The Core Column


The Core Column(9)__バイエルンとペップの幸福な出会い・・バイエルンのボールの動きが変わっていく・・(2013年10月29日、火曜日)

■ジョゼップ(ペップ)・グアルディオラという「ストロングハンド」・・

「そりゃ、ペップは、優秀なプロコーチだよ・・」

2013年10月、日本代表が遠征したヨーロッパアウェー2連戦(セルビアとベラルーシ)を現地レポートした後、ドイツに一週間滞在し、友人のエキスパートたちと様々な情報を交換した。

そんな話し合いのなかで、例外なく盛り上がったテーマが、ペップ・グアルディオラ率いる今シーズンのバイエルン・ミュンヘンだった。

友人たちは、一人のこらず、ジョゼップ(ペップ)グアルディオラを、とても高く評価していた。

たしかに先シーズンのバイエルンは、ユップ・ハインケスに率いられ、信じられないくらい多くの新記録を打ち立てた。

・・歴代で最多の勝ち点(91)・・最速のリーグ優勝(第28節)・・2位ドルトムントとの最大の勝ち点差(28ポイント差)・・歴代のリーグ最多勝利(29勝)・・最小の負けゲーム数(たったの1敗)・・最少失点・・

・・そして、何といっても、ドイツ史上初の三冠達成(ブンデスリーガ、UEFAチャンピオンズリーグ、そしてDFBポカールの優勝)・・

・・その他にも・・最多無失点ゲーム・・全試合でのゴール・・最多得失点差・・最多アウェー勝利数・・最多アウェー連勝記録・・アウェー最少失点・・等など・・

そんな大記録を打ち立てたユップ・ハインケスだったが、それでも、2013-14シーズンからの監督交代は、かなり早い段階で既に決まっていた。

そう、後任はペップ・グアルディオラ。

ただ、次シーズン監督がペップに決まってから、バイエルンは、あれよ、あれよという間に、大記録を打ち立ててしまった(まあ、それ以前の成績も良かったけれど・・)。

だから誰もが、とても微妙な感覚で「成りゆき」に注目していた。もちろん私も・・

「そうなんだよ・・昨シーズンの結果は、これ以上ないほど素晴らしいモノになっちゃったよな・・それで誰もが、心のなかでは、監督交代は本当に必要なのかって思っていたわけだ・・」

■ペップのチャレンジ・・

バイエルンの現場情報を(間接的ながら・・)かなり把握している友人のサッカーコーチが、そう切り出し、言葉をつないでいった。

「ユップ(ハインケス)の場合は、どちらかといったら、父親的な感覚で、選手たちとの関係を築いていたんだよ・・だから、まあ、オッサンのためにっちゅう 雰囲気が充満した・・そんなエネルギーで達成したスーパーな結果だったというわけだ・・だから、オレ達みたいな外部の連中だけじゃなく、バイエルンの選手 たちも、ペップが、どのようにアプローチしてくるのか興味津々だったんだ・・」

そして、グアルディオラは、そんな選手たちの「好奇心」を、ものすごくポジティブに満足させていくのである。

「そうなんだ・・ペップは、選手たちに、とても細やかな、そして現場の人間にしか分からない効果的な『言葉』を駆使してアプローチしていったんだ・・それが、とてもうまく機能した・・それに、彼の人を扱うウデも、相当なもんだしな・・」

そう・・。そのマネージメント領域にこそ、もっとも興味を惹かれるテーマが内包されているんだよ。

世界トップに君臨する、一癖も二癖もある強者に対する心理マネージメント・・

そのことについては、私もふくむ外部の人間には、詳しいことは分からない。それこそ、とても微妙な人間関係(人心掌握術)に関する、(言葉の使い方や表情などもふくむ!?)機能性ニュアンスの世界なのだ。

■ペップが発揮しているはずの「ストロングハンド」の本質・・

私には、そんな「人心掌握メカニズムとプロセス」が見える。例えば・・

・・基本的に、常に「不満」を内在させている選手たち・・

・・その不満は、強いチームを作りあげるうえで、絶対的な「必要悪」でもある・・そして、その不満が、取り返しのつかない「不信」へと膨れ上がっていくことを効果的に抑制することこそが、監督のウデの本質とも言える・・

・・また選手たちは、自分の心に内在している千差万別の不満を、素直に吐き出せる「心理的なガス抜き」を必要としている・・

・・グラウンド上での(トレーニングやゲームの場における)不満のはき出し・・それは、傍から見れば、監督やクラブマネージメントに対する反抗的な態度にしか見えないかもしれない・・

・・ただペップは、そんな「不満のはき出しメカニズム」を熟知している・・だからこそ、とても自然に、見て見ぬフリができるし、事後的に、効果的な対応もできる・・

・・もちろん、不満を実際に「表現」してしまった選手には責任が生じるし、彼自身も、そのことを強く意識するだろう・・

・・だからこそ、監督による、心理マネージメントが必要になるのだ・・

・・もっと言えば、優れた監督は、そんな不満の表明を、心理マネージメントの「効果的な機会」としても捉えることができるものだ・・そう、自分に対する信頼を深化させられる機会として・・

・・たぶんペップは、その不満がエスカレートしないように、できるかぎり通訳などを介さず、アンダーフォーアイズ(二人だけ)で、腹を割って話し合うことにトライしているはずだ・・

・・そして、この「腹の割り方」においてこそ、その監督の心理マネージャーとしてのウデが、本質的なところで発揮されるのだ・・

・・それは、二つのパーソナリティーの、「深く厳しい対峙」とも表現できるものであり、大いなるオポチュニティー(機会)でもある・・

・・もちろん、もしそこで、ラインアップを決める権利を独占する監督の立場を振りかざしたら、負けを意味する(逆効果になる)ことの方が多い・・

・・機会と脅威は表裏一体・・

・・だからこそ、相手によって千差万別にならざるを得ない「腹の割り方」がメインテーマになる・・そして、それこそが、本物の「相互信頼」を作りあげていくための絶対的なキーポイントでもあるのだ・・等など・・

そんな心理マネージャーとしての「正しく、効果的なプロセス」を経ているからこそ、特にリベリーやロッベン、ラームやシュヴァインシュタイガーといった主力連中においても、ペップに対する信頼感が、深く醸成されつづけているんだろう。

■目に見える地道な努力というアピール・・

もちろん、心理マネージメントの「ポジティブな循環」を作りあげるプロセスでは、ペップ自身も、周りを納得させられるだけの「目に見える努力」を積み重ねたに違いない。

まず何といっても、とても短い期間でドイツ語をマスターしたことが特筆だった。

彼のドイツ語の記者会見を何度かテレビで見たけれど、見事なものだ。

もちろんドイツ語はパーフェクトじゃない。

でもそこには、誰をも納得させられるだけの「内容」があるし、自分の「下手なドイツ語」にも、プライドを感じさせる雰囲気というバックボーンを乗せてくる から、百戦錬磨のドイツ人ジャーナリスト連中も、使われる言葉のニュアンスなどで「揚げ足を取ったり」するのではなく、逆に、レスペクト(敬意)とシンパ シー(共感)を前面に押し出すようになる。

私の友人も、まさに同じことを言っていた。

「やっぱりサ・・スターであればあるほど、地道な努力を積み重ねていることを周りが感じれば、その説得力が何倍にも膨れ上がるよな・・ペップの場合は、ド イツ語が上手くないのに、あくまでもその言葉をつかって表現しようとする前向きの姿勢に、周りが感化されているっちゅうことだな・・」

様々な意味合いで、危険な因子も内包しているはずの「パーフェクトではないドイツ語」を、逆に、心理マネージメントの「効果的ツール」として活用してしまう・・

まさに、優れたパーソナリティー(優れたウデ≒ストロングハンド)の為せるワザじゃないか。

■マティアス・ザマーという心強い現場サポートも見逃せない・・

もちろん、クラブの全面的なサポートも忘れてはならない。

特に、(現役時代は・・)同じスーパースターだったマティアス・ザマーの存在が大きい。

マティアスは、ドイツサッカー協会でも素晴らしい仕事をしたけれど、結局は、その「枠組み」に、はまり切れなかった(はみ出した!?)ということで、バイエルン・ミュンヘンで「現場」へと復帰することになった。

まあ、現場とはいっても、肩書きは「取締役」ということらしい。

実際のタスクイメージは、ドイツ代表チームで、チームディレクターとして、代表監督ヨアヒム(ヨギ)・レーヴをサポートしているオリバー・ビアホフと、限りなくオーバーラップする。

要は、現場の監督が、仕事をしやすい「環境」を整備するだけじゃなく、選手たちとのコミュニケーションでも、(指先のフィーリングあふれる!?)心理サポートに徹するのだ。

いま巷で使われている表現を借りれば、現場の「有能なファシリテーター」といったところか。

■そして、ペップのサッカーが浸透していく・・

ということで、環境にも恵まれているペップの仕事ぶりだけれど、ここにきて、とても明確に、その内容が見えはじめている。

そこで、もっとも重要になってくるポイントが、ボールの動き。

昨シーズンまでのバイエルンは、強烈なプレッシング守備をベースに、ボールを奪い返すたびに、強烈なエネルギーで、直接的にタテへ仕掛けていくシーンが目立っていた。

鋭いタテパスと、両サイドを中心にしたドリブル突破。それに、後方からのパワフルな押し上げが効果的にコラボレートする。

そんな昨シーズンのバイエルンは、ダイナミックな(勝負)強さの方が目立っていた。

それに対し、今シーズンのバイエルンのサッカーには、徐々に、ペップのイメージが浸透してきていると感じる。

素晴らしい「守備意識」はそのままに、徐々に、ボールの動きに変化が出てきていると思うのだ。

もちろん、「まず」タテへの仕掛けチャンスを探る。

でも、それが難しい場合は、ゴリ押しせず、素早く、広く、そして「シンプルなリズム」でボールを動かす。そして相手守備ブロックの「薄いゾーン」を突いていく。

攻撃の目的はシュートを打つこと。ゴールは結果にしか過ぎない。そして、そこへ至るまでの当面の目標イメージは、言わずもがなの「スペース攻略」なのだ。

そのスペースを攻略していくプロセスが、とても洗練しはじめていると感じる。そう、組織サッカーと個人勝負プレーが、「より」ハイレベルにバランスしはじめているのである。

タテへ急ぎ「過ぎる」のではなく、素早く、広くボールを動かすことで、相手ディフェンスブロックを振り回し、より実効あるカタチでスペースを突いていく。

もちろん、バルセロナ当時の「チキタカ」なんていう雰囲気ではなく、あくまでも、ドイツ的なロジカルなボールの動き。そんなところにも、ペップの「柔軟性」が垣間見える。

そのような、高質な「組み立て」が機能すれば、より効果的にスペースを攻略していけるだろうし、リベリーやロッベンといった、スーパードリブラーの才能を、より光り輝かせることができるではないか。

私は、今シーズンのバイエルンが、昨シーズンの力強さに、より洗練した「美しさ」も併せもちはじめている・・と感じている。

■バイエルンの変化は、とても素敵な学習機会・・

ということで、これからのバイエルンの発展に対する興味が膨れ上がっている筆者なのだ。

まあ、とはいっても、数字的な結果については、昨シーズンのバイエルンを超えるとは思えない。

だから、テーマは、彼らのサッカー内容の進化と深化のプロセスから探っていくことになる。楽しみで仕方ないじゃないか。

あっと・・。そこでは、ポジションを争うスーパースターたちの「心理マネージメント」も楽しみだ。

いまは、怪我やチーム戦術などによって、プライオリティー先発メンバーから外れているスーパースターたち。

ハビ・マルティネス、チアゴ・アルカンタラ、シャキリ、マリオ・ゲッツェ、バート・シュトゥーバー、また、トーマス・ミュラーとマンジュキッチのポジション争いだってある。

これからも、ドイツ情報網を駆使し、「バイエルンとペップの幸福な出会い・・」という現象を、とことん楽しむつもりの筆者なのであ〜る。

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「The Core Column」の全リストは、「こちら」です。

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 重ねて、東北地方太平洋沖地震によって亡くなられた方々のご冥福を祈ると同時に、被災された方々に、心からのお見舞いを申し上げます。 この件については「このコラム」も参照して下さい。

 追伸:わたしは”Football saves Japan”の宣言に賛同します(写真は、宇都宮徹壱さんの作品です)。

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 ところで、湯浅健二の新刊。三年ぶりに上梓した自信作です。いままで書いた戦術本の集大成ってな位置づけですかね。

 タイトルは『サッ カー戦術の仕組み』。出版は池田書店。この新刊については「こちら」をご参照ください。また、スポーツジャーナリストの二宮清純さんが、2010年5月26日付け日経新聞の夕刊 で、とても素敵な書評を載せてくれました。それは「こちら」です。また、日経の「五月の書評ランキング」でも第二位にランクされました。

 





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