My Biography


My Biography(8)__エピソード・・鈴木中先生、そしてロッキー(その1)・・(2013年10月23日、水曜日)

■勇気をくれた先輩、ロッキー・・

私が、アウトサイダーの道へ入っていこうとしていたとき(要はドイツ留学へ出発しようとしていた頃)、カーラ以外にも、勇気をくれた人たちがいた。

神奈川県立湘南高等学校サッカー部の先輩。山田仁さん。

当時は、「その道」で知らない者がいない、「超」のつく有名人だった。まあ山田さんは、今でも「ロッキー」の方が通りがいい。

その道・・。ダンスのコレオグラファー(振り付け師・演出家)である。

彼は、湘南高校から東京教育大学(現筑波大学)へ進み、将来は、私の恩師でもある鈴木中先生の後継者として、湘南高校サッカー部の指導にあたることを期待されていた人物だ。

東京教育大学でも、体育会サッカー部のキャプテンまでつとめた。

その彼が、あるとき急に、オレはダンスをやる・・と、約束されていた安定した将来を棒に振ったのである。そこに至るまでの経緯は、よく知らない。でも、彼のパーソナリティーを体感すれば、そんな「考えられない進路変更」も、不思議ではなくなってくる。

そんな、ユニークなキャラクターのロッキーなのだが、今でも湘南高校サッカー部のOB会で、とても不思議な雰囲気を振りまいている。私よりも六つ年上だから、湘南高校のサッカー部時代には会ったことがなかった。

そのロッキーが得意とするフレーズが、「そうなんだ〜〜」・・

とにかく、声に「チカラ」があるから、そのフレーズを聞いたときは、いつも、「あっ・・ロッキーは、ちゃんと人のハナシを聞いて、分かってくれている・・」と体感させられたモノだ。

■あっ・・恩師を忘れるところだった・・

ところで、母校の湘南高校。

私にとって、そのサッカー部には、特別な思い入れがある。

そこでサッカーをはじめたというだけではなく、私の生涯の恩師、鈴木中先生にめぐり会ったのだ。私たちOBは、今でも、単に「中(チュン)さん」と呼んでいる。

そういえば、そのチュンさんに、こんな言葉を投げかけられたことがあったっけ。

「そりゃ、ドイツへ行くのはいいけれど、途中で、泣きべそかいて逃げ帰ってくるんじゃないか・・」

私が、ドイツ行きを決心して、報告にいったときのことだ(相談ではないよ!)。

厳しい言葉のように聞こえるが、いつものことだから、落ちこむことはなかった。逆に、「いまに見てろよ!」と、発憤したことを覚えている。

そう、それは、チュンさん得意の、刺激(挑発!?)モティベーションなのだ。

私はチュンさんを心から信頼し、慕っていた。だからこそ、いつもの挑発的な言葉を、素直に、励ましと受け止めることができたというわけだ。

いつだったかは定かではないが(もちろん私がドイツから帰国してからのことだけれど・・)、一度チュンさんが、こう言ったことがあった。

「オレはさ、落ちこんだ生徒に何かを相談されるのは得意じゃないんだよ・・そんなときは、女房に任せることにしている・・あの時のオマエのように、怖いも の知らずで前へ突き進んでいるヤツを見ると、逆に挑発したくなるのさ・・それで、失敗したことはないし、そのやり方についちゃ、自信があるんだよ」

チュンさんは、私のドイツ留学中も、陰に日向に、様々なカタチで助けてくれたのだが、ドイツへ出発する前には、こんな素敵なコトをプレゼントしてくれた。

そう、ロッキーを紹介してくれたのだ。

「オマエのことだから、いまさら何を言っても聞く耳など持たないだろうな。今日は、オマエに紹介したい、おもしろい先輩がいるから六本木へいこう」

それは、ドイツ出発を3日後に控えた水曜日のことだった。ホントに、あと3日でドイツへ出発するっちゅうタイミングだったんだぜ・・

■シュガーボーイ・・

チュンさんに連れられていったのは、六本木の裏通りにある「シュガーボーイ」という店だった。

店名からだけではなく、店の外観からも、正直、不気味といったほうがピタリと当てはまるような不思議な雰囲気が漂っていたものだ。

もちろん当時の私は、夜遊びになど出掛けたことはなかった。陸送とサッカーに忙殺されていたのだ。

ということで、「シュガーボーイ」のようなナイトライフなんて、完璧に想像力を超えるものだった。

その「シュガーボーイ」。

店内は、ステージスペース以外は、それを取り囲むように設(しつら)えられたテーブル席など、普通のナイトバーといった雰囲気だ。

ほぼ満席。ただ、テーブルに同席し、飲み物以外の「心理サービス」を提供するような女性は見当たらず、フロア係が忙しく行き交うだけ。

ということは、単なる飲み屋なのだろうか?

「中さん、ここはいったいどんな店なんですか。オレ、あと3日で出発だし、準備がいそがしいから、あまり長居はしたくないんですが・・」

「いいから、黙って見てなって。とにかく、今から経験することは、たぶんオマエにとって、とてもタメになるはずだ。それともナニか、オレを置いて一人で帰ろうってわけか?」

「そんな・・」

「とにかく、黙って酒でも飲んでろって。おっと、女房に電話を入れておかなくっちゃ・・」

チュンさんは、そう言うと、スッと立ち上がり、隅っこの公衆電話へ向かった。

私は、チビチビと、ウエイターが作ってくれた水割りを飲んでいる。見ると、取り置きのボトルに、チュンさんの名前が入っているではないか。ということは、先生は初めてじゃないのか・・

■どこからともなく、超美人が・・

そのとき、頭上で、何とも言えない雰囲気の声が響いた。

「あ〜ら・・一人なの?」

この店の方と思(おぼ)しき女性が、私のテーブルに近づいて声をかけてきたのだ。いや、その声は、女性にしては何となく変。それにしても、すごい美人だ。

・・何だ、やっぱり、女性がアテンドするナイトバーなんだ・・高そうだな〜・・

「いえ、あそこで電話をかけている人と一緒です」

「あら、センセと一緒なんだ〜・・ここに、掛けていい?」

・・えっ!?・・この美人の方は、チュンさんを知っているのか!?・・

「もちろん、どうぞ」

でも、そう言ってしまったものの、もし『彼女』が同席するだけで特別料金がかかるんだとしたら大変だ。高そうな店だし、私には、こんな店で飲むカネなどない。

・・でもチュンさんが払うのだとしたら・・これは、大失敗だったかもしれない・・

そのとき、電話口に立って話していたチュンさんが私の名前を呼んで手招きした。電話に出ろということなんだろうか・・

電話口まで行くと、「女房に、オマエと一緒だって言ってくれ・・」と、受話器を押しつけるチュンさん。要するに、証人になれっちゅうことだ。

・・別に悪いことをしているわけじゃないから、まあいいか・・それにしてもチュンさんは、奥さんに信用されてないんだな・・あははっ・・

「本当に湯浅さんと一緒だったのね。それで安心したわ・・」

私は、奥さんから、妙に信用されていた。そう妙に・・

「とにかく、あの人が酔っぱらわないように見張っていてね。それじゃ、よろしくお願いよ」

「はい・・分かりました・・」

そう言うと、奥さんは、安心したように電話を切った。

それにしても、私たちのテーブルに座っている美人。チュンさんに何と説明したモノか・・

「スミマセン先生・・実は、言われるままに座らせちゃったんですけれど・・」

最初に説明しておいた方がいい。でもチュンさんは、チラリと彼女を見て、こう安心させてくれるんだよ。

「ああ、あの子ね・・。ショーで踊るダンサーの一人だよ。まあダンサーって言えるかどうかは疑問だけれどさ・・」

そういうと、チュンさんは、親しげに『彼女』とおしゃべりをはじめた。

「あ〜ら、センセ・・お久しぶりね」

「中さんは、この方をよく知っているんですね?」

私が、頓狂な声を出したものだから、二人とも、おかしそうに腹をかかえた。

「オレはもう三度目かな。ここにくると、先生って呼ばれてモテるのさ・・」

「そうヨ〜・・!」と、『彼女』がチュンさんの腕を取る。

チュンさんは、もうご機嫌だ。私は、よく事情がのみ込めないまま、もうチュンさんに任せるしかないと、やっと気持ちに余裕が持てるようになった。

そんなふうに肝が据わったら、これから起きることに期待感が高まっていくのも自然な流れだ。

「中さん・・これから、何がはじまるんですか?」

「見たら分かるだろ・・ダンスショーだよ・・まあ、ダンスなんて言えるシロモノかどうかは疑問だけれどね・・」

「まあ、センセったら・・いつものように口が悪いんだから・・」と、彼女。

でも、その声と、動作が、本当に、ちょっと変。まず、そのことに対して興味が湧いた。そして、勇気を振り絞って・・

■でも彼女は・・

「あの〜、もしかするとアナタは・・・」

私が、その先を口ごもっていると、ニュアンスを察した『彼女』が、「そう、わたし、もとは男だったのよ」と、教えてくれる。その言葉に、屈託など微塵も感じられない。逆に、プライドさえ感じる。

私は、その言葉のパワーに圧倒されていた。

心の奥底にある、触れてはいけないゾーンの壁を、圧倒的なパワーでブチ破られてしまったと感じていたのだ。

「・・・・・」

「驚いた? あなた、私みたいな人、初めて?」

「ええ・・」

「わたし異常に見える?」

「そんなことはないですよ・・でも、とても美しいから・・」

「あら〜・・お世辞でも、嬉しいわ・・でもサ、あなたの顔に書いてあるわヨ、驚いたって・・」

「最初、私だって驚いたし、ショックだったわ。自分がゲイだって知ったときにはね。それでも、それが自然なんだって心の底から思えるようになってからは、 ほんとうに楽になったのよ。そして、ショックを受けたこと自体が、とても不自然に思えるようになったというわけなの・・」

『彼女』がつづける。

「今は、ものすごく自由だって感じね。不自然なコトから解放されたっていうかね・・。素晴らしいことよ。ね〜、センセ」

「まあ、いろいろな人生があるもんだな」と、チュンさん。

そのとき私は、『彼女』のそんな言葉に、納得したようなフリをしていた。

「そんなこと言って〜・・センセはわたしに惚れてんでしょ!?」

「何をいってんだ・・オレは本物のオンナの方がいいんだよ・・」

とは言うモノの、まんざらではなさそうなチュンさん。本当に、すごい美人なのだ。

私は、まだ違和感に苛(さいな)まれていたし、そのことを隠すのに必死だったけれど、『彼女』の屈託のない自然な態度に、自分のなかに厳然としてある、ゲ イの人たちに対する(自分ではどうすることも出来ない!?・・生理的な!?)偏見を、意識し、見つめ直さざるを得なくなっていた。

それは確かに偏見だった。

ゲイの人たちのことを、まったく知らないのに、先入観で、彼らが「普通とは違う人たち」だと思い込んでいた。そう、ただの世間知らず。

ところで、普通の人たちって・・??

たしかに、世の中にはいろいろな人生がある。でも、その何が普通で、何が普通ではないのか??

・・そんなことは、誰にも分からない・・私には、他の人生を否定することなどできるはずがない・・

それが、そのときの、素直な(理性的な!?)理解だった。

でも・・

心の奥底では、まだ違和感をぬぐい切れないでいた。そのとき、心の深層では、彼らの人生を否定的に見ていたんだろうな。

フ〜〜・・

(つづく)

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これまでの「My Biography」については、「こちら」を見てください。

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 重ねて、東北地方太平洋沖地震によって亡くなられた方々のご冥福を祈ると同時に、被災された方々に、心からのお見舞いを申し上げます。 この件については「このコラム」も参照して下さい。

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