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2007_オシム日本代表(その10)・・イビツァ・オシムさんの、妥協を許さない発展マインドに乾杯!・・(日本対ペルー、2-0)・・(2007年3月24日、土曜日)

「彼らは大人だよ・・互いにレスペクトし合っているし、それは大人のプロとしての正しい関係だ・・互いにまったくノーマルに振る舞っている・・・・問題は何もない・・周りから見ていて、ヨーロッパ組が特別に見えただろうか?・・そんなことは全くなかったはずだ・・」等々。

 昨日の公式トレーニングの後に行われた監督会見。「欧州からスターが帰り、国内組と融合する・・そこで、互いに意識の『し過ぎ』ということはないだろうか?」なんていう私の質問に対して、イビツァ・オシムさんが、冒頭のように答えてくれました。最初、私の質問にまとまりがなかったけれど、そこは、通訳の千田さんがうまく対処してくれました。まあ、記者会見の場で、そんな質問をしたところで、本当のところなど絶対に出てくるはずはないけれどネ・・。

 そして今日のゲーム後の監督会見で、イビツァさんが、「選手たちのプレーからは、自分のチカラを誇示したいという欲求が先行していた部分も見受けられた・・だから、ゲームの立ち上がりはちょっとナーバスになっていた・・」と、昨日わたしが知りたかったことに対するヒントをくれましたよ。まあ、「これまでの経緯」を考えれば、そんな情緒的な動きがないという方がおかしいからね。

 今日のペルー戦。イビツァさんが、「不必要なところでミスが出てボールを簡単に奪い返されてしまうというシーンがつづいた・・」とコメントしていた通り、たしかに前半は流れをコントロールされる時間帯もあったけれど、自信を深めるにつれてプレーコンテンツが好転していったのは確かな事実でした。そして、タイミングよくゴールを重ねていった。

 プレー内容が好転したバックボーンは、中盤の、攻守にわたるダイナミズム(活動性)の高揚でした。

 この試合の日本代表は、フォーバック(加地、中澤、トゥーリオ、駒野)。

 もちろんイビツァさんは、両サイドバックが積極的にオーバーラップしていく「攻撃的なツーバック」をイメージしていたに違いありません。そのために、守備的ハーフコンビの鈴木啓太と阿部勇樹、そして両サイドハーフの中村俊輔と遠藤保仁が、しっかりと両サイドをバックアップしなければならない。

 要は、中盤のボックス(四人で組むダイナミック・スクウェア)と両サイドバックが縦横無尽にポジションチェンジする(まあ両サイドに限ればタテのポジションチェンジ)というイメージ。まあ、それでも啓太は、前気味のストッパーというイメージ(相手の二列目をマンマーク)だったけれどね。

 そんな意図がうまく機能したのは左サイドだったね。目の覚めるようなドリブル突破から危険なクロスを送り込むなど、左サイドバック駒野の仕掛けが目立っていたのですよ。それに対して、右サイドの加地は遠慮がちだった。駒野は、カバーする遠藤保仁のディフェンスに対する信頼があったのに対し、加地は、どうも中村俊輔では不安があった!? まあ、そういうこともあるだろうね。

 そして、時間の経過とともに、俊輔の活動範囲がどんどん広がりつづけていったのですよ。右サイドから左サイド、そして中央ゾーンへ。とにかくグラウンド全体を網羅する運動量なのです。

 たしかに立ち上がりは、不必要にボールをこねくり回すシーンもあったけれど、徐々に、素晴らしいサイドチェンジパスや最前線へのグラウンダータテパス、そして勝負ドリブルや上手いキープのタメなど、シンプルな展開&仕掛けプレーと勝負の個人プレーが、うまくバランスするようになっていきました。また守備でも、例によって、「スリのような」ボール奪取を魅せる。

 この試合での中村俊輔は、セルティック同様に、攻守にわたって良いプレーを魅せたと思います。もちろん、イビツァさんが言うように、シンプルな組織プレーと個人プレーを、より高度にバランスさせるというテーマは残るけれどね。それでも、しっかりと存在感は誇示していたと思うのです。

 そんな中村俊輔のプレーに対して、イビツァさんは厳しい言葉も投げかける。「中村は、プレースピードを上げなければならない・・才能があるから出来るはず・・今日は、彼にとっても難しい試合だった・・数ヶ月ぶりの代表・・自分自身のなかに、何か良いことをしなければといったプレッシャーがあったことだろう・・常に素晴らしいパスを出さなければならないというプレッシャー・・ただ、やらなければならないのはシンプルなプレー・・天才的なプレーやパスは、何回かに一度だけ・・その視点では、今日も良いプレーがあったと思う・・」。

 要は、中村にしても、「マラドーナ」ではないのだから、自分が良いプレーをするためにも、攻守にわたる組織プレーが絶対的なベースだということを言いつづけているイビツァさんなのでしょう。

 イビツァさんの厳しい表現はつづきます(まあこれは、中村に対してだけではなく、一般的な意味合いも含めていたのでしょうが・・)。

 「常に自分のところから仕掛けをスタートさせるという思い上がった選手がいる場合、相手は、その選手を潰しさえすればいいということになる・・良い選手とは、高い技術と予測能力をベースに、ワンタッチかキープかドリブルか、相手に分からせない選手のこと・・要は、インテリジェンスが問われるということ・・(一回のボール絡みプレーでの)中村のタッチ数が、時間の経過とともに少なくなっていった・・彼も、簡単なプレーをした方が効果的だと分かってきたのだろう・・彼も、凱旋帰国したいという夢(誘惑)があったに違いない・・それについては、メディアも責を負わなければならない・・」等々。

 フムフム、厳しいよね。まあ、そんな心理マネージメントのウデこそがイビツァさんの真骨頂なのだけれど、とはいっても彼は、常にかなりの部分「本気」だし、選手もそのことを体感しつづけているから、チーム内の緊張感は、自然と大きな高まりをみせるっちゅうわけです。ホント、良いプロコーチじゃありませんか。

 高原直泰だけれど、良かったですよ。屈強なペルー守備に対しても、臆することなくドリブル勝負を仕掛けていったり、相手を背負って周りをうまく使ったり。特に、力強さが特筆でした。

 イビツァさんも、「高原は、立ち上がりは苦労した・・チームに合流して間もないから、チームに対するフィット感がなかった・・彼も一人で勝負を決めてしまえるような選手じゃない・・彼にとっても組織プレーをベースにすることが大事・・とはいっても、時間の経過とともに良くなっていった・・ブンデスリーガでプレーできていることが偶然ではないことが分かった・・」等々、ポジティブな評価でした。

 そして遠藤保仁。いや、ホント、攻守にわたって素晴らしい実効プレーを披露してくれましたよ。高みで安定した運動量・・攻守にわたるボールがないところでの動きの勢いは、まさに本格的・・守備での、チェイス&チェックなどの汗かきプレーだけではなく、ボール奪取勝負シーンでも素晴らしいプレーを魅せつづける・・攻撃でも、動き回っているからこそスペースをうまく使えるし、中村俊輔との信頼ベースのコンビネーションも効果的・・等々。

 正直、私が観たなかでは最高レベルのプレー振りでした。そして、中村俊輔と遠藤保仁が展開しつづける、攻守にわたるダイナミックな実効プレーをベンチで見せつけられていた中村憲剛。彼もまた、阿部と交代してグラウンドに出た次の瞬間から、攻守わたって全力のプレーを披露するのです。守備だけではなく、攻撃でも、常にパスを受けられるスペースへ急行しつづける。いや、ホント、素晴らしかった。

 ことほど左様に、このゲームでの選手たちは、「様々な刺激」というモティベーションによって、まさにイメチェンの実効プレーを披露してくれたのです。私は、本当に良かったと思っていますよ。

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 最後に、「日本のサッカーが目指す方向性の一端が見えた・・」という、イビツァさんの言葉について。

 彼は、藤本淳吾、水野晃樹、家長昭博といった生きのいい若手が登場した85分からの数分間のサッカーのことを言っていました。たしかにペルーが白旗を掲げていた時間帯だったけれど(イビツァさんの弁)、それでも、そこで日本代表が披露した、タッチ数が少ない、シンプルで、素早いコレクティブな(集団的・組織的な)仕掛けには、日本が志向すべきサッカーのテイストが詰まってたということです。

 たしかに、その数分間の仕掛けには、レベルを超えた勢いがあったよね。仕掛けでの人とボールの動きは、小気味よいことこの上なかった。もちろんイビツァさんは、そんな組織プレーと、ドリブルやタメなどの個人プレーをうまくバランスさせなければならないと思っているだろうけれど、やはり日本の場合は、組織プレーのウェイトを高めるのが正しい方向性だと考えているということでしょう。

 理想は、もちろんトータルサッカー。それは、全員守備、全員攻撃という、究極の組織サッカー。そこでは、たまには最終ラインと最前線が入れ替わってしまうこともあるけれど、それでも攻守のバランスが崩れることはない・・。

 その、世界を串刺しにする理想ベクトルは、すでに何十年も変わっていません。ただ、技術的、戦術的、フィジカル的、心理・精神的に「限界」があるから、どうしても「妥協」するしかない。そして、その妥協の「内容」によって、様々なタイプのサッカーが生まれてくるというわけです。さて、日本の場合の「妥協コンテンツ」は・・?

 もう2時を回ってしまった。今日は疲れたからここまでにします。最後の最後に、もう一つだけ、イビツァさんの言葉を・・。

 「勝ったけれど、それで、良かった、良かったとは(決して)言わない・・そこで満足してしまったら、次の進歩はない・・だからこそ、常に、次はもっと良いサッカーを披露するべく努力するのである・・」。
 



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