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2008_宇都宮徹壱さんの『股旅(またたび)フットボール(東邦出版刊)』について・・(2008年6月23日、月曜日)

「ヨ〜シッ! このままブンデスリーガまで昇格するぞっ!!」

 何をバカ言ってんだよ・・。私がドイツ留学していた当時に所属していたサッカークラブが上のリーグへ昇格したときのことです。リーグ最終戦で勝って決めたのだけれど、試合後のパーティーで、酒の入ったクラブの会長がそうブチ上げたのですよ。

 (もちろん冗談ニュアンスも含まれた)そんな言葉に、「そうそう・・夢は大きい方がいいに決まってるよな・・」なんて斜に構えていた次第(それでも皆と一緒になって、ヨ〜シッ!なんて拳を突き上げちゃったりして・・あははっ!?)。

 ちなみに、その会長さんは、当時わたしが留学していたドイツ唯一の国立スポーツ学府であるケルン体育大学の学務主任(学長の右腕)を務めていただけではなく、わたしも卒業したプロサッカーコーチ養成コースの事務主任も担当していました。もちろん何年も前に引退したけれど、今でも親交があります。

 ところで、ドイツのプロサッカーコーチ養成コース。それは、主催であるドイツ文化省(ということでライセンスは国家試験!)とドイツサッカー協会が、ケルン体育大学に対して、その施設と教育環境(教授陣とかノウハウとか)を活用することも含めて、運営を委託しています。現在は、大学内にプロコーチ養成コース専用の施設も併設されているのですが、校長は、エーリッヒ・ルーテメラーです(彼についてはこのコラムを参照してください)。

 あっと・・、またまたハナシが逸れた。ここで言いたかったことは、もちろんドイツ「も」下位リーグからトップのプロリーグまで、しっかりとタテにつながっているということでした。

 つまり、下位リーグのアマチュアクラブでも、何年も掛けてプロリーグへ昇格すれば、プロクラブとして登録することが出来るということです。もちろんそれまでには、プロクラブのライセンスを取得するとか、クラブ予算を大幅に規模アップしなければならない(ブンデスリーガに見合った経済的バックボーンの確立)など多くのハードルがあるわけですが、それでも頂点に「直結」するピラミッド構造になっているということには、様々な視点で、深く、そして広い社会的価値があるのです。そのなかでもっとも大きなモノは、何といっても、夢。

 誰にでも門戸が開放されているからこそ(機会の平等という組織メカニズムが機能しているからこそ)夢を持てる。そんな夢は、社会に潜在する様々なエネルギーリソースを活性化し、それによって高揚する様々なパワーが社会に還元され還流することで社会全体が元気になる。まさにポジティブなサイクル。

 ジャーナリスト仲間の宇都宮徹壱さんが著した『股旅(またたび)フットボール(東邦出版刊)』には、そんなポジティブサイクルを基盤にした夢と希望のエネルギー物語が詰め込まれています。読んでいるこちらも、大いなる「元気」を戴いたものでした。

 (上を目指す)四部リーグクラブでしか味わえない、夢と希望のエネルギー還流。

 私は、ドイツのサッカー文化に身を浸し、素晴らしい夢と希望のエネルギーを体感しただけではなく、ドイツ4部リーグクラブの監督を務めていた友人(プロコーチ)を中心にした様々なドラマを(インサイダーとして)観察したこともあります。

 また私自身も、読売サッカークラブでの専業コーチ時代に、ジョージ与那城やラモス等を擁するトップチームのコーチだけではなく、神奈川県の一部リーグに所属していたジュニアと呼ばれる「プロ予備軍チーム」の監督も務め、四部リーグにあたる関東リーグ(当時は、JFLの1部と2部だけが全国リーグだったから、三部リーグに当たるんだっけ!?)への入れ替え戦にチャレンジしたこともあった(残念ながら準決勝で敗退)。

 だから、この本に登場する四部リーグ(地域リーグ)クラブに関わっている人々の気持ちも(僭越ながら・・)何となく分かる気がするのですよ。本を読み進むなかで、目標へ向かって突き進んでいく夢と希望のエネルギーと(地域リーグから全国リーグへ昇格する際のハードルの高さなども含む)挫折による奈落の落胆が交錯するドラマの描写に行き当たるたびに、「そうそう・・そうだよな・・」なんて相づちを打ったモノです。

 著者の宇都宮徹壱さんは、1992年に、東京藝術(げいじゅつ)大学大学院美術研究科を修了した後、映像制作会社を経て(伝説的な「ダイヤモンドサッカー」や、NHKの「BSワールドサッカー」の番組制作にも関わった!)1997年に「写真家宣言」を敢行したそうな。そして、カメラを片手に、一路バルカン半島へ向かったのです。もちろん、カメラマン兼ライターとして。

 ということで、東欧のフットボールネーションについては造詣が深い。著書も、サッカーを介して民族問題や宗教問題にもスボットを当てた『幻のサッカー王国 スタジアムから見た解体国家ユーゴスラヴィア(勁草書房刊)』とか、6年前に著した『ディナモ・フットボール 国家権力とロシア・東欧のサッカー(みすず書房)』など、質実剛健なテーマ設定が心地よい。

 私も、ドイツ留学時代には多くの東欧からの留学生と知り合ったから(彼らとは今でも親交があります)これらの宇都宮さんの著書を、本当に(体感レベルでも)興味深く読んだことを覚えています。

 そんな宇都宮さんが、今度は、日本の4部(地域)リーグから何かを「切り取ろう」と日本全国を歩き回った。それをスタートする際の仮説は、「その国の本当のフットボール文化は、下部リーグにこそ現れる・・それは日本でも同じはずだ・・」というものだったそうな。フムフム・・

 たしかに(フットボールネーションの)トップリーグは、国際化、情報化、そして経済主導の波にもまれ、どんどんボーダレス化(高次平準化!?)している。それに対して(プロとアマのボーダー=混在=という意味合いも含めて!)四部リーグでは、サッカー環境に限界があるが故に、その国の本当のサッカー文化が色濃く残る。フムフム・・

 そして、そんな仮説をもって日本全国を飛び回った宇都宮さんは、確信を込めて、こう言い切るのです。地域リーグこそが『百年構想』の最前線だ。

 スポーツで幸せな国へ・・アナタの町にもJリーグがある・・という『百年構想』。宇都宮さんは、地域リーグにフォーカスすることで、その光と影を、より鮮明に描き出せるのではないかと言う。フムフム・・

 真の「オラが村のクラブ」という存在意義が確立しているフットボールネーションの四部リーグクラブ。そのレベルにはまだまだ及ばない日本の四部(地域)リーグの現状。そんな宇都宮さんの文章を読みながら、こんなことを思った。そこにこそ「世界との最後の僅差の本質」が隠されているのかもしれない・・。

 でもそこ(日本の四部リーグクラブ)には、地域格差を解消するための打開策として急浮上してきた「サッカーを通した町おこし」という機運と相まって、『オレ達も、いつかはプロリーグで活躍するぞ・・そして、地域の誇り(アイデンティティー)になるぞ・・』というエネルギッシュな雰囲気が充満している。

 たしかにサッカーのレベルは低いかもしれない、また観客の規模だって「J」とは比べものにならないだろう。でもそこには、参加意識(当事者意識)にあふれた人々がいる。そして、彼らの夢と希望のエネルギーが地域社会に充満していく。フムフム・・

 『股旅(またたび)フットボール(東邦出版刊)』では、10を超える「Jを目指す」地域リーグのクラブが紹介されています。そこで繰り広げられる様々なドラマ。これが、宇都宮さんの軽妙で(ときには重厚で)暖かみのある筆致もあって、ものすごく活き活きと描かれている。ホントに面白かった。とにかく、1400円で、あふれんばかりの夢と希望のエネルギーを体感できるんだから(そして元気をもらえるんだから)これほど安い買い物はない。

 わたしも、インターネットで確認して、昔のことを思い出しながら地域リーグに足を運んでみることにしよう。

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 ということで・・(宇都宮さんの著書の紹介であるにもかかわらず!)しつこくて申し訳ありませんが、拙著『日本人はなぜシュートを打たないのか?(アスキー新書)』の告知もつづけさせてください。その基本コンセプトは、サッカーを語り合うための基盤整備・・。

 基本的には、サッカー経験のない(でも、ちょっとは興味のある)一般生活者やビジネスマン(レディー)の方々をターゲットに久しぶりに書き下ろした、ちょっと自信の新作です。わたしが開発したキーワードの「まとめ直し」というのが基本コンセプトですが、書き進めながら、やはりサッカーほど、実生活を投影するスポーツは他にはないと再認識していた次第。だからこそ、サッカーは21世紀社会のイメージリーダー・・。

 いま「六刷り」まできているのですが、この本については「こちら」を参照してください。また、スポナビでも「こんな感じ」で拙著を紹介していただきました。

 蛇足ですが、これまでに朝日新聞や日本経済新聞(書評を書いてくれた二宮清純さんが昨年のベスト3に選んでくれました)、東京新聞や様々な雑誌の書評で取り上げられました。NHKラジオの「著者に聞く」という番組で紹介されたり、スポナビ宇都宮徹壱さんのインタビュー記事もありました。また最近「こんな」元気が出る書評が出たり、音声を聞くことができる「ブックナビ」でも紹介されたりしました。

 




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