The Core Column
- The Core Column(3)__リスクチャレンジこそが進化の源泉だ・・(2013年9月17日、火曜日)
- ■コーチからの厳しい指摘・・
「サッカーから自由がなくなったら、楽しくなくなっちゃうよな・・その自由を謳歌するためにも、リスクへチャレンジしていくのはオレ達の義務なんだぜ・・」
1970年代にドイツへ留学していたとき、所属していたチームのコーチから、そんな厳しい言葉をブチかまされたことがある。フ〜〜・・
ある試合でのこと。ボールを持ち、前方へ勝負パスを送り込むべきシーンで、安全策に逃げ込んでしまったのだ。相手にとって、まったく怖くない横パス。
守備側にとって怖いのは、背後の「決定的スペース」を突かれてしまうことだけれど、もちろん、常に「ウラ」を狙っていると「感じさせる」ことでも、彼らを神経質にさせられる。
要は、「コイツは、危ないヤツだ・・」と思わせることが大事なんだ。
でも、そのときの私は、「仕掛けをブチかますぞっ!」といった危ない雰囲気など、まったく醸(かも)しだせず、まさに卑屈な「逃げ」の横パスを打ってしまったのだ。
そこからの私が、相手チームに「甘く」見られはじめたことは言うまでもない。
■サッカーの根源的なメカニズム・・
イレギュラーするボールを、身体のなかで比較的ニブい足を使ってコントロールしなければならないサッカー。
次に何が起きるか分からない。そんな不確実なサッカーだからこそ、最後は、積極的に(主体的に)考え、工夫し、勇気をもって「自由に」リスクへもチャレン
ジしていかなければ、良いプレーなど望むべくもない。
そう、サッカーは、最終的には「自由」にプレーしていかざるを得ないボールゲームなのだ。だからこそ選手たちには「強い意志」が求められる。私が、サッカーを、ホンモノの心理ゲームと呼ぶ根拠もそこにある。
サッカーは、11の異なるマインド(意志)の集合体だ。だから、1人ひとりが主体的、積極的に(攻撃的に)プレーすることとプレーイメージの共有が求められる。
そして、チームの意志を調整して統一し、プレーイメージを一つにまとめ上げる仕事を担う(チーム戦術を徹底させる!)のが監督というわけだ。
でも、もし1人でも、本当に1人でも、消極的なアリバイプレーに奔(はし)ったら、次の瞬間には、そのネガティブ・ヴィールスがチーム全体に蔓延してしまう。
チームワークとは、それほど繊細で、様々な物理的、心理的エネルギーが交錯しつづける「生き物」なのである。
だからこそ私は、選手一人ひとりの「意志」こそが、もっとも重要な要素だと言いつづける。
意志さえあれば、おのずと道が見えてくる(自分自身で考え、リスクにもチャレンジしはじめるはず)・・なのである。
■ミスや失敗を恐れたことで甘く見られた・・
ところで、消極的プレーで相手に甘く見られはじめてしまった私。
そこから、ボールを持つたびに、相手ディフェンスの「余裕」がふくれ上がっていったと感じた。もちろん逆に、自分のプレーが、相手の自信に呑み込まれて縮こまっていく。
私が、安全な横パスを出した背景には、確実にボールを動かそうという(組み立てへの)積極的な意図とは別に、「ミスをしたくない・・」という逃げの心理もあった。
ミスや失敗はしたくない・・
そりゃ、誰でもそうだろう。でも日本人の場合は、ミスや失敗に対する、恐怖にも似た心理が、「不必要」にふくれ上がる傾向がある。
ミスや失敗をすれば、もちろん失望や落胆といったネガティブな感情に苛(さいな)まれる。それは万国共通だ。
ただ、集団主義的な発想がまだ色濃く残る日本の場合、チームメイト(自分が属する集団)に迷惑をかけることが耐えられない(メンツが潰れる=恥じ入る!?)といった感情に支配され「過ぎ」る傾向があると思うのだ。
それに対して、個人主義的な発想がベースにある欧米では、失敗やミスを自分自身の「なか」で処理する(昇華させる!?)ための教育が徹底していることで、その失敗やミスを、次の発展のためのプロセスだと「前向き」に考えられるのだ。
日本じゃ、周りからの(目に見えない!?)ネガティブな感情エネルギーだけではなく、それ以上に、ミスや失敗をした選手自身が、恥じ入る(過ぎる!?)だろう。
それに対し、欧米の選手たちは、まず自分ありき・・だから、そのミスや失敗に(心理的に)左右され「過ぎ」ることなく、すぐに次、その次のチャレンジに取り組もうとする。
彼らは、そのようなポジティブな思考プロセスの方が、結局は、自分が属する集団(チーム)にとってもプラスだと考えることが出来るように教育されているのだ(社会文化によって、そのように成長していく!?)。
もっと言えば、彼らは、自分勝手(ネガティブなエゴイズム!?)と個人主義は「別物」という事実をしっかりと(感覚的に!?)理解している!? だから・・
・・自分だって、リスクチャレンジでミスや失敗を犯すことがある・・もしチームメイトが、リスキーなプレーにトライしていったら、今度は自分が、汗かきのカバーリングに回ろう・・そんな、前向きな「ギブ&テイク」思考がしっかりと根付いている・・
ということで、欧米と日本の間には、リスクへのチャレンジが当たり前(義務!?)という感覚と、リスクをなるべく避けようとする(生活文化に根ざした!?)プレー姿勢という、心理環境的な「違い」があるとも言えそうだ。
まあ、このディスカッションについては、機会を改めることにしよう。
さて・・、ということで、逃げの横パスを出してしまった私。
もちろん、そんな後ろ向きの心理を見透かしたチームメイトから、「どうしてタテパスを出さないんだ〜っ!!」と激烈な文句を飛ばされる。
彼は、勝負のタテパスを期待し、全力スプリントで決定的スペースへ抜け出していたのだ。
■チャレンジした結果に寛容な社会体質・・
そしてゲームが終わった後で、コーチから冒頭の「アドヴァイス」を授かったというわけだ。
それは、「脅し」に近いモノだった。もし、積極的にチャレンジしないのなら、オマエのポジションはないものと思えよ・・
後から知ったのだが、チームメイトの多くは、わたしの安全第一プレー(要は、リスク回避の逃げプレー!)に辟易(へきえき)していたらしい。
そりゃ、そうだ。安全な横パスをつないでボールを保持したって、より多くのシュートを打てるわけじゃない。
もちろん、安定した「つなぎの展開パス」は必要だ。
でもそれは、あくまでも、その先にあるべき有利な勝負への準備でなければならないし、いつかはリスキーな最終勝負を仕掛けていかなければならない。そこまでいって初めて、果実をつかみ取れるのだ。
ドイツには、リスクにチャレンジして勝負へ挑んでいかなければ何も生み出せないし、楽しくもないという共通認識がある。
そのバックボーンは、前述した彼らの社会文化だ。
最後は、自分自身の責任で決断し、実行するしかない・・最後のところでは誰も助けてくれない・・それである。
だからこそ、積極的に仕掛けていったことで生じた失敗やミスには肝要だ。いや、むしろ、チャレンジした結果としての前向きなミスは賞賛の対象でさえある。
ドイツには、サッカーの本質的な魅力である「自由」に対する深い理解があるということだ。
またそこには、もう一つ重要なテーマも内包されている。
積極的にリスクを冒し、仕掛けていかなければ、決して進歩することもない・・という事実。
ミスをしたくないという後ろ向きの(守りの)プレー姿勢。それは、不確実な要素が満載されたサッカーでは、百害あって一利なしなのだ。
わたしのプロサッカーコーチとしてのキャリアは、そんな「メカニズム」を体感し、深く自分のモノにしたときに本当の意味でスタートしたと言えるのかもしれない。
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■日本代表がブチかました世界トップへのリスクチャレンジ・・
2012年10月、アルベルト・ザッケローニ率いる日本代表が、世界トップに君臨するブラジルとフランスにアウェーで挑み、貴重な「体感」を積んだ。
日本の強者どもは、守りを固めることで失点を抑え、ワンチャンスのカウンターでゴールを狙うなどといった後ろ向きのゲーム戦術ではなく、あくまでも「自分たちが志向する積極サッカー」を、強烈な意志をもって全力でブチかましていったのだ。
「世界サッカーでの立ち位置」を、できるかぎり正確に体感するためのリスクチャレンジ。だからこそ、世界トップとの差の本質を、より深い次元まで体感できた。
「サッカーの歴史のなかで、日本ほど急速に進歩した国は珍しいと思うよ」
取材中に再会した欧州プロサッカー関係者が、そんなことを言っていた。まさに、その通り。とはいっても、「世界」との間には、まだまだ厳然たるギャップがあるのも確かなことだ。
私は、「世界トップとの最後の僅差」という表現を使う。
技術的にも戦術的にも、ある程度のレベルまではスムーズに到達するものだ。
ただ、最後の「頂上アタック」が難しい。
そこでは、フィジカルやテクニック、はたまた戦術だけではなく、心理・精神的な部分のベースである生活(社会)文化的なファクターも厚い壁となって立ちはだかるのである。
日本代表は、そんな「世界との最後の僅差」を体感しようと、ワールドスター軍団へ、果敢にチャレンジしていった。
もちろん、フランスにしてもブラジルにしても、ワールドカップやチャンピオンズリーグの決勝といった、世界中が注目するギリギリの勝負からすれば、やる気のポテンシャルは、少し落ち気味だったに違いない。
それでも、日本が、攻守にわたって積極的に「リスクチャレンジ」をブチかましつづけたことで、自然と彼らの意志のダイナミズムも高揚していったと思う。
要は、ブラジルやフランスを、「何だ・・生意気に〜!」ってな「本気」まで高揚させられたということだ。それは、とても大きな成果だった。
■リスクチャレンジこそが次の発展を加速する唯一のリソースだ・・
だからこそ、日本にとって、実りの多いガチンコ勝負になった。だからこそ、世界トップとの「最後の僅差の内実」を、より明確に、脳内のイメージタンクに蓄積できた。
その体感は、次の段階への進化を加速させる唯一のリソースなのだ。
試合後の選手コメントも、そのほとんどがポジティブなものだった。そう、全力で「壁」にぶつかっていったからこその爽やかな後味と、着実な進化の実感。
そんな日本のチャレンジ精神を象徴していたのが、ディフェンダーでありながら、チャンスを見逃さずにドリブルで相手守備をブチ抜いていった今野泰幸の爆発的なカウンター攻撃だった。
押し込まれていたなかで飛び出した、フランスの一瞬のスキを突いたリスキーな攻撃参加。それが、2012年の欧州遠征での唯一のゴールを生み出した。
私は、2012年の「世界トップへの挑戦」を心から楽しんでいた。やっぱりサッカーは、積極的にプレーすることが大事なんだよ。そう、リスクチャレンジのないところに進歩もないんだ。
そして2013年、ブラジルで開催された「勝負」のコンフェデレーションズカップ。
たしかに日本代表は、全敗でトーナメントを終えた。
ただ、そこで彼らが魅せた、勝負をプライオリティーに設定した「現実的」なゲーム戦術(本番のサッカー)からは、世界トップとのホンモノの勝負における「最後の僅差」が、着実に縮まっていることを体感できた。
たしかに、勝負には負けたし、特にブラジル戦では、実力の差がそのまま結果に現れもした。
それでも私は、相手の「ホントの実力」を考えれば、これまでの日本サッカー史における最高のパフォーマンスだったとすることに躊躇(ちゅうちょ)しない。
繰り返しになるけれど・・
やっぱりサッカーは、積極的にプレーすることが大事なんだよ。そう、リスクチャレンジがないところには、進化もないんだ。
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重ねて、東北地方太平洋沖地震によって亡くなられた方々のご冥福を祈ると同時に、被災された方々に、心からのお見舞いを申し上げます。 この件については「このコラム」も参照して下さい。
追伸:わたしは”Football saves Japan”の宣言に賛同します(写真は、宇都宮徹壱さんの作品です)。
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ところで、湯浅健二の新刊。三年ぶりに上梓した自信作です。いままで書いた戦術本の集大成ってな位置づけですかね。
タイトルは『サッ カー戦術の仕組み』。出版は池田書店。この新刊については「こちら」をご参照ください。また、スポーツジャーナリストの二宮清純さんが、2010年5月26日付け日経新聞の夕刊 で、とても素敵な書評を載せてくれました。それは「こちら」です。また、日経の「五月の書評ランキング」でも第二位にランクされました。
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