湯浅健二の「J」ワンポイント


2012年Jリーグの各ラウンドレビュー


 

第5節(2012年4月8日、日曜日)

 

いろいろと考えさせられたエキサイティングマッチだった・・(FRvsFCT、0-1)

 

レビュー
 
 これで、つづけて2ゲーム目ですよ、フロンターレが(相手の退場によって)数的有利な状況をうまく活用できなかった試合を体感させられたのは・・

 そう、この試合でも、FC東京の(長谷川)アーリアジャスールが2枚のイエローを喰らって退場になってしまったのです。後半2分のことです。

 それをキッカケに、もちろん牛若丸(中村憲剛)は、より前へ攻め上がっていく。そしてフロンターレは、その憲剛からのパスを起点に、2度、3度と、まさに決定的という絶対的チャンスを作り出すのですよ。でも、決められない。

 そして逆に、FC東京の森重真人に、正確なコーナー&ヘディング一閃という経緯で決勝ゴールを叩き込まれてしまうのです。後半41分のことでした。

 何と表現したらいいのか・・。わたしは、フロンターレの勝負弱さに、ちょっと閉口していた。

 ・・基本的には、良いサッカーを展開する強いチーム・・それが、あれほどゲームの流れを席巻し、何度も決定的チャンスを作り出したにもかかわらず、それを決められない・・そしてセットプレーからの一発に沈んでしまう・・フ〜〜・・

 前述したように、数的優位に立ってからのフロンターレは、よい流れでゲームを支配していました。しっかりと攻撃に人数を掛けていたし、中村憲剛も仕掛けのイニシアチブを積極的に握った。

 たしかに(相馬直樹監督が言うように・・)直線的に攻め急ぐ傾向はあった。要は、タテパスが出たことで(スイッチが入り!?)仕掛けはじめたら、その勢いは止まらず、直線的に相手ゴールへ迫っていっちゃうのです。

 そりゃ、様々な意味合いを内包する「仕掛けの変化」に乏しくなるのも道理だよね。それでは、相手(FC東京)ディフェンスも守りやすかったに違いない。

 数的に優位な状況だけれど、それを「活用し切る」ためには、直線的に(リズムや方向、使うスペースやゾーンの変化に乏しい!)攻めを仕掛けていくのではなく、冷静に、相手ディフェンスを「振り回す」ことの方を意識するのがいい。

 例えば、フロンターレも(牛若丸のリードによって!)何度かは魅せていたけれど、左サイドから右サイドへ、落ち着いたテンポでボールを展開し、そこから急激にスピードアップしながら、元いた左サイドへ素早くサイドチェンジを仕掛けるのですよ。

 そのことで、人数が足りていない相手の守備ブロックは、完全にカバー遅れに陥ってしまう。要は、素早いサイドチェンジによって守備側の人数が足りず、そのゾーンが脆弱(ぜいじゃく)になってしまうということです。

 ことほど左様に、数的に優位なチームは(だからこそ!)、ゴリ押しに(パワープレー的に)猪突猛進するのではなく、よりクレバーに、テンポや攻撃ゾーンの変化をミックスしながら、相手の守備ブロックを「振り回す」ことの方に神経を遣わなければならないのです。

 そんな発想が(チームとして!)うまく機能して初めて、数的に優位な状況を、実効あるカタチで活用することができる・・っちゅうわけです。でも、フロンターレの攻めでは、まだまだ「チカラ任せの攻め急ぎ」の方が目立っていた。

 フロンターレが数的に優位になった後半には、もう一つテーマがあった。

 それは、言わずもがなの決定力不足。あれほど決定的なチャンスを作り出しながら、結局フロンターレは、1ゴールも奪えなかったのですよ。

 相馬さんは、一つでもゴールが決まれば、よい流れが出てくるはず・・とは言うけれど、わたしは、この決定力というテーマについては、ちょっと違う感覚をもっている。

 以前から繰り返し書いているわけだけれど、私は、決定力と呼ばれるモノの大部分は、心理・精神的なファクターが占めていると思っているのです。だからこそ、絶対にチャンスをゴールに結びつけられるという「自信と確信」を高めることこそが最重要の課題なのです。

 私は、ドイツの伝説的スーパーコーチ、故ヘネス・ヴァイスヴァイラーから、何度も教えを受けた。・・というか、彼の、半端じゃないハードトレーニングを何度も見学させてもらった・・。

 そのトレーニングのなかで、もっとも印象深かったのは、言わずと知れたシュートトレーニング。

 当時のスーパースターを、通常トレーニングの2時間前にグラウンドに呼び出し、ひたすらシュートを打たせる。様々なカタチからシュートを打たせる。もちろんGKも入っている。

 ヘネス・ヴァイスヴァイラーは、ゴールを決める・・という現象に対する「こだわり」が半端じゃない。どんな状況でも、納得できるカタチの(しっかりした)ゴールを決めないと許さない。何度も、何度も、ヘドが出るほど繰り返させる。

 もちろん、スーパースターストライカーは、アタマにくる。そして文句の一つも言いはじめる。でもヘネス(ヴァイスヴァイラー)は、決して許さない。

 観ているこちらは(見学者は、私以外には数人=関係者!?=というのが常だった!?)、いつ殴り合いがはじまるかとヒヤヒヤもの。でも、ヘネスは、そんな緊迫感にも、まったく動じることなく、厳しい指摘をブチかましながら、そのスーパースターストライカーに、シュートトレーニングを繰り返させるのです。そこでは、暴力的とまで言えそうなほどの極限の緊張感が支配する。

 そんな極限テンションのなか、突然、そのスーパースターストライカーのシュートが、まさに(怒り心頭に発した!?)生き物のように、ゴールに突き刺さるようになっていくのです。誰もが目を見張る、見事なゴールが・・

 攻撃的(アグレッシブ)な雰囲気に包まれた極限の緊張感。そして、そんな極限状態で「しか」生み出されない何らかのスピリチュアル・エネルギー。わたしは、「それ」を体感した。

 そして唐突に、極限のハード(シュート)トレーニングが終了するのです。そのとき、ヘネス・ヴァイスヴァイラーが、心から、そのスーパースターストライカーをねぎらい、ハグまで交わしたことは言うまでもない。

 素晴らしい心理マネージメント。やっぱりヘネス・ヴァイスヴァイラーは、スーパーなストロング・ハンドだ。

 余談だけれど、その極端なハード(シュート)トレーニングの後、そのスーパースターストライカーは、通常の全体トレーニングを、しっかりと最後までこなしていた。そこでは、彼のプロの意地を感じたわけだけれど、それもまた、ヘネス・ヴァイスヴァイラーの狙い通りの成果だった(後からヘネスが話してくれたっけ・・)。

 言いたかったことは、本物の決定力とは、そういう類のモノだということです。ぬるま湯では(待っているだけでは)決して得ることの出来ないギリギリの体感・・。それです。

 最後に、究極の勝負強さを発揮したFC東京についても、簡単に。

 いつもの通り、とても素晴らしい組織(パス&コンビネーション)サッカーを、最後の最後まで「やり通した」。ランコ・ポポヴィッチが胸を張るように、そのサッカーは賞賛に値する。

 前述したように、フロンターレに攻め込まれ、何度もピンチに陥った。でもFC東京も、やり込められているばかりではなく、チャンスとなったら、しっかりと人数を掛けて攻め上がり、ゴールチャンスまで作り出していたのです。

 だから、森重真人のヘディング決勝ゴールには、必然的な要素も多く内包されていた・・と感じている筆者です。

 ところで、そんな積極的に押し上げる攻撃的な組織サッカーを標榜するランコ・ポポヴィッチに、こんな質問をぶつけてみた。

 「ポポヴィッチさんは、ハーフタイムに、攻撃しているときのリスクマネージメントを忘れないように・・と指示したわけだが、そのことに絡め、前回ゲームの記者会見のときと同じ質問をさせていただく・・リスクマネージメントは、どのように(どのような発想で)やっているのか?」

 そんな質問に対し、ランコ・ポポヴィッチは、こんなニュアンスの内容をコメントしてくれた。

 ・・一番の方法は、自分たちがボールを保持しつづけることだ・・もちろんそれは、いつも出来るというわけじゃない・・まあ・・オーバーラップやポジションチェンジを繰り返すなかでも、極力(次の守備での)バランスが崩れないように工夫するということかな・・人数バランスや互いのポジショニングのバランスのことだね・・攻撃を仕掛けていくなかでも、常に正確に状況を把握し、柔軟に考えながら的確に対応しなければならないということかな・・

 まあ・・そういうことだね。

 とにかく、FC東京のサッカーは、とても魅力的だね。聞くところによると、ランコ・ポポヴィッチは、美しく勝つ・・なんていうキャッチフレーズを使っているそうな。

 当ったりメ〜だろっ! それってサ、全てのサッカーコーチの究極のターゲット(目標)なんだよ。

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 重ねて、東北地方太平洋沖地震によって亡くなられた方々のご冥福を祈ると同時に、被災された方々に、心からのお見舞いを申し上げます。 この件については「このコラム」も参照して下さい。
 追伸:わたしは-"Football saves Japan"の宣言に賛同します(写真は、宇都宮徹壱さんの作品です)。

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 ところで、湯浅健二の新刊。三年ぶりに上梓した自信作です。いままで書いた戦術本の集大成ってな位置づけですかね。

 タイトルは『サッ カー戦術の仕組み』。出版は池田書店。この新刊については「こちら」をご参照ください。また、スポーツジャーナリストの二宮清純さんが、2010年5月26日付け日経新聞の夕刊 で、とても素敵な書評を載せてくれました。それは「こちら」です。また、日経の「五月の書評ランキング」でも第二位にランクされました。