしない。ということで、「チェッ・・釘でも刺さったな・・まったく面倒なことになった・・」なんて、舌打ちしていたのですよ。

 地面の釘が、前輪に踏まれることで「持ち上がり」、次の瞬間に通過する後輪にブスッと突き刺さるという例のパターン。クルマの横をすり抜けていくオートバイではよくあることです。釘やゴミなどは道路の脇にたまるからね。それでもクルマの場合は本当に希。ついてネ〜な、ホントにもう!!

 こちらでは、パンクを修理してくれるガソリンスタンドなどほとんどないに等しいからネ。クルマを修理するためには、ガソリンスタンドに「自動車のマイスター」がいなければならないのだけれど、今のドイツのガソリンスタンドは、油関係だけではなく、簡単な食料品や日用品、新聞雑誌なども揃える、まさに日本でいう「コンビニ」になっていますからね、マイスターを置いているようなところは少ないのです。だから修理工場を探さなければならない。面倒くさい・・

 ・・ってな悪態を吐いていた次の瞬間、ハッと気づいた。「そうだ、ハイコに頼めばいいんじゃん・・」。ハイコは、自動車修理工場のチェーンを経営する敏腕の自動車マイスター。彼を紹介してくれたのは、私のドイツ留学時代からの親友の一人であるベアーテ。それからは、サッカーとシャルケ04の熱烈なファンでもあることから、ドイツに行くたびに楽しいサッカーディベートを展開したものです。でもそのハイコは、経営者だからもう現場に出ていないだろうし、いまじゃ地元の名士でもある。そんなにイージーに頼めるものだろうか・・。

 でもそこには、ハイコの幼なじみでもあるベアーテがいる。彼女のオフクロさんも、留学当時は、私のことをまるで息子のように世話してくれたものです。オヤジさんも本当に心の優しい人「だった」んですよ。ということで、今でもドイツへ行くたびに旧交を温めているというわけです。ベアーテは、昔から服飾やバッグなどのデザインと制作を手掛けていたのですが、徐々に業界で知られる存在になっていきました。まさに、継続こそパワーなり。今では、自分でデザインや制作をするだけではなく、スクールを開校したり、メーカーと共同制作したりと、忙しい日々を送っていますよ。また旦那のペーターもナイスガイ(彼は弁護士)。今回も、招きに甘え、彼らのところに大きな荷物を置かせてもらって動き回ることにした次第なのです。

 「ついてないわね・・ちょっと待っててね」と、すぐにハイコに電話を入れてくれるベアーテ。いまでも相当な美人でっせ。そして、例によってのものすごく元気な口調で、「あらら、もう仕事をはじめちゃったの? ところでサ、ケンジのレンタカーがパンクしゃったみたいなのよ。すぐに直してくれる? いますぐ彼をそっちへ送るから・・」だってさ。それに対して、朝8時だったから仕事をスタートしたばかりのはずだけれど、快く「すぐに来いよ!」と言ってくれたハイコでした。感謝です。

 彼が経営する修理工場には30人ほどのエンジニアが働いています。そして工場に入るなり、2-3人の人たちに取り囲まれ、すぐに事務所へ連れて行かれた。もちろんそこには、ハイコがコーヒーを用意して待っていてくれた。見た目は硬派だけれど、彼もまた、いたって心優しく気持ちの良いヤツなのです。まあ、サッカーマンだからね。そして、例によってすぐにサッカーの話題に花が咲く。

 「日本チームは本当に素晴らしいサッカーをやったよな・・テクニックでも戦術でも、ドイツは完全に負けていた・・日本のサッカーを見ていて、すぐにオマエのことを考えていたよ・・とにかくこれで、ドイツでの日本のイメージは何倍にもアップしたよな・・言わなくても分かっているだろうけれど、俺たちは、やっぱりアジアを甘くみているからな・・」等々、花が咲きっぱなしなのですよ。そんな雰囲気のなかで、ちょっとシリアスな質問をぶつけてみることにしました。

 「ところでハイコ、チケットの入手は難しいんだって?」と湯浅。「そうなんだよ。もうほとんど不可能に近かったな。それについては彼の方がよく知っている」と、隣に座る共同経営者のアーミンに水を向けるハイコ。「それでチケットは手に入ったのかい?」というわたしの質問に対して、「いや、結局まったくダメだったよ。申し込みの段階では、名前や住所、電話番号や、パーソナル証明書(個人のIDカード)のナンバーなど、すべての情報を提供させられたんだ。まあそれは、犯罪歴などを調べるためなんだろうけれどね。それでドイツ戦も含めて何試合も申し込んだわけだけれど、結局すべての抽選に外れてしまったというわけさ。あれだけのエネルギーを注入したからな。後に残ったのは焦燥感ばかりってところかな」と、アーミン。

 アーミンがつづけます。「それでも、知り合いから、大会スポンサーを通じてチケットは手にはいるよって言われたんだ。それがさ、値段を聞いてビックリだよ。1400ユーロ(約20万円)だぜ。ちょっと考えたけれど、やっぱりやめにした。金はあるよ。けれど、サッカーの試合にそんな大金を投じることは不自然だと思ったんだよ。金で解決するのは簡単だよ。何試合分でもチケットを買えるさ。それでも、サッカーは庶民のスポーツだからな。そんなことをすること自体がアンフェアだって思ったんだよ。決してカッコつけているわけじゃない。その馬鹿げたチケットの価格を見ていて、我々にとってサッカーは、結局それほど大事なものじゃないって思えてきたんだよ。もちろんシャルケは別だけれどな・・」。

 その言葉を聞いて、「汗水流して稼いだ金の本当の価値を知っているからこそ、金に対して敬意を払えるっていうことだな・・」なんていう言葉が自然と出てきたものです。「そう! ケンジの言うとおりだよ。それには、俺たちのところで汗かいて働いている仲間が、月にいくら稼いでいるのか知っていることもあると思う。俺たちがその金額を出せるかどうかじゃないんだ。サッカーの入場料がそんなことになったら、確実にサッカーは庶民のものじゃなくなってしまう。金持ちの娯楽か・・。そんなことは許せないし、アンフェアだと思うんだ」と、ハイコ。その言葉を聞きながら、さすがにヤツらは、庶民の町(ルール工業地帯の中核を為す)エッセン子だと思っていました。

 まあ、ワールドカップというエンターテイメントには、それほどの金を掛けるだけの価値はないという判断だったということです。確実に彼らは、自分たちの安定した生活にとって大事なこととワールドカップを天秤に掛けていたのです。それも、以前は自分たちも属していた「労働者」の生活を基準にしてネ。その「バランス感覚」は立派なものだと思っていた湯浅でした。サスガに「寒い国」の連中だ。もちろん、「オラが村」のシャルケ04とか、ドイツが勝ち進んだ準決勝や決勝ということになったら、入れ込み方はまったく別次元のモノになるんだろうけれどね。

 「そうだよな・・いま話しているのは、ワールドカップという世紀の催しに、自分たちも何とか参加したいということだからな・・それが、本当にドイツが準決勝や決勝に進んだら、まったく違った感覚になるだろうな・・」。ドイツには「観劇の文化」が深く浸透していますからね、それが「現場で生で体験することへの願望」を強化しているということです。平均の観客動員力にしても、ドイツは目立って強いですからね。

 サッカーという社会的な存在(文化)。そのプロのセクターが、純粋な需要と供給の関係をベースにした経済行為(金儲け)「だけ」の対象になってもいいものだろうか。プロだからね。まあ「それ」も基本線の一つではあるのだろうけれど、行き過ぎは抑制されなければならないと思うのですよ。金さえあれば、最高の選手だけではなく、監督から(心理療法士)用具係まで揃った最高のスタッフユニットを雇い入れられる昨今だからね、金を持て余しているビリオネアだったら、誰でも、すぐにでもスーパーチームを作ることができる・・!? そんな傾向が高じたら、確実にプロサッカーは衰退の一途をたどるでしょ。何せ、世界共通のルールで、フェアな闘いを繰り広げなければならないというのがスポーツの絶対的な基本なのだからね。要は「バランス感覚」ですよ「バランス感覚」。

 とにかく、ハイコやアーミンと話ながら、プロサッカー(ワールドカップ)が、大衆文化という「社会的な基盤」から距離を置きはじめているのかもしれないと思っていた三人でした。もちろん、今のプロサッカーが内包する「多岐にわたる価値」について、(もっと潜在価値を開発することも含め!)それらを出来るかぎり効果的に「交換する」(高く売る)というのは(プロサッカー発展のために)必要な発想だけれど、それでも、「その継続的な存在」にとって絶対的な基本要素が何であるのかという「バランスの取れた視点」も持たなければ、やはり食い尽くして終わりになっちゃうでしょ。まあ、それはそれでいいのかもしれないね。そこからまたやり直せばいいんだから。サッカーは、経済行為とは次元の違う社会的・歴史的な価値を内包しているんだからね。

 最後にハイコがこんなことを言っていた。「ロッド・シュチュアートとかエルトン・ジョンといったプロサッカークラブのオーナー連中は、誰もが、サッカーを愛していると知っている。彼らは、サッカーの健康的な発展を妨げるようなことはしないはずだ。ヤツらもまた、入場料が高すぎるという感覚を持てる人間だと思うんだよ。でもチェルシーのアブモビッチは違うと思う。ヤツは、サッカーをダシにした甘い汁を狙っているに違いない。いや、本当は、そう見えるだけかも知れないけれど・・」。それに対して私も、「やっぱり、謙虚さをなくした金持ちほど醜いモノはないぜ。人が尊敬の念を抱くのは、最後は人格に対してだけなんだからな」。

--------------

 ちょっと収拾がつき難いハナシになってしまいました。スミマセン。最後に、是非この話題にも触れておかなければと思っている湯浅なのです。ドイツ人のマインドを一つにするスポーツの祭典・・というか、スポーツが対象だからこそ、ドイツという自分たちの母国に対する愛国心をおおっぴらに表現できる・・ということについて。いや、そんなに難しいハナシじゃないんですよ。

 要は、巷に、ドイツの国旗をはためかせて走るクルマが増えてきたということです。それについて、ベアーテの弟であるラルフとも話しました。「そうだよな、この頃、ホントに旗をつけているクルマが多いよな・・まあ、その全員がドイツ代表を応援しているということだよ」。彼は、エッセン商工会議所のディレクターをしているのですが、職場でも、そのことがよく話題に上るらしい。「政治的なこととか経済的なことがキッカケになって旗が出てくることには抵抗感があるけれど、キッカケがワールドカップだからな。職場の人たちも、それを見ていると、自然と応援したくなるというポジティブな雰囲気になると言っていたよ」。

 ドイツは、皆さんもご存じのように過去に大きなキズを背負っています。もう60年も前のことだから・・とはいいながらも、やはり「ドイツ」を前面に押し出すことには遠慮がちだということです。それでも、キッカケがワールドカップだからね。旗を見ているドイツ人の「参加意識」や「当事者意識」が自然と高揚していくのは本当によく分かります。

 もちろんその背景には、ドイツ代表チームに対する期待感の高まりもあります。たしかに上手くはないけれど、徐々に調子を上げ、粘り強いディフェンスやシンプルな仕掛けが戻ってきたドイツ代表。もちろんその期待は、優勝を意識したものじゃまったくありません。とにかく、出来るだけ勝ち進んで欲しいという淡い期待。それは健全な心理じゃありませんか。現実をしっかりと把握し、そのなかでも、ドイツ選手の闘う意志をベースにした最良の結果を期待する。

 いまドイツは、FIFAに対する反発と、真摯な姿勢で全力で闘いつづけるドイツ代表チームに対する期待で、一つにまとまりつつあります。さてワールドカップがはじまります。

 この後に、スペインとクロアチアのテストマッチを観る予定。また明日の昼には、キューウェルが出場予定のオーストラリア対ルクセンブルク戦の再放送もあります。何か発見できたら、その都度レポートしますので・・。
 



[ トップページ ] [ Jワンポイント ] [湯浅健二です。 ]
[ Jデータベース ] [トピックス(New)] [ 海外情報 ]