The Core Column
- The Core Column(21)__監督のストロングハンド・・テンション(緊張感)とリラックス環境のバランス共存・・(2014年1月21日、火曜日)
- ■ケルン総合大学ドイツ語コースでのエピソード・・
「スト〜ップッ!!」
そのとき、カミナリのような大声が教室に響きわたった。
ベーレント先生だ。
「サンチェスさん、教室を出てください!」
名指しされたチリからの留学生はサンチェスといった。シーンと静まりかえる教室。
サンチェスは、何か言い訳しようとしたけれど、ベーレント先生は、追い打ちをかけるように、「サンチェスさん、教室を出てください!」と、今度は落ち着きはらい、断固として言いわたした。
そして、「休み時間になったら教員室まできてください。お話ししたいことがあります・・」と、丁寧につけ加えることも忘れなかった。
こんな状況の原因を作りだしたサンチェスと、休み時間に二人だけで話し合う。それは、ベーレント先生の人心掌握術にとって、とても大事なことだった。
当のサンチェスだけれど、そこまで言われたら、どうしようもない。結局彼は、スゴスゴと教室を出ていかざるを得なかった。
それは、「My Biography」シリーズでも記した、外国人留学生のためにケルン総合大学が開設しているドイツ語コースでのエピソード。
高校の国語教師でもあるベーレント先生が、緊張感に欠けた教室の雰囲気を「締める」ためにブチかました、素晴らしい「刺激」だった。
サッカーコーチにとって、もっとも重要な仕事の一つは、選手たちが、チーム共通の目的に向かって全力で(積極的に!)取り組むようにモティベートすることだ。
ベーレント先生は、クラスの緊張感をアップさせるために、素晴らしい「刺激」をブチかました。それは、彼の優れたパーソナリティーを象徴する出来事だった。
そんな「本場のストロングハンド」を体感できたことも、私にとって、サッカーコーチとしての重要なステップの一つだった。
■ところで、ベーレント先生が「爆発」するまでの経緯・・
ある日の授業のことだ。
ザワザワ・・。授業中だというのにうるさい。
私も含めて、多くの留学生は、真面目にドイツ語に取り組んでいるのに・・。
「ザワザワ」を発生させているのは、南米からの留学生グループ。もちろん、スペイン語だ。
彼らは、頻繁に発言したり質問したりするなど、とても積極的なのだけれど、ときに、それが高じてしまうことがあった。
多分そのとき彼らは、授業の内容について、質問し合ったり、意見を交換したりしていたのだろう。
「静かに・・」
そんなザワつきに対し、ベーレント先生が、静かに注意をうながす。
ただ、「ザワザワ」の中心にいたチリからの留学生(サンチェス)が、注意されて静かにしていたのは、まあ一分くらい。再び、自分の背後に座る南米の友人に話し掛け、ペチャクチャと雑音を振りまきはじめてしまうのだ。
サンチェスは、積極的というよりも自分勝手といった方が当てはまりそうな性格で、周りを笑わせようと下らない質問や発言をするなど、とにかくウルサいから、他の受講生からも煙たがられていた。
そんなサンチェスに対し、ベーレント先生が、落ち着いた声で再び注意した。
「静かにしてください・・」
そして、その数分後、冒頭の「カミナリ」が落ちたっちゅうわけだ。
■極端な抑揚が、「刺激」の効果を何倍にも増幅させた・・
ベーレント先生は、「カミナリ」を落とした直後には、完璧に落ち着きはらった声色で、サンチェスを教室から追い出した。
そんな、ベーレント先生の態度と雰囲気の「極端な落差」もまた素晴らしい「刺激」であり、彼の優れた「ストロングハンド」の証明でもあった。
そして「その後」は、何事もなかったかのように、淡々と授業をつづけるのである。
とはいっても、日本人受講生の緊張は極度に高まっていたようで、私の隣に座っていた、日本の大学でドイツ文学を教えているというクラスメイト(教授!?)の手は、ブルブルと小刻みに震えていたっけ。
それに対してヨーロッパ系の受講生は、何事もなかったかのように、完璧なポーカーフェイスでドイツ語に取り組んでいた。
フムフム・・
■そして休み時間・・
「あれはよかったね・・さすがにベーレント先生だよ」
休み時間になってから、デンマーク留学生のニールセンさんが、感心しながら、その話題を持ち出した。その頃サンチェスは、ベーレント先生を教員室に尋ねているはずだ。
留学生というには少し薹(とう)が立った感のあるニールセンさん。
すでに何年も、母国の高校で教鞭を執っているということだったけれど、国際関係論の博士課程を修了するためにドイツへ留学してきたということだった。
「それでも、教室を追い出さなくても・・・」
そう言う私に、ニールセンさんが、こう分析するんだよ。
「ルールをはっきりさせておかなければ、全体の規律をたもてなくなってしまうし、ベーレント先生にしても、自分のプライドや立場を守ろうとか、そんな個人の都合でサンチェスを追い出したわけじゃないからね」
ニールセンさんがつづける。
「受講生の多くが、そのことはちゃんと理解していたし、その罰は当然だと感じたはずだよ。もっと言えば、誰もが、サンチェスを黙らせたいと思っていたに違いないのさ。キミだってそうじゃなかったのかい?」
たしかにサンチェスの態度は鼻についていた。それでも私は、追い出すほどではなかったとも感じていた。
そんな私の感性に対してニールセンさんは、ベーレント先生が、授業のスムーズな進行と、ある程度の緊張感をキープするという責任を果たしただけじゃなく、サンチェスに対する「心理的なアフターケアー」も、しっかりとやっているはずだと言うのである。
「たぶん今ごろベーレント先生は、サンチェス君にしっかり説明するだけじゃなく、逆に、彼のポジティブな側面を持ち上げながら(おだてながら!?)、こん
な状況だからこそ、これからの態度によっては、他の受講生に、本当の意味でレスペクトされる存在になれる(クラス内のステータスをアップさせられる!?)
とか、彼のやる気を引き出しているはずだよ」
そんなニールセンさんの言葉どおり、その後のサンチェスは、ムダ口を控えるようになっただけではなく、質問や発言も、要領を得るようになった。
■興味深い「空気」の変化と「大人の雰囲気」の醸成・・
そして、(この変化がとても興味深かったのだけれど・・)教室の雰囲気も、前にも増してリラックスしたものになったと感じられた。
その「空気」の変化だけれど、ある一定の「緊張感」に対してクラスの全員が納得し、シェアすることで、より主体的、積極的にドイツ語に取り組めるようになった・・ということなのかもしれない。
最低限のルールさえ守れば(ある一定のテンションが機能していれば!?)、自己主張も含め、積極的に、そして自由に振るまっていいし、その自覚があるからこそ、雰囲気にしても、よりリラックしたものへと「昇華」していく・・。
たしかに、そんな心理的な環境が整えば、「大人の雰囲気」が醸成されていくことで進歩が促進される。
がんじがらめのルールを強制したところで、それが大きな成果につながるというわけじゃない。
何をやるにしても、最後は自分自身で(積極的・主体的に考えつづけることで!)課題に立ち向かっていかなければ、大きな進化・発展など、望むべくもないということか・・。
■そして、サッカー監督の「ストロングハンド」というテーマへ・・
今回は、ドイツ語コースでのエピソードから(冗長!?・・スミマセン・・)コラムに入ったけれど、もう読者の皆さんは、お気づきのはずだ。
そう、サッカー監督による「優れた刺激」によって、チーム内の緊張感をアップさせ、選手たちの主体的に考える姿勢をアップさせるというテーマが、今回のディスカッションなのだ。
もっと言えば、そんな緊張感のなかで、リラックスした(楽しみが満載された!?)雰囲気をも「同時」に演出していく(共存させる)・・というテーマにも行き着く。
まあ、選手が、主体的に、そして積極的に考えはじめたら、その自覚のアップによって、おのずとグループ全体の雰囲気も、リラックスしたものへと進化していくはずだ。
そう、選手たちの自信と確信レベルの高揚によって、(チャレンジ精神を失っていない!!)大人の雰囲気が、自然と醸成されていくと思うのだ。
とにかく、サッカー監督にとっての究極のテーマは、選手を、主体的に考え、自分なりに工夫し、勇気をもって判断して積極的にリスクに「も」チャレンジしていくように成長させることなのである。
■ネガ・ポジの様々な「刺激」・・
ところで、その「刺激」だけれど、もちろんそれらは、ポジティブ、ネガティブの最適バランス範囲内に収まっていなければならない。
誉めすぎてもダメだし、批判しすぎてもダメなのだ。
まあ、誉めるのはポジティブな刺激だから、心理・精神的なメカニズムは分かりやすい。
それに対して(表面的には!)ネガティブに感じられる「刺激」を、効果的に駆使するのは、難しい。
サッカー監督の真骨頂は、タイミングよく、そして正しい内容で、次の発展のバックボーンとしても機能させられるような批判(ネガティブ刺激)も、効果的にブチかませる「ストロングハンド」ということになるだろうか・・。
そこでは、「刺激」の内実や、態度や表情、声色、雰囲気などなど、様々なファクターが複雑に絡み合うアプローチの仕方にも気を遣わなければならない。
そのプロセスは、単純なモノではなく、とても錯綜した心理メカニズムの上に成り立っているのだ。
■瞬間的な「恨み」や「憎しみ」に耐えるためのバックボーン・・
もちろんサッカー監督は、批判という「ネガティブ刺激」をブチかますときは、瞬間的に、選手から恨まれたり、憎まれたりすることも覚悟し、それに耐えなければならない。
そこで発揮されるべき忍耐力のリソース(源)は、まず何といっても、自分の考え方に対する、揺るぎない自信と確信だ。
「この批判は、絶対に正しい・・いま選手は、興奮しているし、オレのことを恨んでいるのかもしれない・・でも、そのうち彼らは、オレが言ったことの正しさを体感し納得するはずだ・・そして、互いの理解と信頼がより深まっていく・・」
そんな自信と確信である。
そして、もう一つ。
サッカー監督の、人格(人間性)。
それは、選手が、批判をポジティブに受け容れられることの(積極的にポジティブに捉えようとする姿勢の!?)心理的なベース等と表現できるかもしれない。
もし、サッカー監督の人格・人間性が、疑いの目で見られている場合、結局は、何をやってもうまくいかない。
そして、サッカー監督による「ネガティブ刺激」が、(選手から)個人的なプライドや、感情的な「エゴイズム」から発せられたモノだと受け取られ、その批判によって湧き上がってくる恨みや憎しみが、雪だるま式に「不信」にまで膨れ上がってしまう。
私は、そんな不幸な出来事を、これまで何度となく体感してきた。
■デットマール・クラーマーの刺激・・
日本サッカーの恩人の一人、ドイツ人プロコーチ、デッドマール・クラーマー。
彼が、こんなニュアンスのハナシを聞かせてくれたことがあった。曰く・・
・・オレは、チームの雰囲気が「落ち着き過ぎ」ている場合、そのことがとても心配になる・・その雰囲気が、波風の立たない「平和」なモノになり過ぎたら、それはチームの停滞を意味するんだ・・
・・だから、そんなときは、ネガティブな刺激を与えることで、敢えて平和な雰囲気を「乱す」ことだってある・・
フットボールネーションには、プロサッカーチームには、ある程度の不満が内包されていなければならないという不文律(暗黙の共通理解)がある。
プロサッカー監督は、その不満こそが、次の進化を加速する大きなエネルギー源になると考えているのだ。
それは、チームが継続的に進化していくために必要なこと。サッカーは、究極の「本音がぶつかり合う世界」なのである。
だからサッカー監督は、敢えて、安定ではなく、心理・精神エネルギーがぶつかり合うような(周りには不安定にも見えるような!?)心理環境をも作りださなければならないのだ。
もちろんサッカー監督は、その不満や不平が、選手同士や、監督と選手同士の「不信」へとエスカレートしていかないように、(心理・精神的に)効果的にコントロールしなければならない。
そう、そこでこそ、監督の優れたウデ(ストロングハンド)の本領が発揮されなければならないのである。
繰り返しになるけれど・・
プロサッカーでは、チームが進化していくために、本音(互いの不満!?)が激しくぶつかり合う「衝突エネルギー」が必要だ。
それが減退したら、サッカー監督は、敢えて、それを活性することにもチャレンジしなければならない。
そしてサッカー監督は、そんな本音がぶつかり合う状況を、監督と選手たちの(プロ同士の!)信頼関係を醸成する大きなチャンスとしても活用できなければならないのである。
■背反する(!?)2種類の心理・精神環境の併存(バランシング)・・
(これまた繰り返しになるけれど・・)
一つは、テンション(緊張感)であり、もう一つが、リラックス環境(心の余裕)だ。
そんな、(表面的には!?)背反するように見える二つの「心理・精神的な環境」が、併存し、高みでバランスさせられているチーム。
それこそが、常に志向されるべき目標イメージなのだと思う。
そう、チャレンジ精神をハイレベルで保持できている「大人」のグループの、心理・精神環境・・
そんな環境(雰囲気)さえ高い次元で醸成できていれば、終わったときに、(楽しさで)笑いながら(疲労で)ブッ倒れるような理想的トレーニングだって当たり前になるはずだ(ドイツサッカーの父、故ゼップ・ヘルベルガーの言葉!)。
そう、サッカーは、子供を大人に、大人をジェントルマンにするボールゲームなのである。
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「The Core Column」の全リストは、「こちら」です。
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重ねて、東北地方太平洋沖地震によって亡くなられた方々のご冥福を祈ると同時に、被災された方々に、心からのお見舞いを申し上げます。 この件については「このコラム」も参照して下さい。
追伸:わたしは”Football saves Japan”の宣言に賛同します(写真は、宇都宮徹壱さんの作品です)。
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ところで、湯浅健二の新刊。三年ぶりに上梓した自信作です。いままで書いた戦術本の集大成ってな位置づけですかね。
タイトルは『サッ カー戦術の仕組み』。出版は池田書店。この新刊については「こちら」をご参照ください。また、スポーツジャーナリストの二宮清純さんが、2010年5月26日付け日経新聞の夕刊 で、とても素敵な書評を載せてくれました。それは「こちら」です。また、日経の「五月の書評ランキング」でも第二位にランクされました。
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