湯浅健二の「J」ワンポイント


2010年Jリーグの各ラウンドレビュー


 

第28節(2010年10月31日、日曜日)

 

これまでの「サッカー的な疲労感」を解消してくれるほどエキサイティングなダイナミック勝負マッチだった・・(MvsSA, 2-1)

 

レビュー
 
 「面白かったな〜〜・・」

 試合後のトイレで、報道の方たちが、口々にそんな印象を語りあっていた。その言葉どおり、この試合は、ホントにエキサイティングで内容のある勝負マッチへと成長していったよね。

 言わずもがなだけれど、そのバックボーンは、両チームともに、自分たちが主体になったサッカーを展開したからに他なりません。要は、相手の良さを消す・・といった、対処療法的な「ゲーム戦術」ではなく、あくまでも目指すサッカーにこだわって仕掛け合いつづけたということです。

 だからこそ(もちろん、ノーガードの打ち合いといった低次元のモノじゃなく!)見所豊富な、誰にとっても手に汗握る(時間を忘れてしまうくらいの!)興奮マッチになったというわけです。

 「予想していたとおり、五分の仕掛け合いになった・・」。サンフレッチェのペトロヴィッチが、会見の冒頭で、そう口にした。だから聞いた。

 「わたしは、サンフレッチェが、相手の良さを消すといった(守備的な)ゲーム戦術で試合に臨むのをみたことないが・・?」

 「我々は、常に、自分たちが追い求めるサッカーを表現していくんだ・・もちろん相手によっては、守備にまわる時間が長くなるゲームもあるだろうが、そんな自然の成り行きとは別に、我々が目指すのは、あくまでも、自分たちが主体になったサッカーをグラウンド上で表現するということなのだ・・そして、これが一番大事なポイントだが、我々は、それでしっかりと結果も出しているのだ・・」

 そう、その通り。ペトロヴィッチは、本当に立派な仕事をしている。あのようなチャレンジャブルな(リスキーな)攻撃サッカーを追い求めながらも、リーグ戦やカップ戦で、しっかりとした結果も出している。

 とはいっても、彼らが追求するダイナミック攻撃サッカーの絶対的なベースは、もちろん、守備にあり・・ということは言うまでもないよね。一人の例外もない「守備でのハードワーク」こそが、サンフレッチェの攻撃サッカーを支えているということです。

 ボールを失った次の瞬間には、全員がディフェンスに入り、チェイス&チェックという守備の起点プレーを基盤に、次、その次と、マークや、インターセプト、協力プレスの輪を作り上げてしまう。そんな、チーム一体となった「優れた守備意識」に対する相互信頼があるからこそ、次の攻撃では、後ろ髪を引かれることなく、チャンスを見出した誰でも、攻撃へと参加していける。もちろん、スパッ、スバッという切れ味鋭い組織コンビネーション(=素早く広いボールの動き)を駆使しながら・・

 とはいっても、この試合でのマリノスもまた、忠実でクリエイティブな守備を絶対的ベースに、素晴らしい組織サッカーを展開した。

 「前節のアントラーズ戦で、自分たちの足りないところを体感させられた・・だからこそ、この試合では、その経験を活かすことが出来た・・」。木村和司が、そう胸を張っていた。

 この試合の総評としては・・、互いに、攻守にわたる立派な組織サッカーでガップリ四つの勝負を展開したからこそ(互いにフッ切れた仕掛けをブチかまし合ったからこそ!)総合力評価で、マリノスに、微妙に一日の長ありという現実が見えてきた・・というところですかネ。

 その「僅差」の最たる要素は、やはり、中村俊介という「希代の才能」が担っていた・・!?

 たしかに、この試合では、松田直樹を、中盤の底の「アンカー」に、そして中村俊輔を2列目のセンターに置くという新しいやり方にトライした(もちろんそれは、基本ポジショニングのイメージに過ぎないけれど・・)。そして、それが殊の外うまく機能した。松田直樹のディフェンスでの強さと巧さは言うまでもないけれど、この試合では、リンクマンとして、素晴らしく確実でクリエイティブな展開パスも供給していた。だからこそ中村俊輔も、気持ちよくプレーできた!?

 決勝ゴール場面でのヒーローは、マリノスと日本代表のセンターバック、栗原勇蔵です。彼は、素晴らしいインターセプトでボールを奪い返し、そのまま中村俊輔へパスを回して右サイドを駆け上がっていった。そして、中村俊輔からのリターンパスを受け、冷静に、そして正確に、決定的なラストパスを清水範久へ送り込んだ。

 でも、その栗原勇蔵へ、フィーリングにあふれたタテパスを供給した中村俊輔のことも忘れちゃいけない。その「ソフトで正確なタテパス」がなければ、栗原勇蔵による、その後のスーパーラストパスプレーもなかった。

 中村俊輔は、少なくとも攻撃では、素晴らしい才能を魅せつけてくれた。もちろん、全体的な運動量は落ちたし、攻守にわたる全体的な(汗かきの!)仕事量にしても、セルチック当時(全盛期)とは比べられないほど明らかに落ちた。でも彼は、自身の「才能のツボ」をよく心得ているから、攻守の目的を達成するプロセスでの「貢献度」だけは、相変わらず高みで維持できている。

 その貢献度の最たるプレーが、ロングパス。それも、決定的なサイドチェンジパスや、決定的なラスト・ロングパス。これは、とても魅力的だし、相手にとって危険きわまりない。でも、その絶対的な武器が、最高レベルまで使い切れていないと感じた。だから、木村和司に聞いた。

 「ところで中村俊輔・・部分的には素晴らしいプレーを展開していたけれど、もっともっと彼の能力を活かし切らなければ、もったいないと思う・・彼は、シンプルにボールを動かし、すぐに次に動く・・そして、多くの場面で、再び中村俊輔にボールが戻されてくる・・要は、チームメイトも、中村俊輔の才能を活用しようとしているということだと思う・・だからこそ、彼にボールが集まる・・そしてだからこそ、例えば、彼にボールが戻されることが予想できるシーンになったら、もっと前戦の選手が、ウラの決定的スペースを狙うような動きを繰り出すべきだと思う・・実際、中村俊輔は、何本も、危険なサイドチェンジパスや、相手ペナルティエリア内で一瞬フリーになった味方へ、夢のように正確なピンポイント・ロングパスを送り込んでいた・・そんな中村俊輔の希有な才能を活用する意味でも、中盤で彼にボールが戻されそうな状況になったら、2列目、3列目の選手が、爆発スプリントで、相手守備のウラの決定的スペースへ飛び出していくなんていう勝負コンビネーションにも、もっと頻繁にトライすべきだと思う・・マリノスの場合、ちょっと、ドリブルでの仕掛けが目立ち過ぎているけれど、中村俊輔を中心にした一発ラストロングパス(コンビネーション)勝負もミックスしていけば、攻撃の変化という意味でも、逆に、ドリブル勝負の効果レベルも格段にアップすると思うが・・」

 この質問、ホントに長くなってしまった。周りで我慢して聞いていた皆さん、スミマセン・・。木村和司監督も、聞き終わった次の瞬間に、「そう・・おっしゃる通りだと思いますよ・・」なんて言いながら溜息をついて見せたりして・・

 でも、そこで間を置いた木村和司は、ニヤッと笑みを浮かべながら、しっかりと反応してくれた。

 「その勝負イメージについては、これまでも継続的にトレーニングしてきている・・もちろん、遠いところもしっかりと反応するという視点では、まだまだ課題は多いわけだが・・とにかく、俊輔のチカラを引き出すという意味も含め、遠いところの味方のアクションの量と質を、もっともっと上げていきたいと思っている・・まあ、俊輔の才能を引き出すという意味では、長いパスだけじゃなく、ボックスのなかでのヒラメキプレーとか、他にも色々とあるわけだけれど・・」

 フムフム・・。とにかく、この試合では、とても興味深いテーマがてんこ盛りだった。

 多くのテーマをピックアップできた背景には、ニッパツ三ツ沢球技場という、サッカーを観戦するには理想的な「距離感」のスタジアムという要素もあった。とにかく見やすい。だから、攻撃と守備の「イメージ的なせめぎ合い」まで、手に取るようにアタマに入ってくる。ボールを視野の端において周りを観察するにしても、より鮮明に、選手たちの物理的、イメージ的な「動き」が見えるし、より鮮明に「次」を予想できる。

 そしてもちろん、互いに譲らず、積極的なリスクチャレンジを仕掛けつづける両チームの「せめぎ合い」という要素もあった。ホント・・、これまでに蓄積していた「サッカー的な疲労感」を解消してくれるくらいに楽しめるエキサイティングサッカーでした。

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 またまた、出版の告知です。

 今回は、後藤健生さんとW杯を語りあった対談本。現地と東京をつなぎ、何度も「生の声」を送りつづけました。

 悦びにあふれた生の声を、ご堪能ください。発売翌日には重版が決まったとか。それも、一万部の増刷。その重版分も、すでに店頭に(ネット書店に)並んだそうな。その本に関する告知記事は「こちら」です。

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 ところで、湯浅健二の新刊。三年ぶりに上梓しました。

 4月11日に販売が開始されたのですが、その二日後には増刷が決定し、WMの開幕に合わせるかのように「四刷」まできた次第。フムフム・・。

 タイトルは『サッ カー戦術の仕組み』。岡田ジャパン(また、WM=Welt Meisterschaft)の楽しみ方という視点でも面白く読めるはずです・・たぶん。

 出版は池田書店。この新刊については「こちら」をご参照ください。また、スポーツジャーナリストの二宮清純さんが、5月26日付け日経新聞の夕刊 で、とても素敵な書評を載せてくれました。それは「こちら」です。また、日経の「五月の書評ランキング」でも第二位にランクされました。

 



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